第128話 こんな条件でいかかでしょう?
久々のお昼更新です。
「予想以上なの」
状況確認ということで向かったコレットの街。
その惨状を見てアリアが嘆いた。
大通りと呼ばれるメインストリートには多数の歩行者が存在し、彼らの目に留まるように創意工夫された屋台、商店などが軒を連ねるのが通常の街。
しかし、目の前にある景観はというと、枯葉がカサカサと風に舞う中で数えられる程しか通行人が存在せず、商店街のあちらこちらで軒並み店が閉まっていた。
やはり以前来た時より更に活気が無くなっているようだ。
「……思ったより深刻」
ミサキがそんな事を呟きながら街の奥へと進む。
その歩みには迷いが無い。
「ミサキ、どこへ行くの?」
「……ついて来ればわかる」
ミサキの中では既に目的地が決まっているようだ。
僕らは足早に進むミサキの後をついて行く。
あまり良い思い出の無いギルドを横目に通過し、更に足を進めるミサキ。
転居した後なのだろうか、ちらほらと人の住んでいる気配が無い住宅が見受けられる。
そんな僕の視線を敏感に感じたのか、ミサキが歩みの速度を緩める。
「……お金がある程度ある人は移住を決断できる。……でもそうでない人は――」
ふと、一軒の店が目に留まった。
腰の曲がった老婆が店頭の賞品の埃を落としている。
だが、その店に客の姿は無い。
やるせない現状を目の当たりにしていたその時、突然小さな影がこちらに向かって飛び込んできた。
そしてその影に気を取られた瞬間、もう一つの気配が後ろから迫る。
「貰ったーっ!」
少年は脇にさしていたポンポの剣を奪うと、結構な速さで逃走を開始。
ポンポは一瞬呆気にとられた表情を見せるが、我に返ってすぐさまその逃走者を追いかける。
「返すです〜! それはポンポのです〜!」
「へへーん! ぼーっとしてる方が悪いのさ!」
小回りを利かして住宅と住宅の間に飛び込む少年。
ポンポも追いかけてその細い路地に入るが――。
暫くして、ポンポがトボトボとこちらに戻ってくる。
あの様子では結果は聞くまでも無いだろう。
「逃げられたです〜」
ガックリと項垂れるポンポを僕は頭を軽くポンポンと叩いて慰める。
「大丈夫だよ、ポンポ」
僕が目線を送った先、そこには魔法で拘束された一人の少年の姿があった。
「くそっ! 離せよ! この糞ババア!」
少年が目の前にいるミサキに悪態をついた。
ミサキの眉が微かに動く。
「ミサキ、子供の言うことだから気にしちゃダメだよ」
ミウがミサキを宥めている間、僕は改めて少年を観察する。
眉の近くまで伸びたボサボサの髪、元の色がわからないほどに薄汚れたシャツを着た年端もいかない少年。
清潔感とはおよそかけ離れたその身体からはツンと鼻につく匂いがする。
そんな中、目だけは若々しさを象徴するかのように爛々と光っており、鋭い視線で僕を睨みつけていた。
僕は屈んで目線を少年の高さに合わせて語りかける。
「あの少年は何処に行ったか知ってるね。そこに案内してくれないか?」
少年はぷいっとそっぽを向く。
やはりそう簡単にはいかないようだ。
「取った剣を返してくれれば何もしないよ。あの剣は彼にとって大事なものなんだ」
そんな僕の言葉に、少年はキッ! と僕を睨みつけ一言、
「大人は皆嘘つきだ!」
言い終わると再びそっぽを向く。
さて、どうしたものか……。
すると、ミウが僕の頭から飛び降りてある方角を指さす。
「カナタ、多分あっちだよ!」
自信を持って断言するミウ。
やはりこういう時のミウは頼りになる。
僕は拘束した少年を連れ、ミウを先頭に街外れの方向へと向かっていった。
そして辿り着いたのが築何十年と経っているような木造の一軒家。
入り口の扉は傾いていて既にボロボロ、外観を見た限りでは雨風を凌げる程度の住居である。
「皆! 逃げろ!」
捕らえていた少年が突然大きな声で叫ぶ。
ガタガタッという音と共に、十数人の少年少女が扉や壊れた窓から飛び出して来た。
その連携たるや見事なもので、それぞれが散り散りになってあらゆる方向に逃げ出そうとしている。
――おっと、感心している場合では無いな。
「アースウォール!」
住居を中心に広範囲を囲むようにして現れた土の壁が子供たちの逃走を阻む。
いきなり現れたそれを見て尻餅をつく者、果敢にもよじ登ろうとする者と反応は千差万別だったが結果は一緒。
皆がこの急造の閉鎖空間の中で逃げ場を無くしていた。
「そんな……」
目の前で起こった現象に捕われの少年ががっくりと項垂れて膝をつく。
大丈夫、悪いようにはしないよ。
そして現在、僕らの前には横に整列した少年少女たちがいる。
その姿は皆痩せこけており、おおよそ健康とは言い難い姿だった。
魔法を見せたのが効いたのか、子供たちはその場でしおらしくしている。
しかし万一を考え、ポンポの剣を先に取り戻しておいた。
「さて、君たちに代表は居るのかい?」
子供たちの目線がポンポの剣をひったくった少年に集まる。
「ぼ、僕だ!」
少年が意を決して前に進み出た。
その足は少し震えている。
「ぼ、僕たちをどうするつもりだ。……こ、殺すのか?」
人聞きの悪い。
そんな野蛮な人種に見えるのだろうか。
「……あんな魔法を使ったんだから当然。……彼らにとってカナタは恐怖の対象」
表情から僕の考えていることがわかったのだろう。
ミサキが冷静な分析結果を僕に突きつけてきた。
要らぬ親切である。
――さて、ここで子供たちに会ったのも何かの縁。
気を取り直して、早速本題に入るとしよう。
「僕はカナタ。隣の街のイデアロードで領主をやっている。今回は君たちにその街への移住を勧めに来た」
その言葉に子供たちはお互い目を見合わせる。
僕は更に話を付け加えた。
「移住してくれるのならば、住居と食事はこちらで用意しよう。そして君たちには学校で勉強してもらう」
住居と食事の部分で子供たちの目の色が変わった気がする。
だが、そんな提案への興味を打ち消すかのようにリーダーの少年が僕に質問してきた。
「それで、あんたの見返りは何なんだ。――ただの親切何て言うなよ。偽善的な言葉で僕たちに近づいてきた奴は何人もいた。そんな奴らは全て同じ、自分のことしか考えてないんだ」
……………………
正直なところ見返りなんて考えていなかった。
でも、それじゃあこの子たちの信用は得られなさそうだ。
さて、どう答えたら良いだろうか。
「……学校を卒業したらイデアロードの街の仕事をして発展に貢献してもらう。……新しく出来た街だから人材が欲しい」
僕の考えが纏まらないうちにミサキからフォローが入る。
内容を聞いて納得。
うん、それが良いね。
まあ、領主がこんなで良いのかは置いといて……。
ミサキの提案に少年少女たちがざわつき出す。
それを制したのはリーダーの少年だ。
「相談する時間が欲しい」
そんな彼の言葉を聞き、僕は周りを囲んでいた土の壁を綺麗に消し去った。
少年は驚きの表情で僕を見る。
「仮に移住しないという結論でも、僕には君らを如何こうするつもりは無い。それだけは信じて欲しい」
それだけ言い残し、僕たちはこの場から立ち去る。
出来れば移住して欲しいが、それはあくまで彼らが決めることであり、強制はしたくない。
「あんな感じで良かったかな?」
子供たちと別れ、僕は皆に確認する。
「いいんじゃない」
「大丈夫なの。きっと良い結論が出て来るの」
今さら悩んでも始まらない。
僕はミウとアリアの太鼓判を信じることにした。
「さて、事後になっちゃったけど、話だけは通しておかないとね」
「……ええ」
向かう先はコレットの領主の屋敷。
もちろん、今回の事での根回しの為だ。
さて、上手くいけばいいが……。
ご意見・ご感想お待ちしております。




