第127話 子供は未来の宝です
「そうでちゅか。ミウちゃんが無事で何よりでちゅ」
イデアの別荘にて、僕は女神様に事の顛末を報告する。
僕らが洞窟の奥まで進行、浄化したことにより女神様にもその内部が見通せるようになり、それにより洞窟は既に危険が無いことが確認されていた。
「それで、あれは何だったんですか?」
あの『黒い何か』について僕は女神様に聞いてみた。
女神様は可愛らしく首を傾げ、
「う〜ん。あれは私がこの世界の担当になる前からあったと思われまちゅ。恐らく封印された何かである可能性が高いでちゅが、きっと長い年月をかけて変異、その意志自体も風化したんでちゅね」
「……魔王?」
ミサキの呟きに女神様が答える。
「あれだけの力があったんでちゅから、確かに魔王級に近い物だったかもしれないでちゅ。引継ぎで聞いてなかったことを前任者に文句を言わなくちゃいけまちぇんね」
魔王級か――。
もし完全な状態ならば危なかったかもしれないな。
「他者を乗っ取り操る力が特化して残ってたようでちゅが、それ以外の力はあまり残っていなかったのが不幸中の幸いでちゅ」
「女神様も簡単に言ってくれるなぁ……」とは思ったが、その加護のお蔭でミウがこうして生きているんだから文句は言えない。
ミウの存在自体を吸収されなかったのはまさに加護のお蔭。
ソファーの上ですやすやと眠るミウ。
この安らかな寝顔を再び見られて良かったと思う。
「それと、これが今回の報酬でちゅ」
女神様に掌で収まる大きさの小箱を渡された。
「これは……?」
「開けてのお楽しみでちゅ」
女神様は悪戯っ子のように笑った。
僕がそれを開けようと手を掛けたところで――、
「カナタさん。夕食の用意が出来ました」
スラ坊がキッチンから現れ、僕らを食堂へと誘う。
「カナタ! 早く食べよう!」
その声に寝ていたミウが飛び起き、更には――、
「そうでちゅ! 冷める前に食べるでちゅ!」
まさしく神速でテーブルに着席する女神様。
僕は小箱を懐に仕舞い、ゆっくりとその場へ向かった。
次の日、僕はミウを連れてイデアロードへと足を運んでいた。
キマウさんに出された山のような書類にひたすら目を通す間もミウは僕の頭の上に乗っていた。
でも、慣れているのでその重さは全く気にならない。
「ミウ、お待たせ」
一通りの仕事が終わり僕が声をかけると、ミウがもぞもぞと動き出す。
「――で、これからどうする?」
起き抜けのミウに僕は続けざまに質問した。
「う〜ん、散歩かな。 最近カナタが何かと忙しかったからゆっくりしたいね」
洞窟の一件以来、ミウは何をするにも僕についてきていた。
こうして二人でいると、この世界に降り立った当初に時間が遡ったかのようだ。
ミウの希望通り、僕は街中を当ても無くぶらつくことにした。
いや、領主的には視察と言っておこう。
市場調査という名目の元、屋台で物色した肉串を食べながら大通りを歩いていく。
「そうだ! これ、試してみようか?」
ふと思いつき、ミウに提案する。
「うん、面白そうだね!」
ミウの同意を得て、僕は指にはめてある青い指輪に触れる。
すると、目の前に現れたスクリーンにイデアロード全域が投影された。
これが見えているのはこの場では二人のみ。
映し出された大通りの部分には青い点が二つ、これが僕とミウだ。
――僕たちが現在操作している指輪はもちろん女神様からの報酬で、身に着けている人の位置情報がお互いにわかるというものだ。
その有効範囲は世界全域を網羅するらしい。
但し、イデアだけはイデアに居ない限りその領域は映らない。
やはりイデアは異世界扱いのようだ。
貰った指輪は6つあったので、パーティーメンバーの5人で装備し、残りのもう1つはユニ助に着けさせた。
ユニ助は『アテナの寵児』の大事な脚なのだからこの選択肢に迷いは無い。
但し、ユニ助の脚の太さに合わせて巨大化しピッタリとそこに納まったそれは指輪というより足輪だが……。
「ふん、懇願するから仕方なく着けてやったぞという言葉とは逆に、その尻尾が嬉しそうにパタパタと振れていたのは記憶に新しい。
「あれ!? カナタ、他にもあるよ」
ミウが僕らとは別の青い点を発見する。
タッチパネル操作の如くそれをクリックすると、その点の上に名前が表示された。
「ミサキもこっちに来てるみたいだね」
その点の位置は冒険者ギルド。
でも、一人でギルドに用事なんて珍しい。
――何かあったのだろうか?
ちょっとだけ気になった僕はミウに提案する。
「行ってみるか?」
「うん、そうだね」
多分問題は無いと思いつつも、僕は足早でギルドへと向かった。
時間も時間なので、ギルド内部は閑散としていた。
その為、すぐにカウンターの前で話しているミサキを発見できた。
その相手はマリアンさんのようだが、その表情からいつもの雑談という雰囲気ではない。
「ミサキ!」
その空気を打ち破るかのようにミウがミサキに声をかける。
ミサキはゆっくりとこちらを振り向いた。
「……ミウ。……カナタも」
僕らが近づくと、ミサキが薄っすらとばつの悪い表情を浮かべる。
ひょっとして、聞かれたくないことだったか?
「どうしたのミサキ? 一人で珍しいね」
「……ええ、ちょっと」
ミウとミサキの会話をマリアンさんが不思議そうに首を傾げながら見ている。
そうか、マリアンさんはミウの言葉がわからないんだよな。
「ひょっとして、ミウたちはお邪魔だった?」
ミサキの態度からミウが何かに気付き始めたようだ。
それに対し、ミサキは首を振る。
「……そんな事はない」
「わかった! カナタの像を大々的に建てるんでしょ!」
ミウさん、飛躍しすぎです。
冗談でもやめましょう。
「……それも良いかも」
そうなったら僕は全力で二人を止めに入るよ。
「え〜っ。良いと思うのになぁ……」
「……残念」
マリアンさん。
面白そうに見ている貴方も同罪ですからね。
僕はマリアンさんに睨みを利かせた。
「学校!?」
「……ええ」
ミサキは頷いて、さらに続ける。
「……イデアロードへの移住者の子供の教育の場。……それに」
「それに?」
「……コレットで孤児が溢れている。……連れてくる」
コレット――あの街の最近の噂なら小耳に挟んだ事がある。
副ギルド長以下数名の逮捕もあり、一時は流入する冒険者により街が活気づくかと思われたが、事はそう簡単では無かった。
原因の一つはあまりに街が疲弊しすぎていたこと。
立ち直るにはかなりの量の資金の流入が必要であるらしい。
そしてそれに追い打ちをかけたもう一つの理由は――。
「……冒険者がここに流れてきているのが原因」
そう、イデアロードの誕生だ。
元々冒険者にとってわざわざ足を運ぶほど魅力的な街では無かったコレット。
王都、イデアロードに挟まれた位置関係により全く冒険者が集まらず、更には既存の冒険者もそれぞれに流出しているらしい。
「今それで相談を受けてたのよ。子供たちを連れてくるのに何か問題はあるかって。既に親が居ないか捨てられた子が殆どだから、非人道な人攫いでもない限り問題ないって答えたんだけどね」
マリアンさんがこれまでの経緯を説明してくれた。
「……街に子供たちは多い方が良い」
そんなミサキの言葉に僕は頷いた。
「わかった。僕にも協力させてよ!」
「もちろんミウもね!」
そんな僕たちに対してミサキは一言、
「……根回ししておきたかったけど、元よりそのつもり……」
次のイデアロードのプロジェクトは決まった。
さあ、これから忙しくなるぞ!
ご意見・ご感想お待ちしております。




