第125話 カナタ、暴走す
目の前で異様な存在感を示す黒いアウラウネ。
「嫌な気配がプンプンするわ。気をつけなさい」
ピューネがそれを見て僕に警告する。
言われるまでも無く、これが只のお飾りである筈が無い。
僕はそれに慎重に近づいて行く。
ふと、風が吹いたかのように枝葉がざわめいた様な気がした。
歩みを止めて周囲を確認するが、特に何か起こった気配は無い。
「……何かいる」
ミサキが警告する。
その警告が聞こえたのかは定かではないが、影からぴょこんと小さな人影が姿を現した。
背格好はピューネと同じ位。
但し、肌の色は浅黒く目つきも吊り上っていた。
その目の前の存在は口角をつり上げ、黄色い瞳で僕を一瞥し一言、
「死ンジャエ」
瞬く間に地面が盛り上がり、尖った何かが勢いよく顔を出す。
僕はかろうじでそれを剣で受け流した。
「……させない」
言葉と共にミサキが火の玉を投げつけるが、黒いアウラウネはスキップするかのようにそれを避ける。
「遅イ遅イ」
その何かは口元に嫌らしい笑みを浮かべ僕らを侮蔑する。
「ミサキ、本体を狙え!」
しかし、その攻撃を遮るかのように再び迫りくる尖った根。
「任せるです〜」
ポンポが前に出て盾でそれを受ける。
だが、あまりに大量に押し寄せるそれらにポンポが吹き飛ぶ。
「ポンポ!」
「だ、大丈夫です〜」
倒れながらも心配ないと返事をするポンポ。
その時、僕には一瞬の隙が出来ていたのだと思う。
「カナタ、危ない」
ミウの声がするのと同時に後方から衝撃を受ける。
振り向くとそこにはミウが――。
押し寄せる木の根たち。
そして――、その根が包み込むようにミウを飲み込んだ。
「ケケケ、エネルギー体確保。ジックリ吸イ取ッテヤル」
黒い存在が目の前で楽しそうに笑う。
僕の正面には瘤のような根の塊があった。
僕の頭で思考の糸がゆっくりと紡ぎだす。
――ミウが、
――僕の、
――身代わりになった!?
「うおおおおおおおっ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……不味い」
私は呟くと同時に駆け出していた。
正面には鬼神の如く剣を振るうカナタ。
でも、ミウの捕らえられた根の塊は削られた部分からすぐに再生している。
このままではらちが明かない。
そんな時、私の頭の中にミウの声が響く。
「ミサキ……。ミウはまだ大丈夫……。それよりも……、カナタを止めて……」
それを聞いた私の行動は早かった。
「……アリア、ポンポ」
二人に目配せする。
二人もこの状況の危険さを分かっているようだ。
「がああああっ!」
カナタは止まらない。
自分の中のエネルギーを暴発させるかのような攻撃。
その考えなしの攻撃はカナタらしくない。
「……スリープ」
いつものカナタには効かないであろう呪文を唱える。
だが、今のカナタになら効く筈。
一瞬、硬直したかのように動作を止めたカナタが、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「……ポンポ」
「任せるです〜!」
倒れこむカナタをポンポが支え、一時撤退。
――大丈夫、きっとミウはまだ無事。
私は自分に言い聞かせた。
そのまま全速力で洞窟の外へと向かう。
アリア、ポンポ、そしてその肩に乗るピューネも無言。
わかってる、皆、ミウが心配なのだ。
洞窟の入口近くまで辿り着いた。
この場に黒いアウラウネの影響が無いことはピューネが確認済み。
ポンポはゆっくりとカナタを降ろし、横に寝かせる。
そして私は魔法でカナタを起こした。
カナタの眉が微かに動いた。
「う……ん……。こ……、こ、ここは!?」
飛び起きるカナタ。
私はそんなカナタに向かい首を縦に振る。
カナタは誰かを探すかのように周囲を確認し、
「ミサキ!!」
カナタに本気で睨まれたのはこれが初めて。
でも、嬉しくはない。
「ミウは!? 何で僕はここにいる! 何故撤退した! どうして……」
私を責める最後の言葉が擦れる。
カナタもわかっているのだ。
あのままだったら恐らく――。
アリア、ポンポもただただ俯いている。
その場を沈黙が支配した。
どれ位の時間が経ったのだろう。
カナタが決意したように立ち上がった。
「ミウを助けに行く。もう僕は大丈夫だ。たとえ一人でもミウを必ず助ける!」
カナタの目に決意が宿る。
それは決して揺らぐことは無いだろう。
そんなカナタに私は一言。
「……もちろん、私も行く」
言葉はそれだけで十分だ。
「ポンポも行くです〜」
「私もミウちゃんを絶対に助けるの!」
「アタシももちろん行ってあげるわ」
今、皆の決意が一つになる。
カナタも冷静、もう平気な筈。
ミウ、待ってなさい。
きっと助けてあげるから――。
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