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第123話 瘴気の洞窟

「カナタ、飛ばすぞ!」


 馬車を引いているユニ助から声がかかる。

 それと同時に速度の上がる馬車。

 僕は周囲を確認するべく御者台へと顔を出した。


 目の前に広がる景色は言うなれば黒一色、黒は草木は朽ち果てた色であり、それらが大地の滋養となる事は無いだろう。

 馬車の障害物となり得るものは一切無く、ユニ助が空を駆け上がるかの如く疾走する。


「ひどいの。植物たちがかわいそうなの」


 小窓からその惨状を見てアリアが嘆く。

 皆の目も今までとは違う真剣なそれに変わっている。


「……ユニ助、大丈夫?」


 ミサキがユニ助に声をかけた。


「うむ、心配ない。この程度の邪気、我にとってはそよ風のようなものだ。それよりも、近いぞ」


 トップスピードで駆けていた馬車が次第にペースダウンする。

 そして暫くして、馬車はゆっくりと停止した。


 目の前には大きな穴。

 まるでワームが僕らを喰らうのを待っているかのように大口を空けている。

 僕たちは周りを警戒しつつ馬車を下りた。


「思ったより早く着いたから、このまま入ろうと思うけど、どう?」


 皆が無言で頷くのを確認した後、ゲートを展開する。


「ユニ助は先にイデアに帰っていてくれ」


「うむ、気をつけてな」


 ユニ助を馬車ごとイデアへと送り込み、再び地面から迫り出すように空いている穴を確認する。

 それは天然の洞窟さながらにしっかりとしており、今のところ崩れる心配はなさそうだ。


「よし、行こう!」


 僕は皆の先頭に立ち洞窟の中に侵入、ライトの魔法で明かりを灯す。

 先頭は僕とミウ、その後ろにポンポ、さらにはアリア、ミサキと続く。

 ピューネはというと、当然のようにポンポの肩に留まっていた。


「結構深そうだね」


「ああ、慎重に進もう」


 中に何が存在するかは女神様でも見通せなかったようで、僕らもその正体を知らない。

 ただ、良くない物であることは確かだろう。


「……何か来る」


 来訪者である僕らを歓迎するかのようにガサガサと何かの音が近づいてくる。

 別に気を遣わなくても良いのだが、随分律儀なものだ。

 

 ミウが僕の頭から飛び降りて後方へと下がった。

 僕、ポンポ、そして後衛三人という陣形だ。


「来たっ!」


 それは何十本の足をもった虫系の魔物。

 その姿は前の世界でも見た事がある。

 腐った木とかの近くに大量にいる、確かヤスデとか言ったか。

 但し、僕の知っているそれとは大きさが明らかに違う。

 それらが数十匹、地を這うようにして僕らの元へと迫る。


「……燃やしましょう」


 余程気持ちが悪かったのか、言うよりも早くミサキがそれらに炎の球を投げつける。

 一応威力は抑え目、僕らを巻き込まない程度には調整してくれているようだ。

 だが、その為かそれらの炎を掻い潜り僕らの元へ現れるものも多数存在した。


 僕とミウが残ったそれを風の魔法を使って切り刻む。

 飛び散る様が何ともグロテスクだが、ここはひたすら我慢。

 そして数分後、何とか全てを始末することに成功した。


「カナタ。変なのが出てるよ」


「うん、浄化しよう」


 ミウの指摘通り、ヤスデもどきの死骸からは黒い何かが漏れ出ていた。

 そのどす黒さはいかにもな感じだが、幸いこちらへの被害は今のところ特に無い。

 何か起きてからでは困るので、僕とミウは協力してさっさとそれを浄化する。


「魔物がおかしくなっているです〜」

 

「普段は襲ってこないの」


 ポンポやアリアがヤスデもどきについておかしさを指摘する。

 何でも先程の魔物は普段は人を襲わない草食性とのこと。

 やはり何かに影響されているのは間違いないだろう。



 後始末を終え、僕らはさらに先へと足を踏み入れる。

 奥から流れてくるのは生暖かい空気が肌にこびり付くようで何とも気持ち悪い。

 しかし、それだけで済んでいるのは恐らくアリア特製のアクセサリーのお蔭、贅沢は言っていられない。


「ピューネ、無理しなくても今なら戻れるぞ」


 僕は後ろを振り向き、俯き加減のピューネに話しかける。

 普段は喧しいくらいに喋り捲るピューネなのだが、洞窟に侵入してから一言も発していないのが気になる。

 もしかしたら多少影響を受けているのではなかろうか。

 そう思って声をかけたのだが、それに対するピューネの回答は、


「アタシなら大丈夫よ。集中してるんだからちょっと黙っててくれない」


 僕の心配もどこ吹く風、ピューネは僕を一瞥した後、再び俯き何やらぶつぶつと呟いている。

 どうやら体調が悪いわけではないようだ。

 それだけわかっただけでも良しとしよう。


「また来るの!」


「グワッ、グワッ!」


「グゲッ、グゲゲッ!」


 奥の方から喉を潰したような声と共に現れたのは巨大蛙。

 その大きさは某忍者が背中に乗って闊歩出来る位に大きい。

 ぬめっとした赤色の体表の所々にある紫色の斑点が見るからに毒々しいそれらだが、先ほどと違って現れたのは三匹のみ。

 油断しなければ問題ないだろう。


 蛙はミサキたちに狙いをつけ長い舌を伸ばしてきた。

 しかし、その前に立ちはだかるポンポ。

 イデアロード職人渾身の作である大きな盾でその攻撃を受ける。


「ポンポ、頼むぞ!」


「任せるです〜!」


 右手の剣を振りかざし、迫りくる舌を切断するポンポ。

 さらに、その本体にはアリアの放つ矢が命中する。

 そしてミウの風の刃がカマイタチのようにもう一匹を撒き組むように蹂躙し、止めとばかりにミサキの炎がそれを燃やし尽くす。

 何とも息の合ったコンビネーションである。


 かく言う僕も感心してばかりではない。

 目の前の蛙の舌を掻い潜り、上段から剣を振り下ろす。

 柔らかい嫌な感触が両手に伝わるが、一撃で目の前の蛙を沈黙させる事が出来た。


 先程と同じように死骸の浄化を終え、僕たちは一旦小休止をする。

 どこまで続くかわからない道のり、小刻みな休息をしながら進む必要があるだろう。


 壁に寄りかかりながら僕は大きく息を吐く。

 辺りは先ほどの襲撃が嘘のように静かだ。

 僕は巾着から出した水筒の水を口に含み喉を潤す。


「ポンポ、休むことも大事なの」


「わかったです〜」


 傍らでは先程の戦闘に興奮しきりのポンポをアリアが宥めている。

 それは最近では見慣れた光景、普段ポンポの面倒はアリアが見ることが多い。


 僕の頭の上では、これまた何時もの様に寝息が聞こえる。

 この雰囲気の中で寝られるその大物っぷりはさすが相棒と言わざるを得ない。

 うん、皆に気負いはないようだ。


「……カナタ、ちょっと」


 ふとミサキに手招きで呼ばれた。

 ミサキの肩にはピューネが留まっている。

 珍しい組み合わせだ。

 僕はミウを落とさないようにしながらミサキの傍に近寄る。


「何、ミサキ」


「……ピューネの話を聞いて」


 どうやら話があるのはピューネのようだ。

 僕はピューネに視線を送る。

 そして、ピューネが一言、


「この奥に枯れた筈のアタシの本体の気配がするわ」




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