第121話 呼ばれて飛び出て
「な、何だ!?」
良くわからない状況を目の前にした僕の第一声。
これは仕方の無いことだと思う。
「『何だ!?』とは失礼しちゃうわ。ぷんぷん!」
頬を膨らまして僕に抗議する目の前の少女?
くりくりした目に緑色の髪、頭にはタンポポのような一輪の花が髪飾りの様についている。
背中についている幾枚ものがくが羽のようにも見え、手乗りサイズであるその姿は妖精に近いものがある。
「やっぱりアウラウネでちゅね」
「女神様、復活させて頂きありがとうございます!」
その小さい何かは女神様に対して頭を下げた。
アウラウネ!?
それにしちゃ随分小っちゃいな。
すると、そのアウラウネが僕の方に振り向き、
「アンタ今、小っちゃいって思ったでしょ! 復活したばかりだから仕方がないのよ! また百年もすれば貴方くらいのサイズになるんだから!」
どうやらさらに怒らせてしまったようだ。
「……女神様、この子は?」
ミサキは女神様に問いかけた。
「危険は無いから心配する必要はないでちゅ。役に立ってくれるでちゅよ」
「そうよ! アタシに任せなさい!」
何を任せるのか良くわからないが、それをツッコむとまた怒りそうなのでここは空気を読んで黙っておくことにしよう。
女神様の説明によると――、
彼女の特技は植物を操ることと育てることだそうだ。
本体は正面に見える巨木で、目の前の彼女は移動用を兼ねた分体のようなものらしい。
本体が大きくなれば分体もまた成長し、さらには分体が何らかの理由で倒れても本体さえ無事なら何日かで復活するとのこと。
植物を統べる存在、それが目の前にいる緑色の少女、アウラウネである。
「どう! アタシは凄いのよ!」
ドヤ顔で胸を張るアウラウネ。
性格に難はありそうだけど、女神様が役に立ってくれると言うならそうなのだろう。
それにもう庭に植えてしまったし、流石に引っこ抜くわけにもいかない。
「……燃やす?」
横でミサキが僕に提案する。
それを聞き、慌てたのはアウラウネだ。
「ちょっ! アンタ何を言ってるのよ! 駄目に決まってるじゃない!」
「……冗談」
真顔でミサキが呟いた。
ミサキの冗談は慣れない人から見れば本当にわかりにくい。
「ミサキちゃんも冗談が上手いでちゅね」
「……でも、それ以上カナタに――」
「わ、わかったわよ」
アウラウネは口を尖らせる。
不満そうだが、これで漸く真面に話が出来そうだ。
「それで、何であんな所にいたの?」
僕は早速彼女に質問する。
すると、アウラウネは首を傾げ、
「う〜ん。何か嫌な力を吸い込んじゃって、本体が枯れちゃったのよね。何とか種を作って飛ばしたのはいいんだけど、その影響が残っていたらしくて……。とにかく、貴方には感謝してあげないでもないわ」
回りくどい言い回しだ。
ひょっとしてツンデレさんだろうか?
「元は何処にいたの?」
「わからないわ!」
アウラウネは胸を張って答えた。
うん、事態は迷宮入りのようだ。
「きっとそれはカナタくんたちが解決してくれるから心配ないでちゅ。それよりも彼女に名前をつけるでちゅよ」
セリフの前半部分が少し気になったが、それについては女神様の言うことなので仕方が無い。
「えっ!? コイツがつけるの?」
女神様のセリフにアウラウネが間髪入れず不満を口にする。
それを聞いたミサキは、
「……本体を焼きましょう」
「じょ、冗談よ。是非お願いするわ!」
慌てて訂正するアウラウネ。
女神様は僕を見て頷いた。
名前か……、そうだなぁ。
かなり騒がしいから――。
「可愛い名前じゃなきゃ嫌よ!」
僕の考えを読んだのか先に突っ込まれてしまった。
仕方がない、後で恨まれても困るので真面目に考えることにしよう。
そして――、
「ピューネって言うのはどうだい?」
僕は彼女を見て思いついた名前を口にした。
活発そうなイメージを何となく半濁音でイメージ。
それを耳にしたアウラウネは手を顎に当て、考える素振りをする。
そして一言、
「ふーん、まあまあね。まあ、それで我慢してあげる」
そう言う割に顔は嬉しそうだった。
喜んでくれて何よりだ。
「さて、まとまったところで中に戻るでちゅ」
女神様の締めの言葉を合図に、僕たちは別荘の中へと戻る。
アウラウネ改めピューネはというと、ふよふよと浮かびながらしっかりと僕たちについて来ていた。
「な、何よ! 入れないつもり!」
僕の視線を受けてピューネがむくれる。
「そんな事はしないよ。遠慮せずに入って」
そのセリフにフフンと鼻を鳴らし、
「まあ、当然よね♪ アタシを入れないなんてありえないわ」
さて、彼女がなんの役に立つのやら――。
再びリビングに着いた僕は、現在その場でまったりと過ごす。
明日にはイデアロードに顔を出さなくてはいけない。
今日一日くらいはゆったりとさせて欲しい。
女神様はというと、ミウやアリア、ポンポと供にすごろくで遊んでいた。
記憶を基に僕が自作で作ったのだが、割と好評のようだ。
また、テーブルの上では、
「美味しいわ! アンタ、アタシの専属シェフにしてあげても良いわよ!」
「それは出来ませんが、ここに来た時にはいつでも用意しますよ」
「なら問題ないわ! アタシはここに住むんだから」
見事にスラ坊に餌付けされているピューネの姿がそこにあった。
どうやら彼女がここに住むのは確定らしい。
別にいいけどね。
それはそうと、分体って食事もするんだな?
疑問に思って本人に聞いてみると、「どちらからでも栄養は取れるわ。ちゃんと味もわかるんだから」とのこと。
中々便利なものである。
そんなこんなで翌日。
僕は予定通りイデアロードの屋敷に顔を出した。
「これはこれは、中々楽しそうですね」
僕を見てのキマウさんの第一声がこれ。
頭の上にミウ、肩にピューネという見た目かなり賑やかな恰好は、別に楽しくてやっている訳ではない。
「ほう、アウラウネですか。珍しい者を仲間にしましたね」
「ふふん。平伏するなら今よ」
ピューネが僕の肩の上で偉そうに胸を張るが、キマウさんはそれをさらりと流す。
「領主としての仕事は今のところそれ程溜まっていません。私レベルで処理できる案件が殆どです」
それは何より。
すると、今日の予定が空いたな。
どうしようか?
「じゃあ、アタシに街を案内しなさい!」
ふむ。
それも悪くないか。
「ねえ、カナタ。何だか注目されてるよ」
イデアロードの大通り。
通り過ぎる人が僕、いや、肩に停まっているピューネを驚きの表情で二度見する。
「きっとアタシの美貌がなせる業ね」
ピューネは自信満々だが、絶対に違うと思う。
人形のような珍しいチビッ子が動いていれば、普通は誰でも驚くだろう。
彼女はそのまま出歩いても平気だと言っていたのだが、やはりアウラウネというのは珍しい種族であり、不味かったのではないだろうか。
「何!? 何かまた小っちゃいとか考えなかった?」
「いや、別に……」
まあ何とかなるか。
今さらなので僕は開き直ることにした。
だが、それは間違いだったかもしれない。
「おお、これはひょっとしてアウラウネではないか!?」
僕たちの目の前に駆け寄り大声を出す太目な中年の男。
腕や首元につけている金銀のアクセサリーが嫌味なくらいに眩しく光っている。
さらには護衛らしき男たちをその後ろに付き従えていることから、恐らくはどこか良い所の商人といったところか。
その男は僕の返答など待たずに言葉を続けた。
「既に乱獲で絶滅したとも言われているのに……。こんな田舎街にもきてみるもんだ! 君! これが君の傍にいるという事は君はアウラウネの本体の場所を知っているね。金はいい値を出す。是非それを譲ってくれないか!」
「ちょ、ちょっと! アタシは売り物じゃないのよ」
ピューネは男に抗議する。
「何だ、このアウラウネは随分喧しいな。まあ本体を調教すれば多少は大人しくなるだろう。――どうだろう? 君ごときには一生お目にかかれない位の大金も用意できるぞ。さあ、金額を言ってごらん」
ピューネを無視してひたすら捲し立てる男。
その度に唾が飛んでくるのはある意味魔物の攻撃よりもダメージが深い。
当の本人が心配そうな顔で僕を覗き込む。
僕の答えはもちろん決まっている。
心配しなさんな。
「お断りします」
男の顔色が不穏なそれに変わった。
「ん!? 何だ、私の聞き間違いかな? 田舎に来たせいか耳までやられるとは――」
「合っていますよ。彼女は譲れません」
僕は男にはっきりと伝える。
男はみるみる顔を赤くさせ、僕を睨みつけた。
「こ、断るだと! しかもその物言い、無礼な! き、貴様。私を誰だと思っているのだ! 私は王国一の商会、フローレンスの会長であるバイエルだぞ! 下手に出ていれば言うに事欠いて――」
後方の護衛がその怒号に反応し剣に手を掛ける。
僕はそれを察知し、言葉で相手を牽制する。
「街中で剣を抜くことは許されていませんよ。捕まりたくなかったら剣の柄から手を離すことですね」
その言葉を受け、渋々と言った風にゆっくり剣から手を離す男たち。
――イデアロードの治安も悪くなってきたのかな。
おっ、来た来た。
騒ぎを聞きつけて、お馴染みの警備隊の面々が集まってきた。
「どうされました、カナタ殿」
その中の一人、年若いオークが僕に問いかける。
「いや、何かこの人が急に怒り出してね。剣まで抜こうとするもんだから……。それとも僕の気のせいかな?」
街中での騒ぎはなるべく避けたい。
僕は相手に逃げ道を用意する。
「くっ! 高々田舎領主の分際で! 覚えておけ! 後悔させてやるからな!」
憎々しげな表情を浮かべながら、バイエルとやらは護衛を引き連れて去っていった。
「宜しかったのですか?」
耳元で警備隊の一人が僕に囁く。
先ほどの無礼な振る舞い、貴族として捕えなくて良かったのかの確認だ。
でも、あまりそう言う事はしたくないんだよな。
甘いかもしれないけどね。
「まあ、実害は無かったしね。ただ、念のため動向は探っておいてよ。ああいう類の人はすぐ暴発するからね。それとどんな人物かもお願い」
あれだけの自信、恐らくそれだけの何かがあるのだろう。
「わかりました。至急手配します」
それだけ言い残して、警備兵たちは任務に戻っていった。
そして、その場に残ったのはもちろん僕たち三人。
「はぁ……。気分が削がれたし、今日はイデアに帰ろうか。街はまた後で案内するよ」
「そうだね。ミウは気晴らしにタロジロと遊ぼう」
僕の提案を受け入れるミウ。
肩の上のピューネはというと、やけに大人しい。
「ピューネ?」
僕の問いかけに対しピューネが一言。
「ふん、一応感謝してあげるわ」
昨日からの付き合いで大体彼女の言動は読めてきた。
僕は苦笑いしつつ、屋敷へと戻るのだった。
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