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第120話 大きくなれよ~

「ふむ。これが……」


 里にて結果報告。

 その席で、タラールさんが例の白い球をまじまじと見つめて呟く。


「ええ、それ以外に異変は見当たりませんでした。恐らくはそれが原因かと思います」


「その事じゃが、少しではあるが地脈が復活してきているようじゃ。それを考えると、やはりそうなのじゃろうのう」


 そう言うとタラールさんはおもむろに白い球を僕に返してきた。


「えっ!?」


 てっきり回収するものと思っていた僕は驚きの声を上げる。


「それは儂らには必要無い物。貴方方で持っていてくれるかの」


 「――くれるかの」って言われても、こんな危険物をどうしろというのだろう。

 いや、一応もう危険は無い筈だったね。


「何にしても貴方方のお蔭で危機を脱したのは確かじゃ。フェアリカを代表してお礼を言わせてもらう。約束の報酬は後日、宝物庫に案内しよう。好きなものを一つ選ぶといい」


 タラールさんは僕たちに深々と頭を下げた。


「いえ、大事にならなくて何よりです」


 事の報告は滞りなく終わり、僕たちはミサキの待つ部屋へと帰るのだった。





 ミサキは床から起き上がり、僕らを出迎えてくれた。

 その顔色は良い。

 フェアリカ秘伝の薬が効いているようで、もう心配は無さそうだ。


「……それで?」


 ミサキが僕に問いかける。


「ああ、終わったよ。全く問題なかった」


 僕はミサキに既に解決済みであることを伝えた。

 ミサキは安堵の表情を浮かべる。

 ただ一人待つ身だったこともあり、不安だったのだろう。


「大変だったです〜! 全滅するところだったです〜!」


 そんな時、空気を読まないポンポが余計な一言を発する。

 ――僕は恐る恐るミサキの顔を伺った。


「……カナタ」


「はい、何でしょうか?」


 僕は正座をして、背筋をピシッと伸ばす。


「……約束破った」


「いや、何と言いますか、いきなりだったもので――」


「……約束破った」


 ミサキの目が怖い。

 あの眼は有無を言わさないそれだ。


「はい、すいませんでした」


 僕は観念して白旗を上げた。

 心配をかけたのは事実だからね。

 

「でも、ミサキ。あれは仕方が無いよ」


 ミウが僕の擁護してくれた。

 さすが相棒、後で存分に頭を撫でてあげることにしよう。


「……次からは絶対について行く」


 話の最後に、ミサキが断固たる主張を僕に放つ。

 ……はい、了解しました。





 あれから数日か過ぎ、ミサキの体調が安定する。

 タナさん曰く、ここまでくればもう心配ないとのこと。

 前と比べてどこか変わったのかミサキに聞いてみたが、


「…………さあ?」


 本人は特に変化などは感じていないようだ。


 さて、報酬である宝物庫のお宝の件だが、アリア用にと弓を貰った。

 きれいなエメラルドグリーンのそれは、速度補正がかかっているフェアリカ特製の弓。

 大きさは今まで使っていたのとほぼ変わらずで、アリアの身長と比較してかなり大きいけれど、「うん、軽くて使いやすいの」とアリアは言っていたので問題は無いだろう。


 

 そしてとうとう出発の日が訪れる。

 里の入り口ではタナさんたちが見送りに来てくれていた。

 ターニャとアリアは手を取り合って別れを惜しんでいる。

 それに対して、フォルは相変わらずぶすっとしているのが残念だ。

 仲良くなるのは次回の課題としておこう。


「またいつでもお越しください。それと、キャラウェイの事、よろしくお願い致します」


「はい、勿論です」


 里では思ったより快適に過ごさせてもらった。

 里の人の見る目もあの事件以来少し変わったような気がする。

 キャラウェイからは閉鎖的と聞いていたが、僕が感じた限りでは思った程では無かった。

 きっと彼女は何も変わらない平凡な毎日に嫌気がさしたのかもしれない。

 ――後でも休みにでも里帰りするように言ってみるかな。

 これだけ心配してくれているんだから、たまに帰るくらいは良いだろう。 


 見えなくなるまでお互いに手を振り、僕たちは里を後にする。

 そして、良い頃合いの所でゲートを展開、イデアへと戻るのだった。






「あれ、居ないなんて珍しいな」


 別荘の玄関、いつもならば僕たちの帰還を察知したスラ坊のお出迎えがあるのだが、今日はその姿が無い。

 まあ、別に強制している訳でもないし、きっと忙しいのだろう。


「ガルッ!」 「グルッ!」


 その代わりではないが、タロとジロが物凄い勢いで僕に、いや、正確には僕の頭の上に乗っているミウに向かって飛びついてきた。

 座敷犬ならぬ座敷熊、この別荘で無かったらきっと廊下が破壊されていただろう。


「ただいま、タロ、ジロ。良い子にしてた?」


「ガルッ!」 「グルッ!」


 ミウの問いに「当然!」とばかりに片手を挙げて答えるタロジロ。

 ミウは僕の頭から飛び降り、そのままタロの背中へと着地した。


「グルゥ……」


「ジロは後でね」


 どうやらジロは、ミウがタロの背中に乗ったのが気に入らないのか、少々ふて腐れている。

 ミウはその様子を見てフォローを入れていた。

 種族は違えど、その様子は姉弟と言っても何ら遜色は無い。


 リビングに入ると、スラ坊の姿がそこにはあった。


「お帰りなさいませ」


 ベテラン執事の風格漂うその姿は見慣れたもの。

 どうやら客人の相手をしていたようだ。

 いや、客()ではないか。


「お邪魔してるでちゅ」


 口の周りに何かをつけたまま挨拶する女神様。

 そんないつもの光景をすんなりと受け止める僕。

 慣れとは恐ろしいものである。


 僕たちが席に着くと、スラ坊がお茶を用意してくれた。

 女神様が来ているなら丁度良い。

 あれについて聞いてみるか。


「女神様、見て頂きたいものがあるんですが」


「いいでちゅよ。何でちゅか?」


 僕は例の球をテーブルに乗せる。

 白い球はその上をコロコロと転がり、その中央でピタリと止まった。


「これなんですが、ある山で地脈を乱すぐらいに禍々しい気を発してました。何とか浄化してみたんですが、何だかわかりますか?」


 女神様はそれをひょいと摘むと、透かすような動作で色々な角度から眺める。

 皆は女神様が言葉を発するのをただじっと待っている。


 そして女神様が一言、


「これは『種』でちゅね」


 皆の視線がその白い球に注がれた。


「『たね』って、あの撒いたら芽が出る『種』ですか?」


「そうでちゅ! 芽が出て膨らんで花が咲いたら――の『種』でちゅ」


 どこかで聞いたことのあるフレーズですが、理解しました。


「でも、これって何の種ですか? 瘴気みたいなのを発するくらいだから危ないものですよね」


 しかし、女神様は首を振る。


「過剰なまでの栄養を必要とする以外は心配ないでちゅよ。恐らく変なものまで吸い込んだのが今回の原因でちゅね」


「変なもの、ですか?」


「そうでちゅ。非常に悪い物でちゅ」


 非常に悪いもの、か。

 それが何だかは良くわからないが、もう浄化されているので心配はないと女神様は言う。

 となれば、この場でこれ以上それについて考えても意味が無い。


「種なら撒くです〜」


 ポンポが元気よく手を挙げて提案する。

 里にいた時に植物の世話を任されていたからか、得意分野が活かせるとあってかなり張り切っているようだ。


「でも、凄い栄養が必要なんでしょ。変なのを丸ごと吸い込んじゃうくらい。他の植物が枯れないかな?」


 そんなミウの不安に女神様は笑顔で答えた。


「心配ないでちゅ。ここの土地は誰が作ったと思ってるでちゅか」


 ですよね〜。

 その回答に納得した僕たちは、早速とばかりに裏庭に移動することとなった。




 女神様の指示に従い30センチほどの穴を掘り、そこに例の白い種を落とす。

 その上から土を軽めに被せて、如雨露で上から水を撒く。


「楽しみなの」


「何が育つんだろうね?」


 ん!?

 ミウの疑問の言葉を聞き、僕はふと思い出した。

 あれ!? そう言えば女神様に何の種だか教えて貰ってないぞ。


「早く育てです〜」


 ポンポが儀式のように種の周りを踊りながら成長を願う。

 丸い尻尾をふりふりと動かす踊りは、里に伝わる何かの儀式だろうか?

 それに釣られてか、女神様も同じ様に踊り出した。


「早く育つでちゅ〜」


 !!? 

 僕が気づいた時にはもう遅かった。

 目の前の土から勢いよく芽が飛び出たかと思うと、それはぐんぐんと成長を続ける。

 新芽があっと言う間に巨木のそれに変わる光景に僕は圧巻されて言葉が出ない。

 まるで某何とかの豆の木のような勢いで6メートル程の高さまで伸び、そこで漸くその成長を止めた。


「育ったでちゅね〜」


 女神様が満足そうに微笑む。

 いや、育ったって言うより育てましたよね。


 そしてそれよりも僕が気になっているのは木に生っている大きな一つの実。

 もちろん洒落を言ったつもりは無い。


「……動いてる?」


 ミサキの指摘通り、その実はぴくぴくと微かに蠢き、そして地面に自由落下した。

 見た目は桃のようなふっくらとした果実だが、はたして――。


「美味しそうです〜」


 ポンポは無邪気に発言するが、僕はとても食べる気にはなれない。

 だって、動いてたんだから。


 ぷるぷると震える桃色の果実。

 僕が女神様に言葉を投げかけようとしたその時、それは見事に真っ二つに割れた。

 その中から現れたのは桃太郎では無く、


「ぷは〜。ようやく復活ね!」


 僕たちの視線を一身に受けた何かであった。




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