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第118話 長老の依頼

「呼び出してすまんかったの。まあ掛けてくれ」


 僕は言われるがまま、その場に腰を掛ける。


「ふむ、驚かんの」


「いや、何となくそんな気がしましたからね」


 目の前にいるのは昨日花畑で出会った老人。

 今この場にいるという事は、彼が長老だということだろう。


「あらためて――、儂がこの里の里長をやっておるタラールじゃ。長く生きているせいで長老などとも呼ばれておる」


「カナタです」


「ミウだよ!」


 お互いの挨拶が済み、話は早速本題に入る。


「それで、只の顔見世って訳じゃないですよね。何のご用でしょうか?」


「ふむ、それなんじゃが、実は頼みたいことがあっての」


「頼みごと……ですか?」


 厄介ごとの予感がビンビンするのだが、気のせいであって欲しいところだ。


「受けるかどうかは話を聞いてからでも構わん。とりあえず話だけでもさせてはくれんかの」


「まあ、そういうことなら――」


 僕が了承の意を伝えると、タラールさんはその内容を語り始める。


「実はここ最近、この近辺の地脈の流れがおかしくてな。独自に調査をしておったのじゃ。そしてわかったことじゃが、どうもある地点で地脈が遮断されていることがわかった」


「遮断ですか?」


「そうじゃ。さらに調査をするべくそこに近づこうとしたのじゃが、残念ながら儂らには無理じゃった」


「無理、というと?」


「地脈の流れが遮断されるという事は、その周りの植物なども枯れ果てるということはわかるかの? 細かいことは省くが、儂らフェアリカも種族的にそこでは長時間の活動ができんのじゃ。しかも不味いことにその範囲はさらに拡大しておる」


「拡大って、そうするとどうなるの?」


 ミウの問いかけにタラールさんは答えた。


「この山脈の植物、それを糧にする動物、そしてそれを喰らって生きる動物、全てがそこで生きられなくなるということじゃ」


 ――なるほど、彼の言いたいことがわかってきた。


「つまり――、そこへの侵入、調査を僕らにやって欲しいということですね」


「聞けば、カナタ殿の街も山脈の傍にあると聞いておる。このままいけばその街にも影響が出ると思うがの」


 彼の言う通り、イデアからの持ち込み以外の資源の殆どは山脈に依存している。

 もしそれが全て無くなるとなれば、街へのダメージが相当なものになるのは想像に難しくない。


「――わかりました。どこまで出来るかわかりませんが、出来るところまでやってみます」


「おお、受けてくれるか。ありがたい! 報酬はフェアリカの宝の中から一つ、何かを進呈しよう」


 タラールさんはわざとらしく僕たちを拝む仕草をする。

 いや、受けてくれるも何も……、初めから選択肢など無いじゃないですか。

 そんな僕の気持ちを読みとったのか、タラールさんは真顔に戻り頭を下げる。


「これが山脈の自然ならびにフェアリカの危機であることは本当じゃ。――くれぐれもよろしく頼みます。それと、大きな騒ぎになるといかんので、この事は儂を含め一部の物しか知らんことじゃ。里の者にはくれぐれも他言無用でお願いいたします」


 恐らく倍以上は生きている老人からこう下手に出られては、僕としてもこれ以上何も言えない。

 調査場所を記した地図を受け取った僕とミウは明日出発することを彼に伝えて長老の家を後にした。

 そして皆の待っている部屋へと戻り、今回の事を伝えるところまでは良かったのだが、


「……私も行く」


「いや、駄目だよ。安静にしてないと」


「……私も行く」


「今回ばかりは絶対に駄目!」


 ついて行くと聞かないミサキと押し問答になる。

 だが、流石に今回は折れる訳にはいかない。


 僕は真剣な目でミサキを見つめる。 

 そして時間だけが過ぎていき、漸くミサキが一言、


「……無茶はしない。……約束」


「ああ、わかったよ」


 無茶はせず、危険を感じたら一度戻ることを約束させられた。


 そして、話をしなければいけない人はもう一人、


「わかりました。ミサキさんは責任を持って私が看病します」


「お願いします。2日くらいで戻ると思いますので」


 タナさんに地脈の調査の事は伏せつつ、ミサキの事をお願いする。


「えっ! カナタさんたち行っちゃうんですか?」


 戸の外で聞き耳を立てていたのか、ターニャがいきなり現われて僕を問い詰めてきた。


「いや、すぐに戻ってくる予定だよ」


「そうですか。絶対ですよ!」


 それを聞いてほっとした表情のターニャ。

 きっとアリアやポンポがいなくなるのが寂しかったのだろう。

 ここに来てから同じ年頃の子を全く見かけていない事からも推測できた。

 タナさんも笑顔でその様子を見ている。

 許されるならば、またここに遊びに来るのも良いかもしれない。


 

 そして夜が明け翌日の朝、僕たちはミサキやタナさんに見送られ里を出る。

 ミサキの表情からは薄っすらと不満の表情が出ていたが、僕は気づかないふりをした。


「カナタ、地図を見せて」


 しばらく歩いたところで、ミウから声がかかる。

 出発前に散々見たと思うんだけど……。

 そんなことを思いつつも、僕はにミウに地図を渡した。

 すると、その場で大きく地図を広げるミウ。

 その場とはもちろん僕の頭の上。

 ミウさん、目の前で広げられると前が見えないんですけど……。


「山の向こう側だね」


「里があった場所に近いです〜」


「一度イデアに戻る必要があるの」


 横から地図を覗き込むようにしてアリア、ポンポが会話に加わった。

 そして位置的には中心にいる筈の僕を置き去りにして三人の話し合いが続く。


「ミウ、これだと前が見えない……」


「あっ! ごめんね、カナタ」


 ミウが慌てて地図を折りたたんでくれた。

 やはり夢中で気付いてなかったようだ。


 さて、地図に示されている場所はガルド王国側、即ち山を越えた向こう側に存在している。

 暗くなってからの侵入を避けるとなると、アリアが先ほど言っていた通り一泊する必要があるだろう。

 だが、そんな思考も耳障りな音によって強制的に途切れる。


「グギャアー!」


「ギエェー!!」


「敵なの!」


 アリアが素早く弓を構える。

 耳を劈くような叫びと共に現れたのは、人間の背丈位はある鳥の魔物。

 ただし、鳥とはいっても飛んでいる訳では無く、言うなればダチョウのような地面を走るタイプだ。

 緑色をした羽毛に覆われたその魔物の鉤型に曲がった嘴からは涎が垂れており、大きな青い目でギョロリと僕たちを睨む。


「トートー鳥なの」


 なるほど、トートーね。

 濁っていないだけなことはあって、確かに外見は似ている。


「ミウ、アリアは後方で支援! ポンポは二人を守りながら攻撃だ。行けるな!?」


「任せるです〜!」


 敵の数は見えているだけで6羽、僕は正面のトートー鳥とやらに先制の一太刀を浴びせる。


「グエエェッ!」


 アヒルの首を絞めたような悲鳴を上げるトートー鳥。

 近くで聞くと余計に五月蠅く、耳が痛い。

 また、それに呼応するかのように他の鳥が一斉に金切り声で叫びだす。


「うる……い……す〜!」


 さほど離れていないにもかかわらず、後方のポンポの声が良く聞こえない。


「倒す以外に止めさせる手は無さそうだな……」


 羽をバタつかせ、狂ったように駆けまわるトートー鳥。

 その鉤爪や鋭い嘴を武器にして僕たちに迫る。


 僕は短期決戦をするべく、剣に魔力を通した。

 そして目の前に迫るトートーの首を一閃!

 今度は叫び声を上げる暇なく崩れ落ちた。


「グエエエッ!」


「グギャアーッ!!」


 ミウの魔法とアリアの矢が乱れ飛ぶ。

 さらには、もう既に満腹だというのにトートー鳥のお替りまでやってきた。

 何が何やらの混戦だが、ポンポが二人の前に立って守っているから安心して目の前の敵に打ち込める。

 統率という言葉を知らない鳥たちを一羽、また一羽と倒し、数を減らしていく。

 そして最後の一羽をアリアの矢が貫き、待ちに待った静かな空間が僕たちの所に戻ってきた。


「ふぅ……、耳が馬鹿になるかと思った」


 トートー鳥、ある意味強敵だった。


「ミウもくらくらするよ……」


 その場にへたり込むミウ。

 僕はそのままミウを抱え上げ、頭の上に乗せた。


「もう少し先に進んでから休憩しよう。ミウはそこで休んでていいよ」


「うん、そうする〜」


 本当はイデアで休みたいところだが、実質まだ一時間も歩いていない。

 幸いアリアとポンポは元気そうだったので、この判断は間違っていないと思う。


「また出てきてもポンポがやっつけるです〜」


 先程の興奮冷めやらぬのか鼻息の荒いポンポ。

 でも、トートー鳥だけは出来れば二度と会いたくないと思った。



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