第117話 足止め
「何か、イデアみたいだね」
「そうだね。畑が多いかな」
里の敷地内ではこぢんまりとした畑が点在しており、小規模ながら自給自足を行っているさまが見受けられた。
同じく自給自足をしているイデアと似通っているのは当然のこととも言える。
「ポンポも里でたくさん育てていたです〜」
ポンポが身振り手振りでしきりに僕たちにアピールしてきた。
小さい子特有の「僕も僕も!」の主張に懐かしさを感じる。
「そうか。ポンポも頑張っていたんだね」
僕はポンポの頭を撫でて褒めてあげた。
そういえば、ポンポって幾つなんだろう?
疑問に思い、本人に聞いてみることにする。
「ポンポって年は幾つなの?」
「年ですか〜? えっと……」
小さな指を一つずつ折って数えていたポンポだが、その動きが途中で止まった。
首を傾げながらひたすら何かを考えている。
「どうしたの、ポンポ?」
「指が足りないです〜」
「ミウが貸してあげるよ」
「ありがとうです〜」
ミウの指を借りて数えた結果、どうやら12歳らしいことが判明。
「計算とかも後で教えてあげるの」
「やったです〜」
山奥の里では計算などほとんど必要なかったのだろう。
特訓だけでなく勉強のカリキュラムも考えておくことにしよう。
「カナタ! あっちに花がたくさん咲いてるよ!」
ミウが早く行こうとばかりに僕の頭をぐいぐいと押す。
押されるがままに辿り着いたそこには、辺り一面色彩豊かな絨毯のような景色が広がっていた。
「きれいなの」
「母様へのお土産にしたいです〜」
「ポンポ、勝手に入っちゃ駄目だよ!」
勢いよく中に入ろうとしたポンポを後ろから抱え上げる。
僕の頭の上にいるミウからも「めっ!」と注意をされていた。
でも、ポンポの気持ちもわからないでは無い。
自然のまま咲いている美しさ、そこには作られた物には無い力強さを感じる。
ただその美しさは摘んでしまうと半減してしまうだろう。
「どうですかな、この花畑は?」
その場で同じように景色を眺めていた老人に声をかけられた。
「ええ、とても綺麗ですね」
僕は素直な感想を述べる。
「ここは里の自慢の場所なんじゃよ。気に入って頂けて何よりじゃ」
老人はしわくちゃな顔を崩して微笑んだ。
その時、背後で「ドサッ!」と音がした。
振り向くと、そこには地面に倒れているミサキが――。
「ミサキ!」
僕は駆け寄り、そっとその身体を起こす。
見るからに顔色が悪い。
「……大……丈夫」
「大丈夫な訳ないだろ!」
おでこに手を当ててみるが、特に熱は無さそうだ。
突然の事で慌てる僕たちに、先程の老人が僕に語りかけてきた。
「ふむ……、見させて頂いてもよろしいですかな」
僕が頷くと、老人はそっとミサキに近づき、その様子を観察する。
「ふむ……、ほう、ほう。これは……」
「何かわかったんですか!?」
何やら一人で納得している老人に焦れた僕は、彼を問い詰める。
「お若い方、そう慌てなくても大丈夫、これは魔力風邪じゃ」
「魔力風邪?」
聞いたことが無い言葉だ。
「ご存じないかの。魔力風邪とは言っても風邪では無い。急激に魔力が上がることで起こる身体の不調じゃよ」
「それなら、大丈夫なんですか!?」
「ふむ、一週間程安静にしていれば自然に治る筈じゃよ」
「そうですか……、良かった」
老人の言葉に僕はほっとする。
「しかし……、滅多に人間には発症しない筈なんじゃがのぉ。その嬢ちゃんは余程魔力が多いと見える」
「はあ……」
そんな事は今はどうでも良い。
とにかくミサキを安静にさせることが大事だ。
「カナタ、戻ろう! ミサキを早く寝せないと」
「うん、わかってる」
横たわるミサキをそっと背に負ぶったところで、老人が再び口を開く。
「言い忘れとったが、発症中に魔法は使わぬ事じゃ。暴発する恐れがあるからの」
僕は老人にお礼を言い、借りている部屋へと戻った。
布団の中でミサキが寝息を立てている。
タナさんに事情を話したところ、別にもう一室、看護用の部屋を用意してくれた。
症状の軽くなる薬草などもあるらしく、それも取り寄せてくれるとのこと。
「すいません。何から何まで――」
「いいんですよ。こちらの方がお世話になっていますから。少しは返させて下さい」
結局、その言葉に甘えることにした。
イデアに戻るという選択肢もあったのだが、症状への対処法を知るこの里で安静にしていた方が良いだろう。
「皆、僕はキマウさんに暫く戻れないことを連絡してくるけど、その間ミサキを頼めるかい?」
「まかせといてよ!」
そんなミウの言葉を頼もしく思いつつ、僕はイデア経由でイデアロードへと戻った。
キマウさんに事情を話すと、それなら――と、領主権限でしか処理できない書類の山を目の前に置かれる。
これ、ひょっとして全部片付けろってこと?
別にキマウさんが処理してくれても構わないんだけど……。
しかし、彼は頑として首を縦に振らなかった。
「命に係わるというのなら考えますが、ミサキさんも今は安静になさっているとのこと。それに自分の仕事をスッキリとさせていった方が気分的にも楽になると思いますよ」
そんなキマウさんの言い分に反論の余地は無く、「鬼!」と心の中で叫びながらも僕は事務作業を開始する。
一週間が期限の書類ともなるとかなりの量があり、読むだけでも時間がかかってしまう。
だが、おざなりに処理することは出来ないので、ミウたちを信じ、僕は今日中に目の前の山脈を始末するべく気合を入れた。
そして夜が過ぎ、気が付けばもう窓から陽の光が差し込んでいる。
その光に照らされながら何とか最後の書類に判を押し、僕は机に突っ伏した。
「お疲れ様でした。これで一週間は大丈夫です。心置きなく看病なさってください」
「……行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
満面の笑顔のキマウさんに見送られつつ、僕はイデアロードを後にするのだった。
ゲートを展開して里に戻った僕は、挨拶もおざなりに一直線に部屋へと向かう。
音を立てないように襖を開けると、そこには布団から上半身を起こし、もぐもぐと朝食を食べているミサキの姿があった。
「ミサキ、起きて平気なの?」
「……ええ、問題ない」
いつもより元気のない声が多少気がかりだが、自分で食事を取れる位に回復したのは良いことだ。
「カナタ、遅かったね」
「屋敷に軟禁されてたよ。一週間いないんだったらそこまでの仕事をやってってくれってね」
「キマウさん、ブレないの」
「領主なんかキマウがやればいいのにね」
うん、僕もそう思う。
「まあ、そういうことだから、暫くゆっくりしても大丈夫だよ」
僕はミサキの食べ終わった食器を受け取り、横になるように促す。
「……少し起きるくらいなら平気」
「だめです〜。寝ていた方が治りが早いって言っていたです〜」
ポンポが手をわちゃわちゃとしながら主張する。
「――だそうだよ。偶にはゆっくりするのも良いんじゃない」
小さくため息を吐き、ミサキは再び床へと入る。
うん、素直で宜しい。
「カナタさん、いらっしゃいますか?」
そんな時、襖の向こうで僕を呼びかける声がする。
「はい、いますよ。どうぞ」
スッと襖が開き、タナさんが姿を現す。
「看病しているところごめんなさい。実は、長老が貴方にお話があるそうなのですが……」
「話、ですか?」
「はい。ただ、詳しいことは聞いていないので内容までは何とも――」
何だろう? 出ていけとでも言うのかな?
出来ればミサキが復活するまで居させて欲しいのだが……。
だが、話自体は別段断る理由も無いので、僕は長老に会うことにする。
「ミウも行くよ!」
ミウが僕の肩に飛び乗る。
僕はアリアとポンポにミサキを頼み、タナさんの後について行くのだった。
漸く話が動き出しました。
気が向きましたらランキングボタンもお願いしますm(__)m




