第116話 二人の生家へ
ターニャが門を押すと、扉が音も無くゆっくりと両側に開かれる。
大きな門であるにもかかわらず、素材からか重さ自体はさほど無さそうだ。
そして、その奥に続くのは緑の一本道。
アーチ状に伸びた植物の枝葉が通路の天井をかたどっており、さらに道の両脇には綺麗な花が咲き誇っていた。
「さあ、行きましょう!」
奥へと足を進めるターニャの後をフォルがついて行く。
僕たちは彼女に促されるままに綺麗に刈り込まれた芝生への一歩を踏み出した。
「お花がきれいなの」
「すごいです〜」
道すがら、アリアたちはキョロキョロと周りを見回している。
口には出さなかったが、僕もその景色を十分に楽しんでいた。
「ん!?」
逆光の向こう側、通路の先に誰かがいるようだ。
光の加減からどうやらそこが通路の終着点らしく、人影は里の入り口の見張りという事なのだろう。
「フォル! ターニャ!」
二人の姿を確認した影がこちらに向かって駆け寄ってきた。
「「マリクさん!」」
「『マリクさん!』じゃない! 一体何処へ行っていたんだ! 皆心配していたんだぞ!」
二人の前に仁王立ちした中年の男は一息に捲し立てる。
「いや、それは……」
口ごもるフォル。
「大方キャラウェイでも探しに行っていたのだろうが、森の外には危険が――、ん!?」
男の視線と僕の視線が交錯する。
途端に男の瞳が剣呑なそれに変わった。
「こ、こいつらは人間ではないか!? 里に連れてくるとはどういうことだ! まさか脅されたのか!?」
男は腰から剣を抜き、僕らに対して切っ先を向ける。
「待って! この人たちは大丈夫なの!」
「何が大丈夫だ! 人間はずる賢い生き物だとあれほど教えたろうが!」
「違うの! この人たちは妖精の友達なのよ!」
「何っ!?」
男はターニャの言葉に驚きの表情を見せる。
そして品定めするかのような目で僕らを舐め回す。
そんな視線に晒されることは気分の良い物では無いが、ここはじっと我慢する。
「……用は終わった。……帰る?」
およそ歓迎ムードとはいかない出迎えに感じるところがあったのか、ミサキが僕に提案してきた。
うん、用は済んだしそれも有りかな。
「待ってください!」
僕の気持ちの変化を敏感に察知したのか、ターニャが僕を慌てて引き留める。
「助けて貰ったお礼もせずというのでは私の気がすみません。どうかお願いですから帰らないでください」
子供がそんな事を気にしなくてもいいのに……。
ターニャは見かけ以上にしっかりしているようだ。
気持ちはわからないではないが、こちらとしても白い目で見られるのはちょっと遠慮したいというのが本音。
それに、かえって居ることが迷惑になることもある。
「助けた? どういうことだ!?」
しばし蚊帳の外となっていた男がターニャに問いかける。
「私たちが遭難して行き倒れていたところを助けてくれたの。命の恩人よ」
「行き倒れ!? お前たちは一体何処まで――」
「それは後でいくらでも聞くわ。でも、とりあえず今は――」
ターニャが男の言葉を遮る。
「ふむ……、そうだな。君たち、先ずは非礼を詫びよう。すまなかった」
男は僕らに向かって頭を下げた。
「いえ、特には気にしていません」
特に実害があった訳でもない。
それにフェアリカという種族の事情を察すると、ある程度は仕方の無いことだろう。
「私はマリクと言う。よろしく頼む。――ところでフォル、ターニャ。早くタナさんの所に顔を出してきなさい。とても心配している」
「あっ! そうだった。ありがとう、マリクさん!」
マリクさんの言葉にフォルが駆け出した。
「カナタさんたちも行きましょう。中を案内します」
――入って良いのかな?
そんな僕の疑問に剣を鞘に戻したマリクさんが軽く頷いて答える。
「ターニャとフォルの恩人というならこちらも無下には出来ん。何もない所だがゆっくりしていってくれ。だが、くれぐれも騒ぎを起こしてくれるなよ」
ターニャが僕の袖を引っ張り中へと誘導する。
言動はしっかりしていても、こういうところはまだ子供っぽい。
僕はその力に逆らうこと無く里の中へと入っていく
途中、好奇や侮蔑の目に晒されながらもこれといったトラブルが起きることは無く、僕たちは二人の生家に無事辿り着いた。
木の香り漂う木造住居は、広い板の間や奥に見える床の間など昔ながらの風情を思わせる造りになっていた。
そして、僕らの目の前には初老に差し掛かった女性が微笑んでいる。
彼女がフォルとターニャの母親であることは二人の態度から容易に推察できた。
植物を編み込んだ作りの敷物をフォルとターニャが人数分並べる。
僕たちが腰掛けるのを確認して、目の前の女性が口を開いた。
「ようこそ、マイラの里へ。私はこの子たちの母親でタナと言います。改めまして、フォル、ターニャを助けて頂きありがとうございます」
タナさんは丁寧に三つ指をついて僕たちにお礼を述べる。
「聞けばキャラウェイもお世話になっているとか――。迷惑をかけていないかと心配しております」
「いえ、彼女は優秀で良くやってくれています」
僕はお世辞抜きに返答する。
実際、ゴランからの評価はすこぶる高い。
「そうですか。どうしているかと心配をしていましたが……。これからも娘をよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
その答えにほっとした表情のタナさん。
――やはり母親って良いなぁと思ってしまう。
場の雰囲気が和んだところで、タナさんが再び僕に話しかけた。
「部屋を用意してありますので、よろしければ自由にお使いください。何もない場所ではありますが、せめてゆっくりしていってくださいね」
それを聞き、早速と動き出したのはターニャだ。
「うん、それがいいよ! アリアさん、見て欲しい物があるの」
しかし、アリアを連れて部屋を出ようとしたターニャをタナさんが止める。
「ターニャ! 部屋に案内したらすぐに戻ってきなさい。――フォルはまだここに居なさい。大事な話があります」
その言葉にターニャはガックリと項垂れる。
まあ、これはある意味仕方がないと言えよう。
気落ちしたターニャであったが、しっかりと僕らを部屋へと案内してくれた。
こじんまりとしているが、掃除が良く行き届いており清潔感がある良い部屋だ。
「ターニャ。里で立ち入ってはいけない場所とかあるかい?」
僕はターニャに問いかける。
勝手のわからない里、出来れば余計なトラブルは回避したい。
「いえ、特にはありません。自然の他には本当に何もない場所ですから。ただ、マリクさんが通達してくれているとは思うんですけど、それでも絡んでくる人がいるかもしれませんから、それだけ注意してください」
「……殲滅する?」
「出来れば穏便にお願いします。人間を良く思っていない人が多いので、騒ぎが大きくなると……」
最後の方は言いにくそうにもごもごと言葉を濁す。
「うん、わかったよ。それよりも早く行っておいで。遅れると余計怒られるよ」
僕は少々意地の悪い笑みを返す。
「出来れば行きたくないんですけど……。はぁ……」
ターニャは重い足取りで先程の部屋へ戻っていった。
「さて、じゃあ僕らは少し外に出てみるか」
ターニャが来るまで部屋で大人しくしていた方が良いかとも思うが、近場を散歩するくらいなら良いだろう。
「ポンポは他の里は初めて見るです〜」
「美味しい物とかあるかな?」
「ミウちゃん。食べたばかりなの」
いや、街じゃないんだから食べ物とかは無理なんじゃないかな。
まあ、ミウらしいけどね。
「…………」
「ミサキ?」
「……行きましょう」
気のせいかもしれないが、どうもミサキの様子がおかしい。
「何かあったら言ってね」
「……子供が出来たら言う」
それは何かあったどころではないでしょ!
でも、漸くいつものミサキに戻ったようだ。
「カナタ! ミサキ! 早く行くよ」
ミウが僕たちを急かす。
僕は急ぎミウの元へと向かうのであった。
内容があまり進みませんでしたm(__)m




