第115話 フェアリカの里へ
「ここからは左に迂回した方が良いな」
キャラウェイに渡された地図を片手に緑生い茂る山を登る。
まだ人の手がほとんど入っていない場所だけに、緩やかな傾斜とはいえ進むのも一苦労だ。
ただ、大体の現在位置はわかっている。
ここはピューレ山脈の中腹辺り、恐らく左手にはぽんぽこの里の跡地がある筈だ。
「懐かしいです〜」
久々の故郷近くの匂いにポンポは嬉しそうだ。
思えば、あの戦闘からまだ二ヶ月足らず。
その間に色々あったので、随分昔のように感じられる。
「あの時のポンポは頑張ったの」
「当然です〜。ポンポは戦士なのです〜!」
「何かあったんですか?」
アリアの言葉にポンポが大きく胸を張る。
ターニャはそれが何の事かと気になっているようだ。
「…………」
その様子を一歩引いた位置で眺めるフォル。
中々の意地っ張り具合だが、それを口を出すとかえって意固地になりそうなのでやめておく。
ポンポたちが話に花を咲かせている中、僕は再び地図へと視線を落とした。
「……まだまだ先」
ミサキが僕の肩越しからそれを覗き込むように見て呟く。
「そうだね。でも、特に急ぎでもないし、休憩を入れながら行こう」
何においても、確実に二人を送り届けることが重要だ。
「うん、食事休憩は絶対必要だよ!」
僕の頭の上からミウの断固たる主張が入る。
まあ、慌てずに行くとしますか。
だが、そのゆっくりとした歩みも平和にという訳にはいかない。
ピューレ山脈の魔物が頻繁に現れ、僕らに牙を剥いてくる。
現在も本日三回目となる魔物の襲撃を受けている最中であり、僕たちはフェアリカの二人を守ることを優先しながらそれに応戦していた。
ミサキとミウの魔法、アリアの矢が飛び交う中、僕とポンポも剣にて敵を倒していく。
「これでどうです〜!」
襲い掛かる猿の魔物にポンポの剣が突き刺さる。
「やったです〜!」
「ポンポ! まだだ!」
僕はポンポに向かって叫ぶ。
「キキーッ!」
ポンポの攻撃を受けた魔物は、突き刺さった剣をそのままに、鋭い爪をポンポ目掛けて振り下ろした。
しかし、その攻撃はポンポには届かない。
目の前に半透明の膜が出現、その衝撃をしっかりと受け止めた。
「喰らえです〜!」
ポンポは魔物の腹から剣を抜くと、目の前の敵に再度剣を振るう。
今度はしっかりと止めをさせた様だ。
ポンポが倒した魔物を最後に、猿の魔物の群れを全て倒しきったようだ。
辺りには十数体の魔物の死骸が散乱している。
その血の匂いに釣られ、他の魔物が寄ってくる前に早々にここを離れた方が良い。
「ポンポ、油断はダメなの」
「ごめんなさいです〜」
アリアの注意に項垂れるポンポ。
だが、ポンポが壁になってくれたおかげでミサキたちが安全に魔法が放てたのも事実だ。
今はまだ女神様のアイテムの力によるところが大きいが、このまま経験を積んでいけばパーティーの大きな力になってくれるだろう。
今のポンポには決して口に出して言わないけどね。
「凄い! 強いんですね!」
僕らの戦闘を見たターニャは興奮気味に声を上げる。
フォルも口には出さないが興奮しているようだ。
やはりそこは兄妹ということなのだろう。
「……何てことは無い」と答えているミサキとの温度差は激しい。
「よし、行こう!」
皆の無事を確認したところで、僕たちは里に向かい再び前進した。
「……そろそろお昼にしましょう」
森林を抜け、開けた岩場が見えたところで僕たちは昼食を取ることにした。
平らな地面にシートを敷き、その上にスラ坊に作ってもらった重箱を広げる。
作りたてのまま保存されていたその料理からは、素晴らしく食欲をそそる匂いが運ばれてくる。
「さすがスラ坊だね!」
「美味しそうなの」
「お腹すいたです〜」
それぞれが皿を手に持ち手料理をつつく。
危険度の高い山脈の中であるにもかかわらず、気分はもうピクニックだ。
「凄く美味しいです!」
ターニャが笑顔でそれらを頬張る。
フォルも無言で黙々と食べていた。
「そろそろ見慣れた道に出たかい?」
僕はターニャに話題を振る。
「まだです。でも迷っていた時にこんな景色を見た覚えはあります」
「ポンポはここがどこだかわかるです〜」
自分はわかるとばかりにポンポが手を挙げて発言した。
この近辺は蜥蜴族の集落があった場所に近いらしく、ぽんぽこ族にとっての危険地帯として知られていたらしい。
「でも、もう安心なのです〜。皆さんのおかげなのです〜」
「よかったね、ポンポ」
ミウが僕の頭の上に乗り、そこから小さな手でポンポの頭を撫でる。
どうでもいいが、人を踏み台の代わりにしないで欲しい。
ふとミサキを見ると、何か遠くの方を眺めていた。
――何かあるのだろうか?
「ミサキ、どうしたの?」
僕はミサキに質問する。
「……たぶん気のせい」
何でも無いとミサキが首を振る。
「そう、なら良いけど……」
多少気になりはしたが、僕はそれ以上追及はしなかった。
山脈の谷の部分を回り込むようにしてひたすら進んだことにより、頂上を介すことなくピューレ山脈の裏側へと出る。
それは即ち、ガルド王国の国境を越えたということで、この場所は既にパシオン公国の領土だ。
聞いたところによると、宗教色の強い国らしい。
もっとも、今回は下山する訳ではないので、その国に係わることは無いだろう。
「この景色! わかります!」
周りを見回し、ターニャが興奮気味に叫んだ。
「里はもうすぐです。ここからは私が案内しますね!」
ターニャは颯爽と先頭に出て僕たちの案内を始めた。
僕は魔物の気配に気をつけつつ、彼女を守りながら歩みを進める。
辺りは時間停止の魔法でも掛けられたかのように静寂に包まれていて、皆の落ち葉を踏みしめる音がより鮮明に聞こえていた。
これなら魔物たちの接近もその足音からわかるかもしれない。
しかし、しばらくして僕の耳に聞こえてきたのは魔物の足音では無く――、
「く~」
恐らくは同じ景色ばかりで飽きてしまったのだろう。
ここらに危険は無さそうだしそのまま寝かせておくことにした。
木漏れ日がキラキラと降り注ぐ中を、僕たちは遅れる事無くターニャについて行く。
それから歩くこと数十分、ふとターニャが立ち止まる。
「どうしたの、ターニャ?」
怪訝に思った僕はターニャに問いかける。
ターニャは僕の方に振り向き一言、
「着きました」
しかし、目の前にあるのはこれまでと変わらない景色だ。
「……結界?」
「はい、その通りです」
ミサキの言葉をターニャが肯定する。
「……カナタ、落ち着けばわかる」
ミサキに言われた通りに深呼吸をして感覚を研ぎ澄ましてみた。
――正面の景色の一部に歪みのようなものを感じる。
「ミウもわかったよ!」
いつの間にか起きていたミウが嬉しそうに飛び跳ねた。
「今、入れるようにしますので待ってください」
ターニャは両手を正面にかざし、もごもごと何かを唱えた。
すると次の瞬間、光の泡が正面の緑を覆うように現れ、それが次第に門の形を形成する。
現れたのは緑の蔦が絡まるように編み合わさって出来ている大きな門。
自然と共存するフェアリカの里らしい入り口だ。
「ようこそ! フェアリカの里へ!」
ターニャが若干大げさな手振りで僕たちに歓迎の意を示してくれた。
こうして、僕はキャラウェイとの約束を果たしたのであった。
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