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第114話 キャラウェイのお願い

 姉であるキャラウェイは、弟妹達が落ち着いたのを見計らって僕へと向き直る。


「今回の事でわかってしまわれたと思いますが、私は人ではありません。せっかく警備兵になれたのですが、こうなってしまった以上、致し方ありません。短い間でしたが、ありがとうございました」


 二人の肩を守るように抱きながらキャラウェイは一礼、そのまま退室しようとする。

 僕は慌ててそれを止めた。


「いや、待って! やめる必要はないよ。この屋敷で人間は僕とミサキ位、君がフェアリカだろうと何の問題も無い」


 僕の言葉にキャラウェイは立ち止まり、一番近くにいたキマウさんをまじまじと見つめる。


「何処からどう見ても人間ですが……」


 うん、見た目だけだとそうだよね。


「――少し待っててくれるかな」


 僕は一旦退出してからゲートを展開、イデアへと戻る。

 そしてある人物を連れ、再び皆の待つ部屋に帰ってきた。


「彼が誰だかわかるかい?」


 僕は連れてきた人物についてキャラウェイに尋ねる。


「――誰と申されましても、何故オークがここに……。危険ではないのですか?」


 それを聞いたオークの怒号が部屋全体に響く。


「誰が危険だ! 貴様まだ絞り足りないらしいな!」


「申し訳ありません! 教官!」


 条件反射により、キャラウェイが両足を揃えて敬礼する。

 そしてその顔が驚愕の表情に変わるのに然したる時間は要さなかった。


「ゴラン教官……」


「うむ」


 通常のゲートを潜ればそのままの姿でイデアへと来れる。

 僕はゴランをそうやって連れてきたという訳だ。


「わかってくれた? キャラウェイは出ていく必要は無いんだよ。種族が違うから一緒に生活できないとか、そんな事はこの街では考えなくて良いよ」


「――はい。ありがとうございます」


 どうやら納得してくれたようだ。

 キャラウェイは僕に向かって頭を下げる。


「せっかく訪ねてきたんだ。宿舎に一部屋用意するよ。キマウさん、お願い」


 警備兵用の宿舎にはまだまだ空きがあった筈だ。


「わかりました」


「ありがとうございます」


 キャラウェイは礼を述べ、弟たちを連れて今度こそ部屋を退出した。





「フェアリカだったとはな。道理で良い動きをすると思ったわ」


 彼女たちが部屋からいなくなり、ゴランが彼女についての感想を述べる。


「結構強いの?」


「うむ。速さ特化といったところか。初見だと手こずるかもしれんな」


 へえ、今度見に行ってみよう。


「……カナタ、そろそろ朝ご飯」


 ミサキがいつまで経っても食堂に来ない僕を呼びに来てくれた。

 そういえば朝飯をまだ食べていなかったな。


「おお、丁度良い! 儂もまだ食べておらんのでな!」


 どうやらゴランも食べていくようだ。


「……早くして。……ミウが怒る」


 ミウたちは僕が来るのを待ってくれているらしい。


「それは大変だ。ゴラン、急ぐよ」


「うむ、急ごう」


 僕たちは駆け足で食堂へと向かうのだった。





 翌日、警備兵の訓練の日だということで、僕たちは総出で見学に行くことにした。

 フェアリカの戦闘力への興味もあったが、それ以上にゴランがやり過ぎていないか確認する為だ。

 イデアの留守番だった筈が、いつの間にか教官に居座っていたゴラン。

 この前のキャラウェイの有無を言わさぬ条件反射も気になる。

 警備兵になってまだそれ程経っていない筈なのに、あの反応は……ね。


 警備兵の訓練施設は屋敷に隣接して建てられている。

 一階は仕切り無しの広めのスペース、二階は各々が自由にトレーニング出来るような造りだ。

 ギルドの訓練施設を参考にして建てたので、これと言って真新しい物は無い。

 ちなみに、前回の警備兵試験もここで行った。


 中に入ると、新人の警備兵たちが横並びに整列していた。


「今から始まるみたいだね」


 ミウの言葉通り、これから訓練を開始するようだ。

 新人警備兵は合計で十名、その中には唯一人の紅一点、キャラウェイの姿もあった。


「ふむ、先ずは素振り五百回! 始め!」


 ゴランの号令の元、全員が一糸乱れずに素振りを開始する。

 ふと見ると、訓練施設の端っこに例の二人の姿があった。

 フェアリカの少年と少女、姉の訓練の見学と応援ということなのだろう。

 僕はゆっくりと二人に近づいていった。


「やあ、応援かい?」


 僕は二人に声をかける。

 しかし、少年はこちらをチラリと見るだけで、すぐに目を伏せた。

 この前の態度を気にしてか、どう話して良いか迷っているみたいだ。


「はい、お姉ちゃんがどんなことをしているか興味がありました」


 それとは対照的に、フェアリカの少女が元気よく答える。

 少年の陰に隠れる内気な少女の印象だったが、どうやら認識を改めなければいけないようだ。


「それで、見てみてどうだい?」


「かっこいいです! 堂々としていて、さすがお姉ちゃんです!」


「うん、確かにかっこいいの」


「やっぱりそう思いますか!」


 アリアの相槌に反応する少女。

 背格好も近いし、話が合いそうだ


「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕はカナタだ、よろしくね。一応この街の領主ということになっている」


「ミウだよ!」


「……ミサキ」


「アリアなの」


「ポンポです〜」


 僕に続いて各々が名前だけではあるが自己紹介をする。


「ターニャといいます。よろしくお願いします!」


 少女が元気よく挨拶する。

 そして、皆の視線が少年へと集まる。


「ほら、早く!」


 ターニャが少年を肘でつつく。


「……フォルだ」


 少年が小さい声で呟く。


「フォーダ?」


 ミウが首を傾げた。


「違う! フォル! 僕の名前は『フォル』だ!」


 名前を間違えられ、少年が向きになる。


「わかったよ! フォル、よろしくね」


 そんなミウの言葉にも、少年は「ふん!」とそっぽを向く。

 仲良くなるにはまだ時間がかかりそうだ。



 暫くして、新人警備兵たちの休憩時間となり、キャラウェイがこちらに近づいてくる。


「皆様、おはようございます! フォルたちの面倒を見て下さっていたのですか、ありがとうございます」


 彼女が頭を下げる。


「面倒なんか見て貰ってないよ! そんな子供じゃない!」


 その言葉に反発したのはフォルだ。

 しかし、慣れているのかキャラウェイは気にしていない。


「訓練はどう? きつくないかい?」


 僕は彼女に聞いてみた。


「はい、問題ありません。かえって丁度良い位です」


 彼女が充実した笑顔で答える。

 ふむ、心配のし過ぎだったかな。

 

 さて、ゴランの件は置いておいて、彼女には聞かなければならない事がある。


「里を飛び出して来たって言っていたけど、何かあったのかい? いや、話したくなかったら別にいいんだけど……」


 先日、ごたごたで聞けなかった件について彼女に質問する。

 もちろん話し辛いことなら、これ以上聞かない事にしようと思うが――。


「いえ、大した事では無く、閉鎖的な里に嫌気がさしただけのことです。フォルとターニャが追ってくるのは想定外でしたが……」


「お姉ちゃん、帰らないの?」


 ターニャが上目使いで姉に尋ねる。


「ああ、今朝言った通り、私は生れてから初めて充実した時を過ごしているんだ。お前たちには悪いが、あのお堅い里に帰るつもりは無い」


 キャラウェイははっきりとターニャに告げる。

 そして、僕の方に振り返ると、


「領主様、お願いがございます。出来たらフォルとターニャを里まで送り届けて頂けないでしょうか。二人の力を考えると自力で帰れるとは思えません」


 うん、確かに無理そうだね。

 僕は二人に目線を配る。


「お姉ちゃんが戻らないなら、僕も戻らないぞ!」


 その弟の叫びに、キャラウェイは優しく諭す。


「フォル、聞き分けの無いことを言うな。お前はまだ子供。外に出るのは早いし、何よりも母が心配している筈。どうせ黙って出て来たのだろう? 母を心配させたままで良いのか?」


 フォルがしゅんと項垂れる。

 母親のことを思い出したらしい。

 どうやら話は纏まったようだ。


「わかった。二人は責任を持って送り届けるよ。終わったら里の場所を教えて」


「はい、ありがとうございます!」


 室内に訓練再開の号令が響く。

 キャラウェイは僕たちに一礼して戻っていった。




「フェアリカの里か〜。楽しみだね〜」


「楽しみなの」


「ポンポも他の里に行くのは初めてです〜」


 まだ僕たち自身が送り届けるとは言っていないのだが、(うち)のチビッ子たちは既にその気である。

 まあ、今一番ヒマなのは僕たちなので、それが一番良いって言えばそうなんだろうけどね。

 ただ、領主がそれで良いのかと問われれば首を捻るところだが……。


「……何が起こりそう」


 ミサキが不吉な事を呟く。

 そういう発言はフラグが立つから言わないで欲しい。

 不安になった僕は、道中の無事を女神様に祈るのだった。


 

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