第113話 三千里って遠いですよね
妖精たちを追いかけてイデアロードの外に出た。
出るときに門番が何か言っていたが、問題ないとの合図を送っておく。
そしてそこからさほど離れていない場所、丁度イデアロードの裏手の外壁と山脈の境目辺りに何か塊のようなものが見えた。
辺りが薄暗い為、ここからではまだ何であるか認識できない。
だが、妖精たちの言っているものがそれであることは間違いないだろう。
更に近づくにつれ、それが何であるか僕の目にもはっきりと認識できた。
あれは、人!? 人が倒れている!
僕はさらに走るスピードを上げる。
その場所に倒れていたのは少年と少女。
意識の無い二人に急ぎ治癒魔法をかける。
ミウも僕の頭の上から飛び降りてそれに追随する。
程なくして、ミサキたちも追いついてきた。
「……カナタ?」
「僕も良くわからない。とりあえず治療しているところだよ」
治療を続けること数分、二人の顔に赤みが差してくる。
「カナタ、どう?」
妖精たちが心配そうに二人を覗き込んでいる。
「ああ、治療はしてみたけど……。念のため連れ帰った方が良いな」
僕は男の子の方をそっと抱え上げた。
女の子の方はポンポが担いでいるが、身長が低い為にその子の足が地面を引きずっているような状態だ。
――大丈夫だろうか?
「問題ないです〜。ポンポは力持ちです〜」
まあ、様子を見て駄目そうだったら考えるとしよう。
屋敷に辿り着き、連れ帰った少年と少女を客室のベッドに寝かせる。
外傷も多少見受けられたので、そちらの方も魔法で直しておいた。
そんな二人の顔を心配そうに覗き込む妖精たちに僕は声をかけた。
「イデアロードの外で倒れていたのに良くわかったね」
基本、妖精たちはイデアロードの中で活動しているので、滅多な事では外には出ない。
「この子たちの出す波長を感じたんだよ!」
「波長?」
僕は妖精に聞き返す。
「そう! この子たちは人間じゃないよ」
「カナタは物を知らないね〜」
「見てすぐわかるのに」
妖精たちの言葉を確かめるべく、僕はまじまじと寝ている少年と少女に目を向ける。
赤髪に太めの眉、少年っぽさの中に多少の凛々しさを窺わせる少年。
人形のような可愛らしい顔立ちをした緑髪ボブの少女。
僕にはどこが違うのか全くわからなかった。
「この子たちはフェアリカよ」
妖精は胸を張りつつ自慢げに僕に解説する。
フェアリカ――――妖精と先祖を同じくする、見た目は人とほとんど変わらない種族。
自然の中に生き、人も入らないような山奥で一生を過ごす、とのこと。
でも、それなら何故こんな人里に?
「そんなの知らなーい」
「気分じゃない?」
「お散歩とか」
妖精たちが思い思いの言葉を口にする。
まあ、とにかくこの子たちが起きるのを待つしかなさそうだ。
そして翌朝、二人が目を覚ましたとの報を受けて急ぎ部屋へと向かう。
部屋に入ると、僕に気づいたキマウさんが珍しく困り顔を向けてきた。
太めの眉を寄せ、警戒心を顕わにした少年が背中に隠れている少女を守るようにしてキマウさんを威嚇している。
「な、何が目的だ! 僕たちをどうする気だ!」
少年がキマウさんに向かって叫ぶ。
一方少女はというと、少年の肩に手を掛け、そこから覗き込むようにしてこちらを見ていた。
キマウさんが僕に目で助けを求める。
仕方がない……。
僕は彼らを刺激しないよう穏やかな口調で語りかける。
「どうにもする気は無い。君たちが外で行き倒れていたから連れて来ただけだよ」
しかし、少年はさらに警戒心を強めているようだ。
そんな彼に対し、僕は言葉を続ける。
「出ていくのは自由だよ。特に拘束している訳ではないしね。出口はあっちだ」
僕は後ろのドアを指差した。
それだけ元気ならもう心配は無いだろう。
その時、「くぅ〜」という音が辺りに響いた。
察するに、どうやら少年の腹の虫のようだ。
少年の顔に一瞬だが微妙な表情が現れる。
僕は漏れそうになる笑いを我慢しつつ、少年に提案する。
「とりあえず朝飯だけでも食べていかない? また行き倒れる訳にいかないでしょ」
その言葉に「むむむ……」と唸る少年。
恐らくは彼の頭の中で葛藤が生じているのだろう。
「フォル……」
後ろに隠れている少女が不安気に少年を見つめる。
それに促されたのか、少年は「キッ!」と僕を睨みつけ、
「わかった。そこまで言うなら食べてやる。でも、ターニャに何かしたらただじゃおかないぞ!」
一生懸命に少女を守ろうとする少年の姿が微笑ましく、その口調にも不思議と腹が立たなかった。
「ああ、わかったよ。約束しよう。食堂はこっちだ」
僕は部屋を出て二人を外に呼び込む。
少年はキマウさんに警戒の眼差しを向けつつ、ゆっくりとこちらに近づくのであった。
「はぐはぐ、はぐはぐ……」
「もぐもぐ、もぐもぐ……」
一心不乱に目の前の食べ物を掻き込む少年と少女。
初めは「毒でも入っているんじゃないか?」と言っていたものの、僕が先に一口食べて見せたことにより恐る恐る一口口に入れる。
そこからはもう歯止めが効かなかったようだ。
余程腹が減っていたのだろう、テーブルの上にはもうほとんど料理は残っていない。
「ぷは〜、喰った〜」
満足げに椅子の背もたれにもたれかかる少年。
そんな彼を見る僕の視線に気付き、慌てて姿勢を正して取り繕う。
「べ、別に、美味しくなんかないぞ! 食べろと言われたから我慢して喰ってやったんだ!」
「素直じゃないね〜」
「な、何ぃ!」
ミウ、向きになるからそれは言っちゃいけないよ。
でも、この少年はミウの言葉がわかるんだな。
やはり妖精の言った通りフェアリカという種族なのだろう。
「それで、この後どうするんだい?」
「何故そんな事をお前に教えなきゃいけない!」
「いや、山奥で暮らしているフェアリカがこんな場所ま何で降りて来たのか不思議でね」
「な! お、お前何を知ってる!」
少年が勢いよく椅子から立ち上がる。
「「「私たちが教えたんだよ」」」
狙ったかのようなタイミングで窓から妖精たちが飛び込んできた。
いや、たぶん狙っていたのだろう。
「よ、妖精族!? 何でこんな所に……」
「そんな事はどうでもいいの! 貴方たちこそ何でこんな所にいるのよ!」
「ぐっ……」
妖精の言葉に少年は言葉を詰まらせる。
彼の代わりに口を開いたのはフェアリカの少女だった。
「……私たちは、里を飛び出したお姉ちゃんを探しに来たの。その途中で、魔物に襲われて……」
ぽつりぽつりと少女は話し始める。
「途中で食料などを入れた袋を落としてしまい、それでも何とか山を抜けたところまでは……」
極度の疲れと空腹で倒れていたというわけか。
まあ、予想通りといえば予想通りだが。
「お姉さんか……」
探してやりたいとも思うが、手掛かりが何もない現状で僕に出来る事はほとんど無い。
また行き倒れないように食料を渡してあげるくらいか。
「あの人じゃないの」
「うん、あの人だね〜」
「間違いないよ」
少女の言葉を聞いた妖精たちが騒ぎ出す。
「知ってるの?」
まさかとは思いつつも僕は妖精に問いかける。
「当然よ! だってこの街にいるもの」
「ほ、本当かそれは!」
少年がいきなり大声を上げる。
「な、何よ!」
「びっくりした〜」
「そ、そんな事よりお姉ちゃんのことだ! 教えてくれ!」
少年は妖精たちに掴みかからんばかりに迫る。
「いいよ~。でもそれにはカナタの協力が必要ね」
「へっ、僕?」
いきなりの妖精のご指名に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「「「もちろん!」」」
妖精たちは口を揃えるのだった。
「フォル! ターニャ! 何故ここに!」
屋敷の一室、姉とその弟妹は再会を果たす。
この凛々しい顔つきの赤毛の女性を僕は知っている。
つい先日、この街の警備兵試験に女性としてただ一人合格した人だ。
「「お姉ちゃん!!」」
姉に甘えるように抱き着く二人。
少年に先程のようなピリピリした雰囲気は無い。
「「「カナタ、お礼はお菓子でいいよ!」」」
妖精たちが何時ものように僕に成功報酬を要求してきた。
「ああ、わかったよ」
「「「やったぁ!!」」」
飛び上がって喜ぶ妖精たち。
さて、どんな事情があるか知らないが、取りあえず今は感動の再会を邪魔しないようにするとしよう。
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