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第112話 初陣

 森の中を進んでいると、一匹の魔物が現れた。

 羊型の魔物、ムルムルだ。

 肉串でしか見たことが無かったその魔物は、後ろ脚で地面を掘るようにしながら赤い目でこちらを睨み、僕らを威嚇してくる。

 だが、僕は手を出さない。

 今回戦うのは僕では無く――、


「やっつけるです〜!」


 先頭に立つポンポの鼻息が荒い。

 今日は冒険者としての彼のデビュー戦。

 イデアロード製のショートソードを教え通りに正眼に構え、魔物の様子を窺っている。


「グモモモーッ」


 痺れを切らしたムルムルが、その丸まった角を全面に押し出すようにして、勢いよくポンポに突進してきた。


「甘いです〜!」


 だが、ポンポはそれを難なく剣で受け止めた。

 以前のポンポだったら出来ない芸当だ。


「こちらの番です〜!」


 気合が入っているんだかよくわからない気の抜けた掛け声と共に、剣で相手を力任せに押し返すポンポ。

 そして隙を見て力を抜き、横へと周りこむ。

 ムルムルは前方へと体勢を崩した。


「今です〜!」


 その隙を見逃さず、ポンポは相手の腹に突きを叩きこむ。

 ポンポの持つショートソードが根元まで突き刺さる。


「グモモー!!」


 痛みからか、ムルムルがもがく様に暴れだした。

 その激しさに耐えられず、ポンポはショートソードの柄を離してしまう。


「し、しまったです〜!」


 さらに後方へと弾き飛ばされるポンポ。


「グモモー!!」


 傷の恨みとばかりにムルムルがポンポ目掛けて飛び掛かる。

 その動きはダメージを受けているとは思えないほど俊敏だった。


 急ぎ立ち上がるポンポ。

 そして彼らは再び激突する。

 思わぬ苦戦。

 しかし、僕らは手を貸さずそれを静観していた。


 一瞬の静止の後、吊った糸が切れたようにその場に崩れ落ちるムルムル。

 立っているのはポンポ。

 その手には赤く染まった短剣が握られていた。

 だが、ポンポの顔に笑顔は無い。


「失敗したです〜」


 そう、今回の課題は『如何に相手の攻撃をいなし、危なげなく倒せるか』であった。

 満足のいかない出来にポンポが悔しがる。


 僕は倒したムルムルを巾着袋に仕舞い、ポンポに声をかけた。


「前よりはかなり上達したけど、詰めが甘いね。まあ、少しずつ慣らして行こうか」


「じゃあ、合格です〜? 連れてってくれるです〜?」


「……装備に頼りすぎ。……自力なら負けてた」


 ミサキの言葉にしゅんとなるポンポ。

 その言葉通り、ポンポは以前に女神様に貰った防御の指輪を装備しており、そのお蔭もあってムルムルの攻撃を無効に出来たというわけだ。


「大丈夫、これからまだ強くなるの」


「うん、努力次第だね」


 アリアとミウがポンポを慰める。


「ポンポは頑張るです〜!」


 その言葉にポンポが再び復活した。

 根性はぽんぽこ族で随一だ。


 ポンポの姿は、現在タヌキでは無くただの小柄な少年の見た目になっている。

 さすがは女神様仕様の門であるとしか言いようがない。

 他の人間とも言葉が通じるようになり、お蔭で冒険者登録もスムーズに行う事が出来た。

 マリアンさんには今回冒険者見習いとして連れて行くと伝えてある。

 ただ、あまりに小柄な見た目なのでかなり心配をされたのは仕方がないと言えよう。

 

 ところで、そんなポンポの変化を見て気づいたことが一つあった。

 それはミウの事だ。

 ミウの姿だけは門を潜っても全く変わっていなかったということ。

 何か特別な条件でもあるのだろうか?

 後で女神様にでも聞いてみようか。

 そんなことを考えつつ、僕らは再び森を徘徊するのであった。





「おお、待ちくたびれたぞ! もう良いのか?」


 その後、数回の戦闘を終えて森を出ると、その気配を察知したユニ助が懐いている犬のように駆け寄ってきた。

 恐らくは、よほど今回の遠出が嬉しかったのだろう。

 その尻尾は左右に大きく揺れている。

 

「ああ。ゴメンね、待たせて」


「うむ。ところで、どうだったのだ?」


「連れてってもらえるです〜」


 ユニ助の問いにポンポが嬉しそうに返事をする。


「おお、それは良かったな。これからは高貴なる我と行動を供にするのだ。より一層精進するのだぞ」


「頑張るです〜!」


 ユニ助の高貴云々はいつもの事なので聞き流し、僕たちは馬車へと乗り込む。

 イデアロードまでは片道半日足らず、たぶん到着は夕方過ぎになるだろう。


「ふむ。では行くぞ!」


 ユニ助がそのまま大空へ駆け上がるかの如く大きく地を蹴る。

 いきなりのトップスピードだが、僕たちはもう慣れたものだ。

 唯一慣れていないのは――。


「あわわわ、大変です〜。速いです〜」


 ポンポが座席から床へとコントのように転がり落ちる。

 まるで出発時のデジャブでも見るかのようだ。

 それを見たミウがアリアに笑顔を向ける。


「アリアも初めは大変だったよね」


「ミウちゃん、恥ずかしいの」


 からかうミウに頬を赤らめるアリア。

 そのやり取りは見ていて微笑ましいが、それよりもポンポだ。

 僕は床に伏せているポンポを抱え上げ、腕の中へ収める。


「ありがとうです〜」


 くりんと後ろを振り向いて僕にお礼を言うポンポ。

 それを見ていたミサキが僕を一瞥し、


「……あわわ。……大変です」


 ――いかにも棒読みなセリフだ。


「いや、ミサキは大丈夫でしょ」


「…………残念」


 そんなこんなで馬車はイデアロードへ猛スピードで向かうのであった。






 イデアへユニ助と馬車を戻し、僕たちは徒歩で街に入る。


「「お帰りなさいませ!」」


 門の前に立つ警備兵が大きな挨拶と共に僕たちに向かって敬礼してきた。

 オークたちにしては堅苦しいと思って良く見ると、どうやらこの前入った新人警備兵のようだ。

 背後に光る先輩警備兵オークの目に緊張しつつも、しっかりと任務をこなしているようだ。


「ご苦労様です」


 思わず敬語で挨拶してしまった。

 偉ぶるのにはどうにも慣れない。

 キマウさんが見たら怒られそうだ。


「は、はい! ありがとうございます!」


 かなり緊張しているようだが、大丈夫かな。

 そういえば――、ゴランが新兵の訓練にやたらとやる気を出していたのを思い出した。

 やりすぎていないか、手遅れにならないうちに確認しておこう。



 屋敷へ戻った僕たちは、部屋で休む組とキマウさんの元へ向かう組に別れ、別行動をとる。

 キマウさんの元に向かうのは僕とミサキだ。


 キマウさんの執務室に入ると、案の定まだ仕事をしているキマウさんがいた。

 机に座り、山のような書類に一枚一枚目を通している。


「キマウさん、もう夕刻ですよ。そろそろ終わりにしたらどうです?」


 キマウさんは僕の声を聴き、ハッと頭を上げる。

 どうやら僕らが入室したことに気づいていなかったようだ。

 一応ノックはしたのだが……。


「お帰りなさい、カナタさん、ミサキさん。もうすぐ切りが着きますので少し待って貰えますか」


 思う所まではどうしても終わらせたいようだ。

 いつもの事なので、中央にあるソファーに腰かけて待つことにする。





「特に変わったことはありませんでしたね。相変わらず仕事は山盛りですが……」


 数分後、仕事を終わらせ向かいのソファーに座ったキマウさんから報告を受ける。


「……文官の増員、考えた方が良い」


 ミサキが薄っすらと心配そうな表情を浮かべて提案する。


「それですが、イデアの畑仕事も落ち着いたらしく、仲間の何人かが手伝いに来てくれる予定にはなっています」


「……それだと一時凌ぎ。……恒久的な対処が必要」


 ミサキの言う通りだと思う。

 発展を続けるイデアロードの仕事が、すぐに落ち着くとは思えない。

 もしかしたら更に忙しくなる可能性もある。


「それには中々難しい部分もありまして――」


 自分がやらないと気が済まない部分があるのだろう。

 色々と細かいキマウさんらしい。

 それは彼の長所であり、僕たちの足りない部分を補う存在でもあるのだが、今回に関してはそれが欠点として出てきてしまっている。

 特に人間社会でこれだけの能力を発揮するキマウさんは異質な存在である。

 他の人に初めからそれと同じレベルを求めるのは酷な話だろう。

 先ずは早めに人材を集め、そこから育てなければいけないと思う。


「……仕事を任せ、育てるることも重要。……キマウは要所の確認だけすれば良い」


「――そうですね、わかりました。仲間が手伝いに来ている間に足りない人員も割り出しておきます」


「忙しいとは思いますがお願いします」


 キマウさんとの話を終え、皆の待っている部屋へと戻った。





「ポンポも魔法も使いたいです〜。どうすればいいです〜?」


「う〜ん、どうやったっけな?」


「確か、初めは適性を調べるの」


 何やら三人が一所に集まって騒いでいる。


「……使う?」


 そんな三人に近寄ったミサキが、何処からともなく水晶玉を取り出す。

 まさか持ち歩いている訳じゃないよね。


「……たまたま」


 ミサキによってテーブルの上に置かれた水晶玉に嬉々として手を置くポンポ。

 何だかとても懐かしい。

 さて、果たして結果は――。


「……地属性」


 ミサキの言葉にポンポは飛び跳ねて喜ぶ。


「地属性です〜!」


「良かったね、ポンポ」


「良かったの」


 ミウとアリアも一緒になって喜んでいる。

 どうやら一属性のみだったみたいだが、本人が喜んでいるのだから良いだろう。


「ポンポ、明日は魔法も試してみようか?」


「もちろん試すです〜!」


 やる気十分のポンポ。

 これは僕も教え方を勉強しなくては――。


 その時、何かが勢いよく窓から飛び込んできた。

 怪しい侵入者!? では無くいつもの妖精たちだ。


「カナタ、大変だよ!」


「来て、今すぐ!」


「早く来るの!」


 珍しく慌てた様子の妖精たち。

 その様子から見て只事では無さそうだ。

 僕たちは急いで妖精たちの後について行った。




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