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第111話 仲間

お待たせしましたm(__)m

「よし、今日はここまでにしておこう」


「…………ありがとうございました」


 ダグラスさんたちの来訪から一週間、村に帰る前の最後の仕上げとばかりに鬼も逃げ出す様な特訓を受ける僕。


 ……拝啓、とりあえず生きてます。


「カナタ、平気?」


 ミウが寝転がっている僕の頬をツンツンとつつく。


「平気……じゃない」


 見ての通りだ。


「何だ、情けない! それ位で音を上げてたら、竜の一つも倒せないぞ!」


 ――僕はどこかで竜を倒さなくてはいけないんでしょうか?

 そんな疑問も口には出せず、僕はただ空を見上げるしかなかった。

 そよそよと流れる風が花の匂いを運んでくる。

 このまま目を瞑ったら意識を手放せそうだ。


 しかし、そんな現実逃避も近づいてくる足音によって打ち消された。


「おお、ここにいましたか!」


 珍しく慌てた風のキマウさんが僕を呼ぶ。

 一体どうしたのだろう?


 気怠い身体に鞭打ちながら起き上がる僕にミサキが肩を貸してくれる。

 少し情けない……。


「坊主、情けないな。もう少し鍛えたほうがいいぞ!」


 自分でも思っていたことをそのまま言われると少し凹む。


「ええと、……」


 キマウさんがダグラスさんとアリシアさんを見て言いよどむ。


「大丈夫ですよ。問題ないです」


 僕はキマウさんに言葉を促した。


「はい、それならば――。実は、警備兵募集についてなのですが……」


 キマウさんの話によると、警備兵の試験を受けに来ている者の中にガラの悪い者が何人か紛れていたとのこと。

 そんな腕っぷしだけの男たちにはもちろん不合格を言い渡したのだが、それに納得がいかない彼らは、やれ合格者と戦わせろだとか、試験をやり直せだとかクレームを入れて動こうとしないらしい。

 要は僕に『実力行使で叩き出して良いか?』を相談しに来たという訳だ。


「いつものようにキマウさんの判断でやってもらっても良いですよ」


「そういう訳にはいきません。領主が留守ならともかく、今この場所にいる訳ですから――」


 相変わらずお堅い人だ。

 どれ、それならば先ずは様子を見に行ってみるか。

 

 僕は全身に強化魔法を施し、強制的に気怠さを麻痺させる。

 その時、意外なところから助け舟が入った。


「坊主、何なら俺が追加試験を行ってやろうか?」


 そんな思いがけないダグラスさんの提案に僕は飛びつくことにした。


「……可愛そうに」


 そんなミサキの呟きが聞こえる中、僕もまだ見ぬ男たちに対して心の中で合掌するのであった。





「何だ、おっさん。お前が相手してくれるのか?」


「言っとくが、俺たちはつええぞ!」


「おい、こいつに勝ったら合格にしてくれるんだろうな?」


 チンピラ風の男が三人、ダグラスさんを相手にくだを巻いている。

 何て命知らずな男たちだ。

 天と地ほどもある相手の実力も計れない時点で不合格は決定だよ。

 夢だけは見させてあげるけどね。


「ああ、勝てば警備隊長でも領主でも好きなものにしてあげるよ」


 僕の言葉に男たちが色めき立つ。


「うひょう! 間違いないだろうな!」


「確かに聞いたぞ!」


「後で無し何て言うなよ!」


 もしろん! ――勝てたらね。



 ぎらついた目で剣を構える男たち。

 木剣での模擬戦などという事は頭に無いらしく、男たちは真剣を取り出して構える。

 こんな輩がイデアロードに入ってくるようになっているかと思うと、街の入り口審査を少し厳重にした方が良いかもしれない。


「行くぜ!」


 男たちは正面と両サイドに散開し、ダグラスさんを囲う様に陣取る。

 彼らの中では既に多対一は当然のように決まっているらしい。

 だが、僕はそれを特に咎める様な事はしない。

 だって、必要ないから……。


「せいっ!」


 先制とばかりに正面の男が襲い掛かる。

 一線級とは言えないが、それに準ずるくらいの鋭さを持った斬撃がダグラスさんを襲う。

 その攻撃に合せるように両サイドの二人も斬撃を振るった。


 隙のない三位一体の攻撃。

 どうやら彼らは連携攻撃を得意としているようだ。

 そんな並の冒険者なら少なからずダメージを受けてしまうであろう攻撃だが、今回は如何せん相手が悪い。

 その程度でダメージが与えられるくらいなら、僕は毎度のように地面に這いつくばってはいない。


「ふんっ!」


 それは軽く放たれたただの一撃。

 だが、横に大きく振るわれたその攻撃は三人の男を吹き飛ばすには十分なものだった。

 咄嗟に避けた僕らの横を飛ぶように通過した彼らは、そのまま奥の壁に叩きつけられた。


「その腐った根性を叩き直してやろう」


 ため息をつくアリシアさんを尻目に、ダグラスさんの特訓という名の拷問が開始される。

 初めこそは少なからず抵抗をしていた男たちも、まるで歯が立たないという状況を理解するにつれ、次第にその気力を失っていく。


「た、助け……」


 僕のいる場所まで吹き飛ばされた一人が、縋るような目で僕に助けを求める。


 ……いや、ああなったら僕には止められない。

 君たちが悪いんだから、ダグラスさんが満足するまで耐えきってくれ。

 十分手加減はしてくれているので死ぬ事は無い……筈だよ。

 そんな意味を込めて、僕は首を横に振る。

 

 それを見て、男の血の気が引いて行くのがわかる。

 まさしく絶望を絵に描いたような表情だ。


「誰が休んでいいと言った!」


 丸太のような腕に首根っこを引っ掴まれて、彼は再び戦場へと戻される。


「カナタ、大丈夫かな?」


 そんなミウの問いに、僕は首を傾げることしかできなかった。





「す、すいませんでした!」


「もう勘弁してください!」


「これからは心を入れ替えて頑張ります!」


 アリシアさんの回復魔法で復活した男たちは、謝罪の言葉と共にこの場を逃げ出すかのように出ていく。

 逆恨みなども考えられないような徹底的なしごき、その絶妙な力加減は流石としか言いようがない。


「がははは。これで解決だな!」


 その結果に高笑いするダグラスさん。

 まあ、怪我人もいなかったし、問題ないということにしておこう。





 その後、キマウさんに促されて警備兵の合格者たちが集まっている部屋を訪れることになった。

 実力だけでなく素行なども加味した結果、合格者は全部で五人とのことだ。


 皆を伴って部屋に入る。

 僕の目の前には黒髪の男性四人と赤毛の女性が一人、横一列に並んで僕を見つめている。

 さて、キマウさんに何か言葉をかけてくれと言われたのだが、何を話せば良いのか……。


 いや、恰好つけても仕方が無い、思っていることを話そう。


「え〜、皆さん。合格おめでとうござい――」


「ん、んっ!」


 キマウさんの咳払いに僕は言葉を中断する。

 はいはい、わかりましたよ。


 気を取り直し、再び五人に向かい言葉をかけた。


「皆、合格おめでとう。これで晴れて君たちはこのイデアロードを守る警備兵の一員だ。ぼ、私はこの街を平和な住みやすい街にしたいと思っている。その為にも皆の力をぜひ貸してほしい」


 そう言って僕は頭を下げた。

 そして再び顔を上げると、五人も同じように頭を戻すのが見える。


「それでは、仕事について細かい説明をいたします」


 続いてキマウさんが五人に対し説明を始めるようだ。

 どうやら僕の役目はこれで終わったらしい。

 そんなキマウさんを残し、僕たちは部屋を後にした。




「あんな風で良かったかな?」


「……上出来」


「問題ないの」


 ミサキとアリアからお墨付きをもらう。

 ミウはというと……。


「く〜」


 アリシアさんに抱えられてお昼寝タイムに入っていた。

 何とも幸せそうな表情で、見ているだけで癒される。

 思わず頭を撫でたくなり、手を伸ばしたところで、


「坊主も領主が様になってきたじゃねえか!」


 ダグラスさんに背中を叩かれ一瞬息がつまる。

 いつも思うのだが、出来ればもうちょっと加減をして欲しい。


「そうね、頑張っていると思うわ。でも、無理はしちゃ駄目よ」


「はい。わかりました」


 アリシアさんの言葉とは逆に、周りに無理をさせてしまっていないかの方が心配だ。




 そして翌朝、僕たち四人は街の入り口に集まっていた。

 そこには僕が用意した一台の馬車が待機している。


「長い事世話になったな」


「また村にも寄ってちょうだい」


 半ば二人に強引に押し付けたお土産は、二人が乗るスペース以外を余すところなく占領していた。

 そう、今日は二人が村へと帰る日であった。


「……師匠、また」


「また来てなの」


「キュ〜(また来てね)」


 僕の中にも寂しさが込み上げてくる。

 確かに特訓はきつかったけれど、無ければ無いで寂しいものがある。


 御者の人が乗り込み出発準備を始める。

 そしていざ出発というとき、ダグラスさんは真剣な顔になり僕の肩に手を置く。


「坊主。力や権力を望まずとも持ってしまったお前には、これから色々な困難が待ち受けているかもしれない。そのときは自分一人で抱え込まず信頼できる仲間を頼るんだぞ」


 後ろにいるアリシアさんの表情も真剣だ。

 そんな二人に向かい、僕は力強く頷き返事をする。


「はい、わかりました」


 その返事を聞き、ダグラスたちが馬車へと乗り込む。

 御者が馬に合図を出すと、馬がゆっくりと歩み始める。

 こうして、師匠たちを乗せた馬車はイデアロードを出立したのだった。


「行っちゃったね」


「行っちゃったの」


 寂しそうにしているミウとアリアに僕は声をかける。


「また遊びに行けばいいさ」


「……そう、それほど遠くない」


 僕はダグラスさんの言葉を噛み締めつつ屋敷へと向かう。


 信頼できる仲間――、少なくともイデアの皆はそれに等しい。

 それを考えると僕はこの世界で恵まれているのかもしれない。


 ふとミサキたちと目が合う。

 ミサキたちはわかっているかのように深く頷いた。


 そう、皆がいる限りどんな困難でも平気なような気がした。



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