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第110話 師匠に街を案内しましょう

 武器工房の見学を終えた僕らは、続いて大通りの商店街を見て回ることにした。

 最近では人口も増え、子供たちが駆け回る元気な姿も見受けられるようになっている。

 人間の姿をしているものの、オークや魚人の子供と人間の子供たちが手を取って遊ぶさまは見ていて微笑ましい。

 願わくば、姿形が変わってもそのまま友達でいて欲しいものだ。


「あら、まあ! 領主様じゃないかい。どうだい、一本。安くしとくよ!」


 屋台を出しているおばちゃんから声をかけられる。

 鉄網の上で焼かれている肉串からは、煙と共に良い匂いが運ばれてきていた。

 何の肉かは不明だが、これはまさしく焼き鳥の匂いである。


「じゃあ、それを6本お願いします」


「あいよ! 毎度あり!」


 僕は肉串を全員分を購入することにした。

 注文を聞き、おばちゃんが肉串に刷毛でタレを再度塗りこむ。

 醤油系の香ばしい匂いに食欲をそそられる。


「はい、お待ちどうさま!」


 渡された肉串をそれそれ皆に配る。


「はふはふ。美味しいの」


 熱かったのか、口をふーふーしながら美味しそうに食べるアリア。

 彼女はダークエルフだが、特に菜食主義というわけでは無い。

 ふと見ると、ミウが何やら食べづらそうにしていたので、僕の串を使って肉を取り外してあげた。


「ありがとう、カナタ!」


 ミウはそれを一つずつ美味しそうに頬張る。

 うん、とても幸せそうだ。


「来た時も思ったが、結構華やかな通りだな。よくもここまで発展させたもんだ」


 肉串を一口で平らげたダグラスさんが、感心したように語りかけてくる。


「ええ、まあ発展させたというか、勝手に発展していったと言った方が正しいですけどね」


 そして、その街を守るのは僕の仕事。

 きっちりと街の防衛機能を確立していかなければなるまい。



 さらに通りを歩いていると、中央にある噴水が見えてくる。

 その周りには花壇が設置されており、色鮮やかな花を咲かせていた。

 そして噴水を中心に敷地が幾分か広くなっていているその場所に、今日はかなりの人だかりができている。


「あら、踊り子が来ているみたいね」


 ビキニにフリルをつけたような衣装のお姉さんたちが、演奏に合わせて軽やかにダンスを踊っている。

 そういえば、キマウさんに見せられた書類の一つに、営業認可のようなものがあった気がする。

 これがそうだったのか。


 踊り子たちの手前には籠が用意されており、恐らくそこにお金を入れるということなのだろう。


「ふむ、観光の街ならではというところか」


 ダグラスさんが呟く。

 ダグラスさんの言う通り、日々の生活に余裕の無い場所ではこの光景は見られないだろう。

 それだけ街が順調に発展してきている証拠だ。

 踊り子たちも観光を中心に発展しているこの街の噂を聞きつけてきたのだろう。


「痛っ!」


 僕のお尻に激痛が走る。


「……カナタ、見すぎ」


 どうやらミサキにつねられた様だ。

 そんなつもりで見てたわけではないのだが……。


「ふふっ、カナタくんも男の子ねぇ。ミサキちゃんも負けてられないわよ」


「……はい、師匠」


 ちょうどその時、踊り子たちの踊りが終わり、観客たちが投げ銭を行う。

 もちろん、僕も同じように籠にお金を投げ入れる。

 イデアロードにまた来て欲しいという願いも込めて、金額は少し多めにしておいた。



 ふと、僕の視界にとある雑貨屋が目に留まる。

 確かここはマリアンさんの実家の雑貨屋だ。

 正面の立て看板には大きな文字で『安心性能! イデアロード領主御用達!』と書いてあった。


「いつの間に……」


 いや、街の入り用時にはキマウさんに注文して貰っているので、間違いではないのだが……。


「ちょっと寄ってみますか?」


 僕は皆に声をかける。

 注文はキマウさん任せ、僕自身は実際まだ中に入ったことが無かったので少し興味がある。


「雑貨屋さんね。良いわよ」


「俺は屋台で飯でも食ってくる」


 ダグラスさんは雑貨より正面に見える屋台の方が気になるようだ。

 最近食べ盛りなミウもアリアに抱かれてダグラスさんについて行った。

 こうして二手に分かれた僕は、アリシアさんと中へと入る。


 

 店の中にはこれでもかと言う位に色々な物が置かれていた。

 日用品から用途が良くわからない物まで、所狭しと並べられている。

 ただ、それらはきちんと整理されているようで、明るい照明と相まって清潔感を感じさせる。


「いらっしゃい! 何かお探し……あら?」


 奥から声をかけてきた店員さんの言葉が途中で途切れる。

 聞き覚えのある声、マリアンさんだ。


「あらカナタくん、いらっしゃい! 今日は何がご入り用かしら?」


 マリアンさんが満面の営業スマイルを浮かべる。

 

「え、いや、そうじゃなくてですね。今日は実際店に入ったこと無かったので見たいと思いまして。マリアンさんは今日は店番ですか?」


「そうなのよ! せっかくの休みだっていうのに……。まったく! 娘だとタダで使えると思っているんだから、困っちゃうわ」


 僕の言葉で燻っていた不満に再度火がついたのか、マリアンさんの営業スマイルは遥か彼方に飛んで行ってしまった。

 まあ、その方がマリアンさんらしくて良いけどね。


「カナタくん、知り合いなの?」


 アリシアさんが僕に声をかける。


「はい。ギルドの受付のマリアンさんです」


「マリアンです。カナタくんには公私共々お世話になっています」


 また誤解を受けることを言う……。

 しかし、恐らくわざとであろうそのセリフをアリシアさんは軽くスルーした。


「アリシアよ。よろしくね」


 オーラ全開の笑顔にあてられたマリアンさんが一瞬呆ける。

 そして、再度復活したマリアンさんは、手招きして僕を引き寄せると耳元で話しかける。


「カナタくん、誰なのよ! いくら綺麗と言っても年上過ぎない? 隅に置けないわね」


 この人は何を勘違いしたのか、僕とアリシアさんがそういう関係だと勘ぐっているようだ。

 いやいや、飛躍しすぎでしょう。


「……そんな訳ない」


 いつの間にやら背後にいたミサキがそれを否定する。


「あ、あら。ミサキちゃん、いたのね」


 その存在を認識し、マリアンさんが苦笑いを浮かべた。


「……当然」


「あははは……」


 乾いた笑いが店内に響いた。

 だが、今回は師匠であるアリシアさんの手前、お仕置きとはならかなかったようである。



「さあ、見て買っていってちょうだい。品揃えはイデアロードで一番。ここに無くても言ってくれればブラジャーからミサイルまで、何でも揃えてみせるわよ」


 気を取り直したマリアンさんが、両手を広げて店内を見せつけるようにして僕たちに購買を促す。

 どこかで聞いたようなセリフだ。

 しかもミサイルって、この世界にそんなものあるのか?


「あら? 何かが降りてきたのかしら。良く知らない単語が口から出たわ」


 マリアンさんも何故その単語が出たのかわからない様子。

 ひょっとして――。


(ただのお約束でちゅ。この世界では作らせないから心配ないでちゅ)


 僕の脳裏に聞きなれた声が響く。

 ――はい、それなら安心です。

 


 店内は品数が多く、僕とミサキ、アリシアさんはマリアンさんに質問しながら色々と物色する。

 アリシアさんは既にいくつかの物を籠に投入していた。

 それらは主に料理に関する器具が多く、やはり主婦なんだなぁと実感させられた。


「何だ、お前らまだ選んでるのか? いい加減待ちくたびれたぞ!」


 待ちきれなかったのか、文句を言いつつ店の中に入ってきたダグラスさん。

 どうやら結構な時間が経過していたようだ。


「あら、ごめんなさい。普段手に入らない物があるからつい……ね。もうすぐ終わるから待っててもらえるかしら」


「……まあいいが」


 渋々頷くダグラスさん。

 とことんアリシアさんには弱いようだ。


「ねえ、カナタくん。この人は?」


「ああ、アリシアさんの旦那さんのダグラスさんですよ。僕の剣の師匠でもあります」


「おう、よろしくな! 嬢ちゃん」


 すると、何か考え事をするかのように黙り込むマリアンさん。

 余りに様子がおかしかったので、僕は声をかけてみた。


「あの――、マリアンさん? どうしたんですか?」


 マリアンさんはその言葉に我に返ったようだ。


「ああ、ごめんなさい。何か、どこかで見た事がある気がしたのよ。もう少しで思い出せそうなんだけど……」


「まあ、似た人は世界に三人はいるって――、いや、ダグラスさんに限ってはそれは無いですね」


「坊主、何をごちゃごちゃ言ってる。とっとと買い物を済ませろ!」


 ダグラスさんに急かされ、僕は急いで会計を済ませる。

 アリシアさんを説得し、彼女の分も払った。

 料金は――かなり良心的な価格であったと言っておこう。


「毎度あり〜。またよろしくね、領主さま♪」


 マリアンさんは笑顔で僕らを見送ってくれた。

 そういえば看板の事をツッコむのを忘れていたが、まあ良しとしよう。

 彼女にもお世話になっているしね。





 そして、予定より少し早く屋敷に戻った僕を待っていたのは……、


「よし、坊主。久しぶりに一丁揉んでやろう」


 予想通り、ダグラスさんの特訓であった。


「あの、帰って来たばかりだし、明日でも――」


「何を言っている。このメリハリが大事なんだ。精神の特訓にもなる」


 僕は助けを求めてアリシアさんを見る。

 しかし、アリシアさんは無言で首を横に振った。

 その眼はまるで、「少しくらいは付き合わないと止まらないわ。良い頃合いで止めてあげるから……」とでも言っているようだった。

 庭にいる妖精たちも興味深そうにこちらを見ている。


「さあ、行くぞ!」


 気合の入った掛け声に、僕も覚悟を決める。



 そして一時間後、いつものように青空を眺める僕がいたのであった。



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