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第109話 街の破壊、再び!?

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

「こちらを使って下さい」


 ダグラスさん夫妻を泊まってもらう部屋へと案内する。

 もちろん、この屋敷で最上級の客室だ。


「あらまあ……、こんな部屋私たちで使って良いのかしら?」


「はい、もちろんです! 何日でも滞在して頂いて構いません」


 遠慮がちなアリシアさんに、僕は全く問題無いことを告げる。

 何せ、こっちは返せないほどにお世話になっているのだ。

 この程度で遠慮してもらっては逆にこっちが困ってしまう。


「ほお、こいつは立派な部屋だ。ひょっとしたらアリシアの実家と同じくらいあるんじゃないか?」


「アリシアさんの実家って、そんなに立派なんですか?」


 僕はダグラスさんの呟きに反応する。

 この屋敷を作るときに、誰が来ても良いようにと、ここの部屋だけはかなり豪勢に作った自信がある。

 それと同じくらいの部屋を持つ実家と言ったら……、恐らく王国でも指折り数えるほどしか存在しないのではないだろうか。


「まあ、駆け落ち同然で結婚したから今は絶縁状態だがな」


 まるで話の落ちでもつけるようにダグラスさんが言葉を追加した。


「ダグラス……、ちょっと良いかしら?」


 ふと声のした方を見ると、アリシアさんの周りを不穏なオーラが渦巻いていた。

 僕の脳内危険センサーが即時撤退を進言している。

 ミウもそれを察知してか、再び僕の腕の中に舞い戻ってきた。


「それでは、食事の用意などをしてきますので――、ごゆっくり」


 戦略的撤退、戦場では逃げる事も時には重要である。


「ちょっ! 坊主! 待て!!」


 ダグラスさんの制止にも脇目も振らずその場を脱出する。

 ドアの向こうから濃密な魔力がだだ漏れだが、部屋自体は頑丈な造りをしているので心配は無い。

 ――心配は無いはずである。

 アリシアさんのことだからきっと自重してくれるだろう。





「……師匠、お久しぶりです」


「あら、ミサキちゃん。その後はどう? 上手くいってる?」


「……結婚まで秒読み」


「まあ! それは良かったわ♪」


 ミサキとアリアも美食亭の手伝いから漸く戻り、ダグラスさんたちと顔を合わせる。

 何やら変な会話が聞こえるが、きっと幻聴に違いない。


「明日は街を案内しますよ」


 夕食に舌鼓を打ちつつ、僕は街の案内を買って出た。


「おお、宜しくな! しかし、ここの飯は美味いな。アリシアの料理にも引けを取らん」


 スラ坊の料理に満足そうなダグラスさん。

 豪快に肉にかぶりつく様は獰猛な肉食獣を思わせる。

 それとは対照的に、アリシアさんは品良く食事を口に運んでいた。

 見た目はまさに美女と野獣なのだが、実際は野獣が尻に敷かれているのだから不思議なものだ。


「ん!? 何だ?」


「イエ、ナンデモアリマセン」


「……ならいいが」


 ふぅ……、こういうのを野生の感っていうんだろうな。




 翌日、僕たち四人はダグラスさん夫妻を連れて街へと繰り出す。

 街の案内は既に一度経験しているので、今回のコースはそれに準じたもので良いだろう。


「じゃあ、先ずはギルドにでも行きましょう」


 そんな僕の言葉に、ダグラスさんとアリシアさんは顔を見合わせる。

 そしてお互いの意志を確認するかのように目で会話し、一言、


「いや、俺たちは冒険者じゃないからギルドは特に見なくてもいい。どこか別の所に行かないか?」


 どうやらお気に召さなかったようだ。


「そうですか? 建物とかを見て貰おうと思ったのですが……」


「うん、まあ、すまんな」


 ダグラスさんはばつが悪そうな顔をする。


「いえ、問題ないですよ。それでしたら武器工房に行きましょう」


 僕たちは予定を変更し武器工房へと向かうのであった。




「あらあら、結構大きいのね」


 建物、そしてその中を見てのアリシアさんの第一声だ。

 出来たばかりの街だから、恐らくここまで大きな物とは予想していなかったのだろう。


「はい。近くには魔物も多く出るので、最優先ということで頑張りました」


 そんな僕の説明を尻目に、ダグラスさんは完成された一振りの剣に注目している。


「あっ、良かったら手に取ってくれて構いませんよ」


「そうか。なら遠慮なく」


 ダグラスさんが手に取ったその剣は、現在の工房で出来うる最高傑作ともいうべきもの。

 切れ味は黒曜剣に劣るが、頑丈さについては勝っている代物だ。


「うむ、中々に良い剣だ。これは売りに出すのか?」


「いえ、今のところはまだ予定は無いです」


 僕は首を横に振る。


「そうか、それは残念だ」


 ダグラスさんが落胆の表情を見せる。


「そういえば、道中の騒ぎで剣を壊したのだったわね。まったく……、これで何本目なのかしら」


「いや、まあ、つい力が入ってしまってな」


 アリシアさんの言葉に苦笑いするダグラスさん。

 そうか、それなら――。


「それ、差し上げますよ。使って下さい」


「おっ! いいのか?」


「ダグラス!」


 目を輝かせたダグラスさんをアリシアさんが嗜める。

 そして僕に向き直り、


「カナタくん、さすがにそれは悪いわ」


「いえ、返しきれない位お世話になってますので、遠慮せず貰って下さい。それに僕も出立の時に剣を貰っていますから」


「……師匠、遠慮は無用」


 僕のセリフにミサキも同意する。


「坊主もこう言っているんだからいいんじゃないか?」


「ダグラス、貴方が言わないの! ――そうね、じゃあ有り難く使わせて頂くことにするわ」


 アリシアさんの許しを得て、ダグラスさんは満面の笑みを浮かべた。

 まるで欲しいおもちゃを買ってもらった子供のように、その握りの感触を確かめている。


「ふむ、試しに何か斬ってみたいな」


「それなら、この工房に試し切りの場所がありますよ」


「よし、案内してくれ」


 そんなダグラスさんを見て、アリシアさんがため息をついた。


「キュ〜?」


 アリシアさんの腕の中で、ミウが上目使いに「大丈夫?」と心配している。


「大丈夫よ。いつもの事だから問題ないわ」


 アリシアさんはそんなミウの頭を撫でながら答えるのだった。


 




 そして、そこで事件は起こった――。






 凄まじい……。

 いや、そんな言葉では言い表せない現象が、今僕たちの目の前で起こっていた。

 斬撃により試し切り用の藁人形は跡形も無く消し飛ばされ、さらにその衝撃波は奥の壁へとぶち当たる。

 その壁は僕とミウがかなり強化を重ねて造ったもの。

 それにもかかわらず、壁は粉々に砕け散り、更には外にある塀までひび割れるという始末。

 ぽっかり穴の開いた壁から見える青空が眩しく室内を照らす。

 僕たちはその惨状に開いた口が塞がらない。

 近くに人がいなくて良かった……。


「いや、まいった。嬉しくて久しぶりに力を入れ過ぎてしまったかな」


 ダグラスさんの言葉だけが部屋に空しく響く。

 そんな中、この惨状を唯一冷静に見ている人が一人。


「ダグラス、貴方って人は……」


 僕はその声色にぶるっと震える。

 いや、それは言葉の雰囲気による寒さではなく部屋自体が寒くなっているんだ。

 アリシアさんを中心に周りの床が凍っていく。

 それを見て顔が引きつるダグラスさん。


「待て、わざとじゃない! すまん! やり過ぎたと思ってる!」


「当たり前です。折角カナタくんが建てた立派な工房を……。少し反省しなさい」


 具現化した風の渦に取り込まれた氷の結晶が、空いた壁から差し込む光を受けてキラキラと輝く。

 傍から見ているだけなら神秘的な光景だが、恐らくその威力は――。

 そしてついにそれらがダグラスさんに襲い掛かる。


「ぐわぁっ!」


 初めて聞くダグラスさんの必死の悲鳴。

 ――大丈夫、ダグラスさんはあの程度では死なない……筈。


 そして数秒後、出来上がっていたのは氷の塊。

 ダグラスさんの顔だけを残して、胴体部分が全て氷漬けになっていた。


「そのまま少し反省しなさい」


「すまん――」


 頭を項垂れるダグラスさん。

 だが、思った通り身体的ダメージは無さそうだ。

 いや、わかった上できっちり手加減されているのかもしれない。

 初めてアリシアさんの攻撃魔法を見た僕だが、あれはミサキの魔法の数倍の威力はあるのではなかろうか。

 そんな事を考えていると、アリシアさんから申し訳なさそうに声をかけられた。


「ごめんなさいね、ダグラスが壊してしまって。弁償させるから許してね」


「い、いえ。良いんですよ! こんなの僕とミウの魔法で何とかなります!」


 問題無いことを強調する僕。

 いや、決してあの迫力に押されたわけでは無い。

 何しろ僕らは借りの方が多いのだ。

 人的被害は無いのだし、このくらい如何ってことは無い



 そしてそれから――、


「大丈夫、ダグラスはそのままで問題ないわ。それに、本気を出せばあれくらい抜け出せる筈よ。それをしないのは反省している証拠、暫く放っておきましょう」


 そんなアリシアさんの耳打ちを信じた僕たちは、そのまま彼を置き去りにして工場見学を続けた。

 そして一通りの工場見学が終わり、次の場所に移動するときにその言葉は証明されることとなる。

 

「ダグラス、もういいわよ」


「そうか。――ふんっ!」


 気合の掛け声と共に、彼の身体を覆っていた氷が砕け散る。

 そのスペックが規格外なのは相変わらずだ。

 それも夫婦そろって――。


 言っては失礼だが、何でこんな人たちがあんな小さな村に留まっているのだろう?

 ふとそんな疑問が頭に浮かんだが、言葉には出すことはない。

 もしかしたら何らかの事情があるかもしれないからね。

 駆け落ちとか言っていたし……。


「さあ、次は何処に行くんだ?」


「ええ、次は――」


 こうして、色々とありながらも僕たちの街案内は続くのだった。



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