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第108話 新装開店は大忙しです

今年度最後の更新となります。

良いお年を!

 ぽかぽかと暖かい陽気の中、僕は庭にある備え付けのテーブルにお菓子を並べていた。

 果実そのものの色のみで彩色されたそれらは、見ているだけで食欲をそそる。

 だが残念なことに、目の前のこれらを食べるのは僕では無い。


「おいし〜い!」


「うまうま! うまうま!」


「あっ! それあたしが狙ってたのに!」


 身体よりも大きなお菓子に脇目も振らずかぶりつく妖精たち。

 テーブルの上はさながら食の戦場である。


「美味しそうに食べて頂いて何よりです」


 その様子を見て、スラ坊がぷるんと震える。

 食を極めんとする人間(?)にとって、食べる者の笑顔が何より嬉しいのだろう。


「それはそうとスラ坊、長らく待たせてごめんね」


 僕はスラ坊に向かって謝罪する。


 スラ坊の店である『美食亭』。

 それがいよいよ明日に再オープンする。

 建て直すのに時間がかかったのは、建物自体に強化に強化を重ねた結果である。

 開店の遅れに街の住民の不満もあったが、また壊されては本末転倒なので、申し訳ないがそこは待ってもらった。

 その分、明日の新装開店はかなり忙しくなるだろうと予想される。

 それを見越して明日はイデアから応援が来る予定だ。


 ちなみに、緑の旅団との契約の一つである美食亭の夕食は、建て直しまでの間は屋敷の食堂で振る舞っていた。

 例の事件は一応一段落したのだが、緑の旅団のメンバーには約束通り一ヶ月は警備の任について貰うこととなっている。

 契約期限は後二週間、それまでに新たな警備を少しでも雇わなければならないだろう。


「いえいえ、色々とありがとうございます」


 スラ坊は明日が待ち遠しいようで、朝早く起きて何やら仕込みをしていたのを僕は知っている。

 新たにどんな料理が並ぶのか――、僕も楽しみだ。


「カナタ! おかわり〜!」


「わたしも〜」


 いつの間にかテーブルの上のお菓子が跡形も無く消えていた。

 相変わらず妖精たちは食欲旺盛である。


「はいはい、今出すからね」


 僕は追加のお菓子を巾着から取り出し、テーブルの上に広げるのだった。


 こうして、再び平和を取り戻したイデアロードだが、実は嫌なニュースも耳に届いていた。

 グラシャス子爵を護送していた馬車が何者かに襲われたらしい。

 通りかかった冒険者の助太刀によりターラント子爵は無事だったものの、グラシャス子爵以下、捕らえていた者は全て殺されてしまったとのこと。

 果たしてこれはただの偶然なのだろうか?

 気になるところではあるが、それについて僕には調べようがない。

 街の守りを固め、二度と危険な輩を暗躍させないようにするのみだ。




「えい〜、たあ〜、とお〜です〜」


 イデアに戻ると、ポンポが別荘の庭でいつもの日課をこなしていた。

 それを真剣な面持ちで見守るゴランに僕は話しかける。


「ゴラン、ポンポはどうだい?」


「ああ、大分さまになってきたな。このまま成長すれば冒険には出られるんじゃないか」


 ゴランのポンポに対する評価は概ね良好だった。


「本当ですか〜! やったです〜!」


 その言葉に反応するポンポ。

 だが、すぐさまゴランの雷が落ちる。


「こら! 誰が手を止めて良いといった!」


「ごめんなさいです〜」


 再び木剣を振るうポンポ。

 以前に比べて剣の振りが目に見えて良くなっている。

 彼を連れて冒険に出る日は近いかもしれない。




 そして翌日、とうとう美食亭の再オープンの日がやってきた。

 店先には開店前から予想以上の長蛇の列が出来ており、改めてイデアロードでの美食亭の影響力に驚かされた。


「ミサキ、大丈夫?」


「……任せて」


 今日は僕たちも総出で店を手伝うことになっていた。

 僕の隣にはウエイトレス姿のミサキが立っている。

 紺を基調としたシックな雰囲気の中にも、袖や裾部分などにフリルをつけて可愛らしさが表現されている服装。

 ほぼ魔女ルックしか見た事が無い為か、その破壊力は抜群だ。


「……どう?」


 ミサキが上目使いに首を傾げる。

 この姿でそれは反則だろう。


「…………うん、良いと思うよ」


 戸惑いながらも僕は何とか感想を述べる。


「カナタ、照れてる?」


「照れてるの」


 いつの間にか傍に立っていたミウとアリアが微笑ましそうに僕を見つめる。

 アリアはミサキと同じくウエイトレス姿だ。


「ほら! もうすぐ開店だから配置について!」


 僕は居た堪れなくなり、いつもより大きな声で指示を出した。





 そしていよいよ開店。

 お客がなだれ込むように入ってきて、一瞬で座席は満席になる。

 店の外にも特別にテラス席のようなものを用意したのだが、そちらも埋まってしまっている。


 キッチンの中では、スラ坊の分体が二人体勢で料理を作っていた。

 完全意思疎通の連係プレーにより、その料理速度は単純に1たす1ではなく、3倍、4倍にもなっている。

 補助を務めるオークや魚人たちもついて行くのがやっとだ。


「はい、特製野菜炒め一丁上がり!」


 カウンター越しに出される料理をウエイトレスがてきぱきと運ぶ。

 運ばれてきた料理をみて、テーブルでは感嘆の声が上がっていた。


「ようやく食べられる!」


「やっぱり、一日一食はここじゃないと元気が出ないよな!」


 お客の殆どが目尻を下げ、一口一口料理を噛みしめている。


「……ワイルドウルフのステーキ」


「ビックシェルの酒蒸しなの」


 ミサキたちも問題無くウエイトレスとして仕事をこなしているようだ。

 かく言う僕も負けてはいられない。

 ウエイターとして、せっせと料理を運ぶことに専念した。



 瞬く間に料理が全席に並び、キッチンは一時休戦状態になる。

 だが、外にはまだ長蛇の列。

 ウエイトレスたちはてきぱきと動き、客席の空いている皿を下げる。

 お客の退席後すぐに片付けられるようにして少しでも回転率を上げる為だ。

 そしてほぼ同時刻にお客が入れ替わる。

 あとはひたすら繰り返しである。

 この混雑を予想し、ツアーの再開を2日遅らせて良かったと改めて思った。


 

 そして数時間後、漸く取れた休憩時間に僕は屋敷の庭の芝生に寝転がっていた。

 その腹の上にはミウがうつ伏せになっている。


「ごめんね、カナタ。ミウも手伝えればよかったんだけど……」


 申し訳なさそうにミウが呟く。


「こればっかりは仕方ないさ。ミウには違う場面で頑張って貰うからさ」


 そう言ってミウの頭を手櫛でとかす。

 穏やかな風がそよそよと僕の顔をくすぐっていた。

 目を瞑ればそのまま数時間寝てしまいそうな心地よさだ。


「くぅ〜」


 しばらくすると、僕の耳にミウの寝息が届く。

 どうやら寝てしまったらしい。


「ほんと、このまま寝ちゃいたいな……」


 陽気に誘われ、僕もついうとうととしかけたその時、ふと遠くの方からこちらに駆け寄る気配を感じた。

 ミウを起こさないように首だけまわしてそちらの方向に振り向く。

 どうやらキマウさんのようだ。

 キマウさんは僕の傍に来て足を止める。


「お休みのところ申し訳ありません。お客人が訪ねてきているのですが、よろしいですか?」


 僕は腹の上のミウをそっと持ち上げ、起き上がって両手で抱える。


「わかりました、行きます」


 同じく近くで休憩していた店員に店に戻れない旨を伝えて、僕はキマウさんについて行く。

 その客人とは――。


「おう、坊主! 来てやったぞ!」


「カナタくん、お邪魔するわね」


 その言葉に反応して、ミウが眠りから覚めた。

 眠たそうな目を小さい手で擦り、パチクリさせる。

 そしてはっきりとした目覚めと共にジャンプ一番、アリシアさんの胸に飛び込んだ。


「あらあら、ミウちゃん。元気そうね」


 そう、ダグラスさん夫妻が約束通りこの街を訪問してくれたのであった。







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