第106話 尋問
翌朝、まだ寝ぼけ眼の僕の元へある報告が舞い込む。
「そうですか……」
「申し訳ありません」
キマウさんが僕に頭を下げる。
「いや、そこまで気が回らなかった僕に落ち度があります」
この件に関しては僕の認識が甘かったと言わざるを得ない。
僕はふと窓の外に目を向ける。
普段だったら清々しさを感じる雲一つない快晴も、今回ばかりはその光が押し売りのような明るさに感じられる。
「カナタ、どうするの?」
ミウが首を傾げる。
その質問に対する答えは浮かんでこない。
「……この事を知っているのは?」
ミサキがキマウさんに質問する。
「はい。私の他は3名ほどですが……」
「……箝口令を敷いて、今すぐ」
「わかりました」
珍しく早口なミサキの指示を受け、キマウさんが急ぎ部屋から出ていった。
「ミサキ?」
「……皆は来て」
僕たちは黙ってミサキの後について行く。
それが賭けともいえる作戦の開始の合図であった。
翌日、僕たちはグラシャス子爵とヘーデルネン男爵をある場所へと案内する。
「それで、何処に行くんだい?」
「彼らが目覚めたので、会って貰おうと思ってね」
2人にそれだけを告げ、黙って先頭を歩く。
目的地は屋敷の敷地内にある建物、地下の牢獄である。
見張りのオークに目線で挨拶をしつつ建物に入り、そのまま地下へと降りていく。
「こんな薄暗い所に入ったのは子供の頃以来かねぇ」
相変わらずの軽口を発するグラシャス子爵。
ヘーデルネン男爵は特に何も文句を言わず黙ってついて来ている。
そして辿り着いた地下牢。
鉄格子の向こうには猿轡を噛まされた男が椅子に座っており、その脇には警備兵が控えていた。
「いきなり魔法を詠唱されると困るので、猿轡をさせています」
警備兵の報告に僕は無言で頷いた。
「それで、こんな所に連れてきてどうしようって言うんだい? あまり意味あることには思えないんだけど」
グラシャス子爵は僕の真意を測りかねているようで、探りを入れるかのように問いかける。
それに対し、僕は笑顔で言葉を返す。
「いや、対面すれば何かわかるかと思ってね。それだけさ」
そんな掴みどころのないセリフに業を煮やしたのか、グラシャス子爵の顔から薄っすらと不満の表情が現われる。
「どうでも良いけど早くしてくれないか。捜査には協力するけど、無駄な時間は使いたくないんだ」
そんな彼の突っ込みに対し、僕はしれっと返す。
「ああ、そろそろ始めるよ」
僕は牢の中にいる警備兵に合図を出す。
その合図に従い、警備兵が尋問を開始した。
「答えは頷くか首を振るかで返答しろ」
警備兵の言葉に男は頷く。
「美食亭を破壊したのはお前で間違いないな?」
男は首を縦に振る。
「誰かに命令されたのか?」
男は首を動かさず、ただじっとしている。
「命令した者は目の前にいるか?」
その問いにも、男は微動だにしない。
「何だよ。茶番を見せるために僕たちをここに呼んだのかい?」
グラシャス子爵は嘲笑するかのような笑みを僕に向ける。
だが、僕は余裕の態度を崩さない。
「まあ見ててよ。ここからが本番だから」
そんな僕の言葉に合わせたかのように、警備兵がある物を懐から取り出した。
そして頬を押し込むように男の口を開けさせ、その中にそれを流し込む。
「何だい、あれは?」
「ああ、あれかい。あれはピューレ山脈産の魔法の粉ってところかな。あれを呑ませると嘘がつけなくなるのさ」
グラシャス子爵は僕の答えに目を見開く。
しかし、そんな事はお構いなしに男への尋問は再開される。
「誰かに命令されたのか?」
その問いに微かではあるが男は頷いた。
「馬鹿な! そんな薬が!」
「ピューレ山脈の奥地にある植物だからね。知らないのも無理は無い。その効果の程を王都でも検証してもらうつもりだよ。それが確認できれば十分証拠として使えるからね」
驚くグラシャス子爵に僕は畳み掛ける。
その時、警備兵が僕に話しかけてきた。
「申し訳ありません、気絶したようです」
「そうか……。やはり効果が発揮されるには一日程度かかるか。まあ、予想は出来た事だし、また明日行えば良いよ」
「わかりました」
そして、僕は二人に振り返って一言、
「明日が本格的な尋問になる予定だ。悪いけど明日も同行してくれるかな?」
その言葉に正面から反対する者は誰もいなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その日の深夜、広い屋敷の庭を疾走する六人の男。
その顔は頭巾のようなもので隠されており、ぎらついた目のみが闇夜に光る。
男たちは警備の網を掻い潜り、闇に紛れて目的地まで到着する。
正面にいた見張りらしき二人の警備兵に音も無く近づく。
そして背後から心臓を一突き、その一撃に警備兵は音も無く崩れ落ちた。
「ふん、呆気ない。所詮田舎街の警備兵か……」
隊長格らしき男が呟く。
その男の手招きにより、隠れていた仲間たちが姿を現し、建物の中に消えていった。
だが、男たちは気づいていない。
庭を踊るように舞っていた不可視の光の存在に――。
そして、倒れた警備兵から一滴も血が流れていない事に――。
男たちは奥へと進み、目的地である地下牢へと辿り着く。
そこには捕われの男が二人、牢の奥で横たわっていた。
ここまで難なく辿り着いたことに多少の疑念は感じつつも、男は命令の遂行を優先する。
牢の扉を破壊し、横たわる男に駆け寄り胸を一刺し。
その様子を見て、隊長格の男の目じりが下がる。
しかし、男が引き上げの合図を出そうとしたその時、部下から悲鳴のような報告が上がる。
「隊長! 抜けません! これは人形です!」
短刀を懸命に引き抜こうとしている部下を視界に捉えながら、男は計画の失敗を悟る。
「その武器は諦めろ! 来るぞ!」
抜けない武器を放っておくように指示を出しつつ、男は脱出経路について頭を張り巡らせる。
だが、建物の入り口は一つのみ。
男は覚悟を決める。
そして、予想通り現れた冒険者たちを見て眉間に皺を寄せた。
「……予定通り」
派手な杖を持った三角帽の少女。
決して大きくはない少女の声が薄暗い地下牢に響いた。
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