第105話 捕縛
いつもより遅い時間の更新です。
夜も更けた頃、二つの影がイデアロード内を暗躍していた。
「手筈通り行くぞ」
影はある建物に接近、入り口の鍵を強引にこじ開け、内部への潜入に成功する。
薄暗い空間でも関係無いとばかりに素早く移動する影。
その時、窓から差し込む月明かりが薄っすらとその影を照らす。
黒い装束に身を包んだ二人の男。
それがその影の正体。
そんな彼がおもむろに取り出したのは一つの球体。
その球体に向かって男が何やら話しかける。
「無事、内部に潜入いたしました。プランDを実行します」
「わかった。やれ」
球体から発せられた返事を受け、男たちは再び行動を開始する。
懐から取り出した何かを建物内部に幾つも設置していく。
そして数分後、男たちは建物から脱出、建物を正面に見据えつつ詠唱を開始する。
男の周りに発現する炎の塊、男が腕を振ると同時に次々とそれが建物内部へと飛び込む。
そしてその後に起こる大轟音。
内部で連鎖反応を起こした炎は、天井を突き抜けて巨大な火柱を上げた。
その光景を確認することなく男たちは既に逃走を開始していた。
音を立てず影から影へ、予定道理の逃走経路にて足早に目的地を目指す。
しかし、そんな彼らの前に一人の男が立ち塞がった。
胸にはイデアロード製の胸当て。
その姿から一目で街の警備兵だとわかる出で立ちだ。
しかし、そんな状況にも男たちは慌てることは無い。
立ち塞がる警備兵は一人のみ、男たちは余裕の表情を崩すことなくその場からの脱出を試みる。
だが、その考えが甘かったことを知るのは、ほんの数秒後であった。
「ぬうん!」
気合の入った掛け声と共に、巨漢の警備兵の放つ斬撃が侵入者を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた男は建物の壁に激突、その身体を壁にめり込ませる。
「くっ!」
仲間の状態を一瞬で把握したもう一人の男は、瞬時に見捨てることを判断。
逆方向へと逃走を図る。
「させんっ!!」
だが、警備兵が体型に似合わぬ機敏な動作でその前に立ちふさがる。
「ちっ!」
黒装束の男は、目的を逃走から障害の排除へと切り替える。
両手にショートソードを構え、短期決戦とばかりに目の前の巨漢に襲いかかった。
まるで一陣の風のような流れる動作で敵の喉笛を狙う。
「ふんっ!」
しかし、それは叶わない。
力溢れる斬撃により、二本のショートソードが力任せに弾き返された。
「なるほど……、賊にしてはやるようだ。――だが、予想を超えるほどでは無い」
振り抜いた剣をそのまま戻す自然体の動き、そんな流れるような動作の中、再び斬撃が襲い掛かる。
ショートソードを前方に十字に構えて全力の防御を試みる侵入者。
だが、ショートソードはその斬撃の力の前に耐えきれず、粉々に砕け散る。
「馬鹿なっ! ぐえっ!!」
そのまま斬撃を胸に受け、吹き飛ばされる侵入者。
反撃することも敵わぬまま、そのまま意識を刈り取られた。
「安心しろ、手加減はしてある。聞かねばならぬことがあるしな」
誰にも聞かれる事の無い独り言を呟き、その警備兵は仲間たちの到着を待つのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
騒ぎを聞きつけ辿り着いた現場、その惨状を見て少なからずショックを受けた。
破壊されていたのは美食亭、イデアロード発展の象徴たる建物である。
「……やられた」
ミサキが珍しく悔しそうな表情を全面に出す。
真夜中だったことが幸いし被害者はいない。
だが、これは明らかなテロ行為であり、街の安全を脅かす由々しき事態だ。
「許せない! 犯人は絶対に捕まえるよ!」
その感情を表すかのように僕の髪がぐっと引っ張られる。
ミウがかなり怒っている。
美食亭がスラ坊の夢の詰まった店だったことを知っているミウとしては。その夢の破壊という行為はとてもではないが許せるものではないのだろう。
もちろん僕も同じ気持ちだ。
「ちょっと自重しすぎていたね。次は外壁と同じくらい頑丈に建て直そう」
「もちろんだよ!」
そんな時、一人の警備兵がこちらに駆け寄ってきた。
「カナタ殿! 賊を捕えましたぞ!」
その朗報に、僕たちは急ぎ現場まで向かった。
縄で縛られている黒装束の男たち。
その正面に悠然と立っていたのは巨漢の男であった。
「おう、カナタ。待っていたぞ!」
僕の姿を捉えてニンマリと笑う男、どうやら自分の武勇を今にでも話したくてうずうずしているようだ。
「ゴラン! 捕らえてくれたんだって」
「ああ、ちょっとは出来るようだったが所詮は小手先の剣技、筋の通った本物の剣の前にはこの通りよ」
そう言ってゴランは豪快に笑う。
「ゴラン、やるね〜」
「強いの」
「がっはっはっ! もっと褒めて良いぞ!」
そんな会話が続く中、僕は改めて黒装束の男たちに近づき、被り物に手を掛けその素顔を晒す。
一見何の変哲もない顔の男たち。
だが、僕はこの顔に見覚えがあった。
「ミサキ」
「……ええ」
僕らは捕えた男たちを急造の地下牢へと幽閉した。
翌朝、僕たちは訪問団と朝食を取る。
今日は訪問団の王都帰還の日、予定では昼頃にイデアロードを出立することになっている。
「カナタ殿、素晴らしい街だったよ。是非また来たいものだね」
愛想の良いグラシャス子爵と相変わらず無言のヘーデルネン男爵。
今の今までその関係は変わっていない。
だが、僕はここで言わなければならない事がある。
朝食を食べ終わったところで、僕はグラシャス子爵に声をかける。
「グラシャス殿、この男たちに見覚えは?」
僕の合図に伴い、警備兵に連れられて二人の男が入ってくる。
「ふむ、見た事があるような無いような……」
「グラシャス殿が警備として連れていた者だろう?」
僕は畳み掛ける。
「ああ、そうだった。臨時の警備だったので忘れていたよ。それで、彼らがどうかしたのかい」
「彼らはこの街で破壊活動をしていた為、捕えさせてもらった」
「何と! 臨時の雇い兵とはいえ、それは申し訳ないことをした。心からお詫びを申し上げるよ」
驚きの表情の後、グラシャス子爵は僕に向かって深々と頭を下げる。
これが演技だったら大したものだ。
「貴方の仕業ではないのかい?」
「それは誤解だよ、カナタ殿。彼らは臨時の雇い兵、何なら王都に問い合わせても良い」
「そうか……。ただ、グラシャス殿が連れてきた者がこれだけの事をやったんだ。残念だが出立は延期、暫くは屋敷に滞在してもらうよ。王都にも連絡を飛ばしてある」
「当然だろうね。まあ、暫くの辛抱ってことで大人しくしてるよ」
「ああ、そうしてくれ。それとヘーデルネン男爵。貴方にも同じく滞在の延期をお願いする」
「――ふん」
不満そうに鼻を鳴らすヘーデルネン男爵。
今さらその態度が気になる事は無い。
「では、私は部屋へ戻るよ。解決と私への疑いが晴れることを心から願っているよ」
そんな言葉を残して、グラシャス子爵は部屋へと戻っていく。
ヘーデルネン男爵も無言で退出した。
「あの人がやったのかな?」
「いや、まだわからない」
ミウの問いに僕は答えた。
会話をしてみての感想だが、正直どちらにも思えてきた。
「……出立延期は長くて三・四日」
「うん、わかってる」
公務の者を証拠無しに長期滞在させる訳にはいかない。
恐らくはそれ位が限界だろう。
だが、この街の安全の為、その間に出来る事は全てやるつもりだ。
「それには先ずは彼らだね」
ミウの目線の先には捕えた二人組。
ゴランの一撃が余程強烈だったのか、未だ目を覚ましていない。
僕はミウの言葉に無言で頷いた。
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