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第103話 視察

 翌日、ギルドを訪れた僕たちをギルドマスターが出迎えてくれた。

 ちなみに今回ミサキたちは留守番だ。

 ギルドマスターは僕らへの挨拶も早々に、二人の貴族に質問をする。


「王都のそれと変わりは無いと思いますが、一通り説明は必要ですかな?」


「いえ、要所のみで結構です」


 その申し出をやんわりと断ったグラシャス子爵の答えにギルドマスターは笑みを浮かべる。

 恐らくは、「言ってはみたものの、頷かれたら面倒くさい」とでも思っていたのだろう。


 他のギルドとの相違点のみの説明となったことにより、主に施設関係の説明が重点を占めることとなる。

 彼らを案内したのはイデアロードギルドの目玉、裏手にあるギルドの訓練場だ。


「ほう、これは……」


 グラシャス子爵は顎に手を当てて頷き、感心の嘆きを漏らす。


「冒険者の多さに驚きましたかな? 彼ら全てが初心者だが、もしかしたらこの中には未来の高ランクがいるかもしれませんぞ」


 現在イデアロードでは、9対1の割合で新人冒険者が多く、その彼らを育てる目的で作られたのがこの訓練施設だ。

 イデアロードに移住していた引退冒険者やギルドマスターの古くからの知人が教官に就いており、戦闘技術はもちろん、初心者に不足しがちな知識についてもレクチャーを行っている。

 冒険者たちの評判は良く、何を隠そう僕も何回か聞きに行っていた。


「先行投資という訳ですね」


「初心者の死亡事故は経験と知識不足からくるもの。それらを少しでも強化してやれば、自ずと冒険者が増えていくということですな」


 ギルドマスターは自慢げに顎鬚を摘む。

 これはベラーシでは予算が無くて出来なかった彼の悲願でもあり、出来た時の彼の喜び様は今でも記憶に新しい。

 ご想像通り、街の発展につながるということで予算は街で出している。

 その好待遇の噂が噂を呼び、イデアロードの冒険者の数は増加の一途を辿っていた。



 一通りギルドの見学を済ませた後は美食亭で少し早い昼食。

 「何だ、この大衆食堂は!」と外観を見て文句を言っていたヘーデルネン男爵も今は黙々と食事を口に運んでいる。

 美味しい食事の力というのは、時には人を傷つけることのない武器になるようだ。


「次は工房だったよね。新人冒険者があれだけいれば、さぞかし儲かっているんじゃない?」


 グラシャス子爵は親指と人差し指で輪を作りニヤリと笑う。


「いや、そんな事は無いよ。冒険者誘致の為に、初心者装備は安めに設定しているからね」


 僕は首を横に振りそれを否定する。


「へえ〜、そんなことまで考えているんだ。――うん、美味いね」


 彼のセリフの「美味いね」は料理の感想。

 グラシャス子爵は貴族らしからぬ仕草で料理を口一杯に頬張る。

 見た限りでは、ここに滞在している自分の役目を覚えているかも疑わしい。


「もちろん覚えているさ。観光しながら美味い物を食べて帰ることだろう」


「……グラシャス殿を任命した人に同情するよ」


「その方がカナタ殿も楽で良いじゃないか。お互い好都合だろう? 楽にいこうよ」


 僕は真剣に計画を練っていたキマウさんにも少し同情した。




 工房ではオークたち(見た目は人間)が忙しなく働いていた。

 そんな最中、僕たちを迎えてくれたのはラキアだ。


「忙しい所に申し訳ないね」


「いえ、元々予定に入っていたことなので問題ないですよ」


 僕の言葉にラキアは首を横に振る。


「へえ〜、これが工房か。結構大きいね」


 グラシャス子爵はキョロキョロと落ち着き無く周りを見回す。

 その様子をヘーデルネン男爵はただじっと見守っている。


「これが窯になります。現在は売れ行きが良くてフル稼働ですね」


 いつの間にやら結構な数のオークたちが働いているようだが、恐らくはイデアからの応援だろう。

 後で無理が無いか確認しておこうと決めた。


「見せて貰っても良いかな?」


「はい、構いません」


 ラキアの許可を受けたグラシャス子爵が、完成された一振りの剣を握りこむと、それを上段から振り下ろす。

 ヒュッ! と鋭く風を切る音が僕の耳に届く。

 更には連続して横凪に振るったその剣捌きは、見るからに素人では無い動きだ。


「貴族の跡取りとして多種嗜んだ程度さ」


 そう謙遜する目の奥に何か暗いものを感じた。

 何か苦労でもあったのだろうか?

 だが、そんなことを無遠慮に聞く訳にはいかない。

 暫くして、ラキアに促されつつ僕たちは工房の奥へと進んだ。




 視察一日目の予定が滞りなく終わり、僕たちは再び屋敷に辿り着く。


「いや〜、楽しかったよ。明日は何処へ行くの?」


 グラシャス子爵はにこやかに僕に質問する。


「大通りの商店街と街を囲む外壁を見てもらう予定だよ」

  

「そうか、楽しみにしてるよ」


 そう言い残し、グラシャス子爵は自らの部屋に戻っていった。

 無言でヘーデルネン男爵もそれについて行く。

 彼に関しては何かトラブルでも起こすかと思っていたが、今回特に心配するようなことは無かった。


「カナタ! お疲れ〜」


 僕の帰りをいち早く察知して駆け寄ってきたミウが、ジャンプ一番いつもの定位置に落ち着く。

 僕はミウを乗せたまま皆の待つリビングへと足を向けた。


 ミサキ、アリア、そしてキマウさんの労いの言葉を聞きながら、僕はソファーにもたれかかる。


「いや〜、疲れたよ。慣れないことをするって神経を使うね」


「それは仕方がありません。領主の仕事の内ですから」


 大半の仕事をやってもらっているキマウさんにそんなことを言われると何も言えなくなる。


「……問題なかった?」


「ああ、ヘーデルネン男爵も大人しかったよ。何を考えているかはわからないけれどね」


「……そう」


 ミサキが薄っすらと安堵の表情を浮かべる。

 どうやら心配してくれていたみたいだ。


 僕は場の雰囲気を変えるべく話題を変える。


「そういえば、ポンポの様子はどうだい?」


「問題無いの。成長はしているの」


 アリア曰く、以前のような無理はせず、特訓に精を出しているとのこと。

 今日はゴランが面倒を見てくれているようだ。


 訪問団が帰ったら、僕も様子を見に行こう。

 そんな事を思いながら、僕は夕食までゆっくりとくつろいだ。



 翌日、予定通り商店街の視察と外壁の案内をする。

 グラシャス子爵は軽口をたたき、ヘーデルネン男爵は無言のままという対照的な二人に疲弊しながらも、何とか職務をこなす。

 そして夕方、傍から見ればビデオの再生をしているかのように、僕はリビングで昨日と同じくソファーへともたれこんだ。

 あと二日で訪問団は王都に帰り、また通常の日々に戻れる。

 僕の頭の中の大半はその思いで一杯だ。


 しかし、翌朝僕の耳に入ってきた情報が、その平穏な日々の到来を遅らせることになる。


「――何やら良からぬ輩が街に増えているようです」


 そんな報告をキマウさんから受けたのであった。




来週にかけて多忙な為、次話の更新がいつもより遅れるかもしれませんm(__)m


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