第102話 訪問団
「――以上でございます」
「ふむ、特に問題があるようには思えんが――」
「いえ、その発展速度は異常とも言うべきもの。もしかしましたら……」
「計画に支障をきたす……か?」
「はい」
「――わかった、任せる」
「ありがとうございます」
その執事は不敵に笑った。
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イデアロードを拠点にする冒険者がちらほら見受けられるようになった頃、キマウさんはとある準備に追われていた。
「ううむ、先にこちらを案内した方が……、いや、待てよ……」
「キマウさん、何もそんなに気張らなくても大丈夫ですよ。もうう少し気楽に――」
何時に無く真剣なキマウさんに肩の力を抜くようにアドバイスする。
しかし、そんな僕の言葉にキマウさんは頑なに首を振る。
「いえ、そういうわけにはいきません。このイデアロードの発展を世に知らしめる絶好の機会ですから」
「……くそ真面目」
ぼそっとミサキが呟いた。
「何とでも言って下さい。と・に・か・く・きっちりと準備だけはさせて貰います」
そう言い残して、キマウさんは再び文官たちとの打ち合わせに入ってしまった。
さて、キマウさんが何を張り切っているかというと、一週間後に現れる国の訪問団の受け入れ準備だ。
キマウさんは自らも発展に力を注いだイデアロードにかなりの誇りを持ってくれているらしく、一ミリの妥協も許さないといった雰囲気が体中から滲み出ている。
その真面目さゆえ彼に代官を任せたのではあるが、些か力が入り過ぎている感は否めない。
本来は打ち合わせとやらに僕も入った方が良いのだろうが、鬼のようにやる気を出すキマウさんの迫力に押され、殆どを任せてしまっているのが現状だ。
「カナタ、どんな人が来るの?」
「ああ、確か王都の貴族で、グラシャス子爵にヘーデルネン男爵って人らしいよ」
「ふ〜ん」
飲み物を飲みつつ相槌を打つミウ。
質問した割にはそれほど興味は無さそうだ。
「……問題無ければ良いけど……」
ミサキが不吉な事を言う。
「まあ、どのみち受け入れるしかないんだから、問題無いことを願うしかないね」
僕は強制的に話を打ち切って、ポンポの待つイデアへと向かった。
そして早々と一週間が過ぎた。
空が赤くなり道行く人の影が長く伸びる頃、イデアロードの屋敷の前に煌びやかな馬車が止まる。
御者の手によってその扉が開かれると、如何にも貴族と言った折り目正しい服を着た男が二人、ゆっくりとイデアロードの地へと降り立った。
その内の一人、白い礼服を着た男が出迎えた僕の姿を認めると、近づいてきて右手を差し出してくる。
「カナタ子爵ですね。私はグラシャスと申します。今回はわざわざのお出迎え、ありがとうございます」
「ようこそおいで下さいました。精一杯おもてなしさせて頂きます」
出された右手を握り、不慣れな敬語を使いつつ何とか挨拶を終える。
お次はとばかりに、僕は青い服の貴族へと目を向ける。
しかし、彼はその場に立ったままこちらを見ようともしない。
「ヘーデルネン男爵。ご挨拶を」
グラシャス子爵に促され、その男は渋々といった感じで前へ進み出る。
「ヘーデルネンだ」
ヘーデルネン男爵は憮然とした態度で一言だけそう告げると、再びそっぽを向く。
それに対して、僕は出来る限りの笑顔で応対した。
「ようこそおいで下さいました。楽しんでいって下さい」
お約束のような挨拶が終わり、キマウさんに二人を用意した部屋へ案内してもらう。
僕が案内しても良かったのだが、キマウさんに反対された。
「カナタ殿は国の貴族です。同格の貴族に対して使用人のように案内してはなりません」
ミサキも同意見のようだった。
――貴族ってものは本当に面倒くさい。
「あの貴族、態度悪いね」
ミウは先程のヘーデルネン男爵の態度に少々お冠のようだ。
「……ベンデルネン男爵のいとこらしい」
ベンデルネン? 誰だっけ?
「ワームのときの人なの」
首を傾げる僕にアリアが補足してくれた。
そう言えばいたな、そんな奴。
「恨まれてるかもね~」
「お門違いなんだけどね。でも何で先に教えてくれなかったの」
「……無駄な先入観は挨拶に不要」
さいですか――。
次に彼らと顔を合わせたのは食堂の夕食時だ。
「おお、美味しいですな。この味は宮廷の食事にも引けを取らないどころか、上回っているかもしれませんぞ!」
グラシャス子爵は邪魔にならない様に長めの金の髪を後ろで縛り、服装も軽めなものに着替えていた。
見るからに好男子、それが僕の彼に対する印象だ。
それとは対照的なのがヘーデルネン男爵。
ムスッとした顔を隠そうともせず、無言で食事を口に運ぶ。
時折、黒い前髪の間から覗き見るようにこちらを窺っているようだが、このような場でそれを指摘するのも気が引けたので、僕は特に気にしない事にした。
美味しい食事も終わり、グラシャス子爵が僕に質問する。
「それで、明日はどちらを見せて頂けるのですかな」
「はい、武器工房とギルドをと考えています」
僕はキマウさんに伝えられていたスケジュールをそのまま伝える。
「なるほど、楽しみですな。――それと、カナタ殿。同じ子爵なのです。堅苦しい言葉使いは無しにしませんか?」
そう言うと、グラシャス子爵はこちらに笑顔を向ける。
美男子なので、それがとても様になっている。
「はい。わかりました」
「いや、そこは『わかった』でいいよ」
「ああ、わかった」
どうやらかなり気さくな人のようだ。
その時、ふとヘーデルネン男爵と視線が合う。
何というか、先ほどまでの視線とは違う鋭い目つきだ。
驚く僕より先に、彼の方が慌てて視線を逸らせた。
「では、明日を楽しみにしているよ」
そんな言葉を残し、グラシャス子爵は部屋へと戻っていった。
ヘーデルネン男爵も無言でそれに続く。
「……お疲れ様」
「本当に疲れたよ」
ミサキの労いに、今の心情を吐き出すかのように大きくため息をつきながら答えた。
せめてもの救いはグラシャス子爵が友好的な事くらいだろうか。
だが、いつまでもそんなことは言っていられない。
明日はいよいよ街の案内、何とか気張って領主としての仕事をこなすとしますか。
さて、この後をどうしたものか。
――とあるコンセプト意外は現在白紙です^^




