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第101話 消沈

 ぽんぽこ族の戦いから二日明け、僕たちはギルドに顔を出すことにした。

 後回しにしておいたロックゴブリンの討伐の報告と新たな依頼を受ける為である。


「依頼、溜まってなければ良いけどね」


「まあ、なるようになるさ」


 そんな会話をしながら、僕たちはギルドの中へと入る。


「ん!?」


 微妙に感じる違和感。

 何というかいつもと雰囲気が重い気がする。

 よくよく辺りを観察してみると、フロアに溜まっている冒険者から、触れただけで破裂しそうなピリピリした雰囲気が感じられた。

 僕はそれを刺激しない様にカウンターに近寄り、そこにいたマリアンさんに小声で聞いてみる。


「何かあったんですか?」


 その問いかけに答えるマリアンさんは何時に無く真剣な顔つきだ。


「それがね。ピューレ山脈の中腹あたりで大爆発があったらしいの。今はその調査隊を募っているのよ」


「…………」


 そういえばキマウさんにその事を話してなかった。

 しっかりと領主代行の役目を果たしているキマウさんに心の中で頭を下げつつ、僕はミサキに相談の意味を含めた視線を送る。


「……冒険者は集まった?」


 その視線を受け、ミサキがマリアンさんに語りかけた。


「ええ、緑の旅団を中心にある程度はね。でも、ミサキちゃんたちも入ってくれると助かるわ」


 その誘いに一瞬考える素振りを見せるミサキ。


「……今回は遠慮する。……調査のみなら恐らく問題ない」


「あら、そう。でも、何かあったらお願いね」


 僕らは依頼達成の手続きを手早く終わらせ、そそくさとカウンターを離れた。


「どうするの、カナタ?」


 頭の上から聞こえたミウの問いに答えたのは僕では無くミサキだ。


「……屋敷に戻りましょう」


 依頼を受ける予定はを急遽キャンセル、僕らはイデアロードの屋敷へと戻ることになった。





「――そういう事は早めに言ってくれると助かります」


 案の定、事情を話した僕らはキマウさんに苦言を呈されてしまう。 


「すいません、迷惑を掛けます」


 僕たちは素直に頭を下げる。

 只でさえ忙しいのに、余計な手間を掛けさせてしまい申し訳ないと思う。

 だが、余計な手間に関してはキマウさんが否定する。


「いえ、どの道、街として調査依頼は出す羽目になったでしょうから特に問題はありません。かえって危険が無いとわかっただけでも気持ちが楽になりましたよ」


 言われてみれば、近くで大爆発が起こっているのに何もしない街というのは有り得ない。

 恰好だけでも調査をし、安全だということを住民に宣伝しなければならないからだ。


「それと、大まかな収入と今までかかった費用を纏めておきました。ちなみに今回の調査の依頼料として金貨五枚ほどを支出しています」


 僕は渡された紙に一通り目を通して、その後ミサキに渡す。

 街の財政は収入が支出を大幅に上回っていて、見た限りでは全く問題が無い。

 国税が無いというのが何よりも大きい。


「それと、警備隊を少し増やそうと思うのですがどうでしょう。予算も潤沢ですので問題は無いかと――」


「……選考方法は?」


 ミサキがキマウさんに問う。


「はい、基本は簡単な武力試験と面接ですね。もちろん犯罪歴などの経歴も慎重に調べますが、念のために採用してから暫くはあまり重要性が無い所に配備します」


 現在、イデアロードの警備はオークたちが主に担っている。

 彼らについては全く問題が無いが、増員するとなると間違いなく知らない人を雇うということになる。

 何時ぞやの盗難事件ではないが、信用のおける人を雇いたいのは当然のこと。

 その辺を見極めることはとても重要だと思う。


「わかりました、それで進めてください。犯罪歴とかに関しては、ギルドの協力を仰ぎましょう」


「はい、一応根回しはしておきましたので問題は無い筈です」


 さすがキマウさん、仕事が速い。


「文官のほうは大丈夫ですか? 忙しいならそちらも増員してくれて構いませんよ」


「いえ、そちらは今のところは大丈夫です。仲間が上手くやり繰りしてくれてますから」


 僕の言葉にキマウさんは笑顔で答えた。

 その笑顔に嘘はないと思うが、無理をして倒れられるのも困る。

 後でほかの人にも確認してみよう。


「わかりました。もし必要ならば遠慮なしに言ってください」


 その後、昼食を供にしてからキマウさんと別れる。

 次の行先はイデアだ。





「たぁ〜、とぉ〜」


 庭の木にぶら下げてある幾つかの木片に木剣を打ちつけているポンポ。

 午前中に与えた課題をしっかりこなしているようだ。

 だが、今まで戦闘などしたことが無いのだろう、その剣筋はまだ拙い。


「頑張ってるね、ポンポ」


 庭先に出た僕はポンポに声をかける。


「当然です〜。早く冒険に出るのです〜」


 そしてまたポンポが特訓を再開する。

 その脇に待機していたタロジロがミウを見つけ、駆け寄り身体を擦り付けるようにして甘えている。


「ガル!」 「グル!」

 

「えっ! 本当?」


 ミウがタロジロの言葉に驚いている。

 何だろう?


「カナタ! ポンポ、午前中から休みなしで特訓してるみたいだよ!」


 その言葉を聞いて真っ先に動いたのはアリアだ。

 素早くポンポの脇に回り込み。その動きを制止させる。


「休みは大事なの」


「でも、早く強くなりたいです〜」


「駄目なの。体を壊すの」


 そう言うと、アリアは木剣をポンポから取り上げた。

 長く一人で暮らしていただけあって、体調管理にはシビアである。


 僕はポンポの頭を撫でながら諭すように語りかける。


「ポンポ、焦っても強くなれないよ。時には休息も必要だ。体を壊したら冒険には一生出られないよ」


「それは嫌です〜。わかったです〜」


 スラ坊にも言っておけば良かったかな。

 そんな事を思いつつ、僕はポンポを抱えて台所まで連れて行く。


「あれ、いない。珍しいな」


 テーブルには、ポンポの昼食であろうおにぎりが用意されていたのだが、スラ坊の姿がどこにも見当たらない。

 探したが、部屋にもいないようだ。


 僕はポンポに今日はもう特訓は休むように言い聞かせた。

 かなりお腹が空いていたのだろう、ポンポは黙々とおにぎりを頬張っている。

 そんなポンポをミサキとアリアに任せ、僕とミウは別荘の外に出てある場所に向かう。

 他にスラ坊が行きそうな所、僕の心当たりは一つしかなかった。





 その建物の中から、スラ坊のものと思しき声が漏れ聞こえてくる。


「最近我の出番が少ないと思わんか? 加えてここ何カ月も我にお呼びがかからん。ひょっとして我はもういらない存在なのではないか……」


「いえ、そんなことはないですよ。自信を持ってください!」


 僕は黙って目の前の扉を開けた。

 そこには意気消沈とばかりに項垂れている馬とそれを宥めるスライムの姿が――。

 その馬は僕の姿を認めると、目をキラキラと輝かせてこちらに駆け寄ってくる。


「おお、カナタではないか! さてはようやく我の価値がわかったと見える! さあ、遠慮はいらんぞ! 今日は何処に出かけるのだ?」


 ――さて、これは非常にデリケートな問題だ。

 何気にユニ助は繊細、どうにか傷つけずに済む方法はないものかと脳内を検索する。

 いっそ今日一日どこかに出かけてみるなんてどうだろう。

 うん、それが良い!


 瞬時に僕の頭の中で方針が決定した。

 後はそれを実行に移すのみ。

 だが、それよりも先にミウが決定的な一言を告げる。


「違うよ。スラ坊を探しに来ただけだよ」


 ユニ助がその場で固まる。

 目の前で手をひらひらとさせてみるが、全く反応が無い。


「あの〜、ミウさん。今のはさすがに酷いかと……」


「えっ!? 何が?」


 スラ坊の言葉に首を傾げるミウ。

 どうやらミウは状況をあまり理解していなかったようだ。

 そうでなくとも実際はミウの言う通りなわけだし、責めるのはお門違いだろう。


「とりあえず、復活を待つか……」


「それしか無さそうですね」


 そして数時間後、復活したユニ助に頼りにしていることとその必要性を説き、何とか機嫌を直してもらえた。

 これからは忙しくとも週一くらいはユニ助と出かけよう。

 そんな反省をしつつ、一日を終えたのであった。



イデアは今日も平常運転です。

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