第100話 第三の集落
「100話でちゅ!!」
「やったね♪」
「女神様、誰に何を言ってるんですか?」
「……気にしたら負け」
「――ということで、皆さんに感謝なの」
ぽんぽこ族と蜥蜴族の戦闘から数日が経った。
新しくイデアに出来た山では、着々と集落が形になってきている。
ぽんぽこたちは、この間の作戦によって残骸のようになった里と別れを告げ、既に全員がこちらに移住していた。
食料の備蓄は十分にあるので、狩りなどは行わず現在は皆建設に従事している。
ちなみに、ぽんぽこ族のイデアロードへの移住は考えていない。
彼らが難色を示したためだ。
やはり、人間たちへの不信はそう簡単には拭えない様子、それに関しては、僕も強制するつもりは無い。
だだ、時間がかかっても良いので、悪人だけでなく善人もたくさんいることだけはわかって欲しいと思う。
尻尾を振りながら器用に木材を運ぶぽんぽこたち。
集落の中には手伝いのオークや魚人たちもいる。
一緒に集落作りを行うことによって、日に日に絆を深めているようだ。
「とん、とん、とん〜」
「かん、かん、かん〜」
「こん。こん。こん~」
ぽんぽこたちがリズムに乗りながらトンカチを叩いている。
聞いていてとても微笑ましい。
「とん、とん、とん〜」
「かん、かん、かん〜」
「こん、こん、こん〜でちゅ」
ん!? 何やら聞き逃せないリズムがあった気がするのだが……。
急いで声のした方へと向かうと、そこには予想通りというか予想外というか、捻り鉢巻きにはっぴ姿で、幼女が柱に釘を打ちつけていた。
「こんにちは〜♪」
「こんにちはなの」
「ミウちゃん、アリアちゃん、元気そうで何よりでちゅ」
何事も無かったかのように挨拶を始める幼女たち。
いつもの事ながら、僕はツッコまずにはいられなかった。
「何をやっているんですか、め、アテナさん!」
僕の慌てぶりに対して、女神様はしれっと答える。
「もちろん、新しい住民と絆を深めてるでちゅ」
いや、言っていることは間違っていないんですけどね。
出来ればもう少し『自重』という言葉を知って頂けると――。
そんな僕の心配を尻目に、女神様は目の前の釘を再び打ちつけ始める。
「おう、カナタか。何だ、今日は様子見か?」
そんな中、何処からともなくゴランが現われ、僕に声をかけてきた。
どうやら彼も集落建設の手伝いに来ている口のようだ。
「まあ、そんなところだけど――」
僕の目線で全てを理解したのか、ゴランがため息交じりに言葉を吐く。
「いや、俺も止めたんだが……な」
そんな僕たちの会話を余所に、いつの間にかミウとアリアも建設に参戦していた。
「ここはこうするでちゅよ」
「うん、わかったよ!」
「上手なの」
女神様のそれは、一見子供の真似事のように見えるが、よくよく見ると中々どうして結構な手際だ。
だが、いつまでも体力仕事をして貰うわけにもいかない。
「アテナさん、休憩しませんか? 実はケーキを持ってきたんです」
仕方なく、僕は最終手段に出る。
予想に反することなく、その効果はてき面だった。
「本当でちゅか! 今すぐ休憩するでちゅ!」
手元の釘を最後まで打ちつけると、神速ともいうべき速さで僕の目の前に進み出た。
実際に神の速さなんだけどね。
その目は期待でキラキラと輝いている。
「では、あちらにスペースがあるので移動しましょう。――ゴランも良ければどう?」
「いや、俺はもう少し作業を続けよう。遠慮せずにお前たちだけでやってくれ」
そう言うと、ゴランは別の現場へと向かっていった。
僕は巾着からケーキを取り出す。
本当はぽんぽこたちに分ける筈の物だったのだが、緊急事態なので勘弁して欲しい。
また明日にでも持ってくれば良いだろう。
ピクニックのようにシートを広げた上で色とりどりのケーキを頬張る。
おっ、スラ坊また腕を上げたな。
彼はいったいどこまで進化するのだろう。
集落の一角でケーキ祭りが進む中、口の周りに生クリームをつけた女神様が僕に手招きをする。
近づいた僕に、女神さまは小さい何かを渡してきた。
「あげるでちゅ」
それは銀色のリングに赤い宝石が取り付けられたシンプルな装飾の指輪。
僕は指輪と女神様に交互に視線を送る。
そんな僕に、女神さまは答えた。
「それは一定の攻撃ダメージを遮断してくれるでちゅ。試してみると良いでちゅよ」
僕は言われるがままに指輪を装着する。
特に何か起こった気配は無い。
「じゃあ、ミサキちゃん。魔法を撃ってみるでちゅ」
「……平気?」
「わたしを信じるでちゅ」
女神様に急かされて、ミサキが詠唱を開始する。
信じていない訳では無いが、微妙に怖い。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、ミサキの周りには割と大きめの火球が無数に――。
「ちょっ、ミサキ!?」
その火球が唸りを上げるかのように僕目掛けて降り注ぐ。
「これは死んだか?」と僕の頭は何処か冷静に分析していた。
しかし、突然現れた不可視の膜が迫りくる火球を防いでいく。
なるほど、確かにこれは凄い。
「どうでちゅか?」
女神様が笑顔で僕に聞いてきた。
「ええ、凄いですね。これってどれくらい持つんですか?」
「結構持つはずでちゅよ。ダメージも一日たてば修復してるでちゅ。ただ、発現中は攻撃出来ないでちゅ」
何気に使いどころが難しいな。
僕が着けても良いが、それだと軽い攻撃を防いだだけで自分の攻撃がキャンセルされかねない。
これは後衛の誰かに持たせるのも有りか。
「ちなみに、これはイデアが広がったエネルギーから出来た物でちゅ。さらに広がればもっといい物が出るかもしれないでちゅよ」
あと2つくらい貰えないかな〜と思った僕の気持ちを読んだかのように女神様が答える。
いや、実際読んだのだろうけどね。
「じゃあ、頑張るでちゅよ~」
いつの間に包んだのか、お土産用のケーキを片手に持ちながら女神様はこの場から掻き消えていった。
そこは相変わらずブレませんね。
そんなことを思いつつ、僕はシートを片付けて再び集落を見回ることにした。
ぽんぽこ族の隊長であるマサルとの挨拶を終えた頃、ふと後ろから視線を感じた。
僕が振り向くと、その何かは建物の陰にサッと隠れる。
だが、縞々のしっぽが隠れ切れておらず、柱から飛び出ていた。
僕はその柱にそっと近寄る。
幸い、逃げることは無いようだ。
「どうしたのかな?」
陰に隠れていたのは小さなぽんぽこ。
蜥蜴族の襲撃の時に僕が助けた子、確かポンポって名前だったよな。
そのポンポが、近寄った僕を上目使いにじっと見つめている。
そして一言――、
「連れてって欲しいです〜」
始めは何の事か良くわからなかったが、よくよく聞いてみると、どうやら冒険に連れて行って欲しいということらしい。
「危ないよ!」
「危険なの」
年少組の二人が反対する。
それでもポンポの決意は変わらないらしく、真剣な表情かつ僕から目線を離さない。
「何でもするです〜。頑張るです〜」
ぽんぽこは僕のズボンの裾を握りながら訴える。
しかし、僕としては力の無い小さな子を危険な目には晒せない。
この場での説得が難しいと感じた僕は、仕方なくポンポの親に頼ることにした。
そして辿り着いたのは一軒の家、完成したてのその家の中にポンポと供に入る。
「あら、ポンポ。それにカナタさんたちまで……。家のポンポが何かしましたでしょうか?」
僕はこれまでの経緯をポンポの母親に話す。
事情を聴き、母親はポンポに向かって優しく語りかけた。
「ポンポ、無理を言ってはいけませんよ」
「冒険者になるです〜。絶対に諦めないです〜」
「何でそんなに冒険者になりたいんだい?」
ここまで言うからには何か理由があるのかもしれない。
僕はポンポに聞いてみた。
「カナタさんが里を救ったみたいに、ポンポも救うです〜」
そのポンポの言葉を受け、母親はポンポを優しく諭す。
「良くお聞き、ポンポ。貴方がついて行くことによって逆にカナタさんたちを危険な目に遭わせることになるのよ。そうすれば私たちみたいな人が救えないかもしれない。お前はそれでも良いの?」
「大丈夫です〜。ポンポは頑張って強くなるです〜」
「ポンポ!」
「譲れないです〜」
とうとう親子喧嘩が始まってしまった。
どうしようかと思案に暮れていると、今まで黙していたミサキが口を開いた。
「……ポンポは預かります。……但し冒険者見習い、基準を合格するまで冒険には出さない」
この場を収めるにはそれしか無さそうだ。
鍛えるだけなら悪い事では無い。
「構わないです〜。頑張って合格するです〜」
「わかりました。ご迷惑でしょうが、よろしくお願いします」
母親はその折衷案に渋々ながらも最終試験に同席するとの条件付きで了承した。
どうやらこれで話が纏まったようだ。
「それでミサキ、どうするの?」
「……兎に角、やるだけやってみる」
予定は未定ってやつだね。
うん、何となくだけどわかってたよ。
「……でも根性はありそう」
「やるです〜。負けないです〜」
僕たちはやる気に満ちたポンポを別荘へと連れ帰った。
ポンポが新たにパーテイーになるかは、これからの彼の努力と成長にかかっている。
とりあえず僕も何か訓練方法を考えてみるとしよう。
お蔭様で100話、有難う御座いますm(__)m




