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旗本改革男  作者: 公社
〈第九章〉

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変えるのではなく作るもの

 俺が未来の記憶を持っていることを源内さんに明かしたのは、もう十五年ほど前の話だ。


 それこそあの頃の源内さんは、迷走していたと言っていいだろう。その才能は誰もが認めるところであったが、それは作家や発明家、イベントプロデュースやプロモーションといった分野においての評価であり、本来彼が一番望んだ学者としての成功はついぞ成し得なかった。


 秋田の阿仁銅山における技術指導こそ成果は出たものの、それ以外に手がけた事業はほとんどが失敗に終わったことで資金繰りがかなり厳しくなり、その声望は次第に落ちていき、世間はその失敗を論って山師ペテン師と嘲笑するようになった。


 もっとも、源内さんにとってそれは些末なことでしかなかった。『事情も知らねえ奴らが好き勝手言ってやがるが、今に見ていろ』くらいのものだった。


――何故誰も俺の考えを理解出来ないんだ。


 源内さんが引っかかったのはそこだろう。手がけた事業はどれも将来の収益化、文化経済の発展に役に立つ。彼にはその未来が見えていたが、周囲には理解されなかった。それが彼にとっては一番悔しかった。


 そして時を同じくして、それまで誰も成し得なかった蘭語解読を果たした者が現れた。田沼公という最高の虎の威を持ちながら、自身は上手くいかなかったのに、同じく田安家という虎の威はあるものの、未だ元服すらしていない徳山安十郎という若者はそれを成し得た。その存在が源内さんの心に影を落とす原因となる。


 自分が見ている未来は誰も共感してくれないのに、甘藷の栽培を端緒とする稲作重視の農政からの転換、長崎通詞ですら不可能だと断言した蘭語解読など、年端も行かぬ若者が成したことはどうして多くの者に理解されたのか、何が違うというのか。それらの想いが源内さんの中で嫉妬という負の感情となり、さらには俺という存在に対する大きな違和感を抱かせるに至り、直接その正体を問い質すという行動につながったのだ。


 本来わざわざ口外するような話ではなく、むしろ墓場まで持っていくべき話であったが、源内さんがどんな最後を迎えたかを知っていた俺は、その抱えている闇を目の当たりにして、このままではきっと同じ末路を辿るだろうと思い、真実を話すことにしたのだ。


「でも、あのとき与太話だと……」

「そういうことにしておいただけだよ」


 しかし、その話を源内さんは良く出来た与太話だと一笑した。曰く、自分が思い詰めていたのを見て、なんとかしてやりたいという一念で出た言葉だろうと。


 もしかしたらこの人なら信じるかも。という想いがあったことは否定しない。しかしそう言われ、さすがの源内さんでも理解は無理かと思ったものだが、実は本当だと信じていたようだ。


「ならどうして与太話だと」

「考えてもみなよ。そんな話が知れたらどうなるか。もしその話を信じる者が出てきたとして、そいつらが全員好意的な目で信じてくれるとは限らねえ。物の怪の類いではないかと思う連中もいるだろうよ」


 源内さん曰く、そうなれば今以上に俺を排除すべき対象と見る者が出てくるだろう。実際にそうでなくても佐野に斬りかかられた事実があるわけで、未来を知る人間なんて事実が明らかになれば、危険な人物と目される可能性は高まるだろうから、与太話としてあの場限りのことと秘したのだという。


「未来を知っているってこたあ、何が正しくて何が間違いだったのかを知っているってことだ。全部が全部じゃないにせよ、何も知らない奴より有利なのは確かだ。失敗続きだったオイラと何でも上手いこと進めちまう旦那の差はそこだと思えば、オイラからすりゃあ十二分に本当の話だと思えたよ」

「だけど口外はしなかったと」

「そもそもオイラのことを案じて話してくれたことだ。外で言う必要もあるめえ。勿論田沼の爺さんにも伏せたままだ」


 それを表立たせることで引き起こる影響を考えたとき、秘しておくべきだと源内さんは判断した。それが真相のようだ。


「それでさっきの問いに戻るが、旦那の知る未来とは変わりそうかい。まあオイラだけの話なら獄死する気配は無さそうだし、未来が変わったっちゃ変わったみてえだが」

「変わったか変わらないかで言えば変わりました。間違いなく」


 源内さんの未来も変わっただろうが、将軍が家基公となり、一橋の家系が絶えた時点で前世の歴史とは大きく異なる。本来なら家斉、家慶、家定、そして最後の将軍慶喜と一橋の系譜だからな。


「飢饉も浅間山も大水も発生したが、旦那の知る未来より被害は少なかったんじゃねえかな。実際に比べることは無理だが、おそらくはそうなんじゃねえかと思う」

「そうであればよいのですが」

「そうさ、旦那はそうやって未来を良い方向へ動かそうと働いていなさる。だからこそその邪魔になるようなことはしたくねえ。誰にも話さなかったのはそういう理由だ」

「かたじけない」

「さて、実は本題はここからなんですけどね、変えてしまった未来の行き着く先がどうなるか、それは旦那でも分からねえはずだってことですよ」


 歴史とは過去からの積み重ねだ。


 ずっと平和な時代なんて無い。時に大きな災害に見舞われ、時に為政者の気まぐれで生活を乱され、時に大戦で土地を荒らされ、罪なき多くの者の命が犠牲になった末に今があるのだ。


 それは俺が知る前世の世界も同じこと。後世の研究家が結果論で過去の偉人の事績を評しているが、仮にどこかでボタンのかけ違いが一つでもあれば、同じ未来は無かったかもしれない。


 そして、それに今の俺は大きく関わっているということを……


「旦那のなさったことは今のところ成果も出ている。間違いとは言えない。だけどね、それによって本当は大金を得たであろう者や偉い地位に就いた者が、そうではなくなることだってありやしょう。この国がどうなるかだって旦那の知る未来とは変わるでしょう。そうなったとき、今の旦那が持っている武器が一つ無くなるわけですよ」


 俺の持つ武器。それは未来を知っていることにより、どうすれば悲惨な事態を避けられるかを朧気ながら理解していることにある。


 だが、そもそもの未来が変わればその知識は通用しない場面も増えてくる。バタフライ・エフェクト、この時代なら"風が吹けば桶屋が儲かる"と言ったほうが雰囲気に合うかもしれないが、とにかく変わってしまった未来では何が正解かをあらかじめ知ることは出来なくなる。


 もしかしたら、俺の前世は綱渡りのような危うい状況を掻い潜った末に平和な時代を迎えたものかもしれない。もしそうであれば、俺のしたことが綱渡りの綱を断ち切ることになり、渡ることすら叶わない状況に追い込んでしまう可能性だってあるのだ。


「勘違いしないでほしいが、決して旦那のなさったことを非難するつもりは無え。いや、むしろオイラや田沼のじいさんが目指した世の中に近づいているわけだから、どんどん進めてほしいのさ。肝心なのは、その先にある結果に対して、旦那が必要以上に責任を感じなくてもいいってことでさ」

「責任……」

「旦那は宮仕えなんざしたかねえと言ってる割にゃ、妙に責任感が強い。もし自分が知るものより悪い結果になったときに、未来を知ってるが故に一人で抱え込むんじゃないかと危惧しているのさ」


 これまでは飢饉や浅間山の噴火などで被害が出ることを知っていたから、それをいかに防ぐかという一念で対策を講じていたが、それは結果的にその先の時代にも影響を与えることだ。


 気付いていなかったわけではないが、源内さんに改めて指摘されてみると、とんでもないことに関わったのだと思えてくる。


「既に旦那の知る未来とは変わり始めた。ならばこの先は変えていくではなく、新たな時代を作り上げていくという信念で向き合うのが最良じゃねえかと愚考するぜ」

「新しく作っていく……ですか」

「そうさ。そこで起こったことの責任は別に旦那一人だけのものじゃねえ、上様しかり、田沼の若殿しかり、松平越中守様しかり。とにかく一人で抱え込むことは無えということよ」

「それをわざわざ教えに……?」

「教えるなんて大層なことじゃねえさ。ただ、二十年後三十年後になってから一人で気付いて、自責の念に駆られてはあんまりだと思っただけよ。俺がいるうちに伝えておきたかったのさ」

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― 新着の感想 ―
逆行物、歴史改変物はここが問題になってくるんですよね 史実を途中まで参考に出来るが、そこから外れてからの歴史をどうやって紡いでいくのか
才気煥発故に理解されなかった男であればこその理解と共感。
藤枝はずっと未来人という孤独と戦ってきたからな
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