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旗本改革男  作者: 公社
〈第九章〉

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プロジェクト写楽

「四方赤良が黄表紙を書くか。面白いかもしれぬな」


 俺を主役にした芝居の台本は太田直次郎殿が担当することに決まると、ならば早速執筆に入ろうと、源内さんがさっさと家に連れて帰ってしまった。


「蔦屋、よいのか。太田殿は随分と頭を悩ませていたようだが」

「直次郎さんも黄表紙は書いたことがございませんからね」


 狂歌きょうか師・四方赤良よもの あからとして名声を得ている太田殿が世に名を知らしめた始まりは、『寝惚ねとぼけ先生文集』という狂詩きょうし集を刊行したことに始まる。


 ちなみに狂歌と狂詩は、社会風刺や皮肉、滑稽などを扱う点で一緒だが、前者は五・七・五・七・七の和歌調で、定信様の寛政の改革を皮肉った「白河の清きに魚も棲みかねて〜」や、黒船来航時の「泰平の眠りを覚ます上喜撰〜」などがそれにあたり、後者は押韻おういん平仄ひょうそくといった漢文の形式に沿って書かれた漢詩調のものである。


 真似事とはいえ漢詩を書くためには知識が必要なのだが、太田殿は幼い頃から学問に長け、十五のときに内山椿軒うちやま ちんけんという有名な歌人に師事し、国学や漢学の他、漢詩、狂詩などを学んだという。知識の基礎がしっかり築かれた上に笑いを乗せたものなので、武士をはじめとする知識人階級にも評判となったのである。


 とはいえそれらは短文であって、長編となる黄表紙もいけるかといえば本人的にはそう簡単ではないのだろう。


「まああれですよ。源内先生が推薦したってことは何か考えがあるんでしょ。もしかしたら裏であれこれ手を貸すのかもしれませんし」

「どちらにせよ濡れ衣を晴らすことが出来れば重畳。上様も治部の戻りをお待ちであるし、早う帰ってきてもらわねばならんからな、蔦屋もよろしく頼むぞ」

「御老中様からの仰せに否やとは言えません。承知仕りました」

「なれば私はほとぼりが冷めるまでしばらく表に出ないこととしましょう」

「上様がお戻りをお待ちと聞きながら……また裏でコソコソ企む気か」


 言い方はあれだが、企む気かと言われれば企んでいると言うべきか。


 ……金が足りないんだよね。


「中之条は再建の途中ゆえ、物入りであるからな。金策も考えたいところか」

「それもありますが、御公儀も新たなことを始めるに金はあって困りません」


 実際は搾れるところから搾り取ってというやり方だから、経済の根本が改善されたわけじゃないけど、徳川吉宗公の享保の改革以来、幕府の財政は少しずつ良化していた。田沼公も基本的にはその路線の継承であったが、今は度重なる天災に見舞われ、金蔵の中身は目減りする一方。


 そこにきて城内の食堂建設、勘定所の人員増強等々新たな支出も増えており、大奥をはじめとした経費削減は試みているが、農業以外に収入を増やす術も増やさなくてはならない。


「何を始めるというのか」

「オランダ交易にて新たな産物を。ちょうど蔦屋と知り合いになりましたゆえ、良い機会かと思いまして」

「あっしがオランダ交易に何の関係が?」

「うむ。浮世絵を売りたい」


 我が国がオランダに輸出する産物はといえば昔は金銀などが多かったが、国内産出量が減ってきた今は、棹銅や陶磁器のほか、煎海鼠いりまなこ乾鮑ほしあわび鱶鰭ふかひれといった海産物、所謂俵物(たわらもの)あたりが中心となっている。そこに芸術品・美術品として浮世絵を加えるのだ。


「浮世絵なんて庶民の遊びですぜ。オランダ相手に売れるのですかい?」

「お歴々は呂宋壺ルソンつぼという物をご存知でしょうか」


 ――呂宋壺


 それは豊臣秀吉が天下を治めていた時代、泉州堺の商人・納屋助左衛門なや すけざえもんがルソン島(今のフィリピン)から持ち込んだという壺で、これを秀吉に献上したところ大変珍重なものだと評されたことで、諸侯がこぞってこの壺を買い求めたという。


「しかしこの壺は、現地では普段遣いされるような代物で、貴重なものでもなんでもないとか。二束三文で仕入れたこの壺が高値で売れたわけです」


 こうして巨万の富を得た助左衛門は豪奢な生活を送ることになったのだが、これを良しとしない石田三成の讒言により財産没収の処分が下ってしまい、差し押さえられる寸前に家財の一切合切を寺に寄進し、自身はルソンに逃亡したとか。一説にはルソン壺が現地の日用品であることが秀吉にバレて怒りを買ったのが理由とも言われているらしい。


「オランダ人を騙すのか」

「騙すわけではございません。我が国でも古くから唐や朝鮮より渡りし磁器が珍重されたり、今でもオランダ渡来の品が高値で取引されております。されどそれらは現地では然程値が付くものではない。つまるところ、持ち込まれた側が珍しいものだと勝手に高値を付けているだけのこと」


 自身の国と全く違う文化で育まれた文物というものは、非常に珍しい物であると珍重される傾向なのは今も昔も変わらない。古くはヘレニズムだってアレキサンダー大王の遠征の結果、古代オリエントの文明がギリシャに持ち込まれた結果だからね。


「我が国では庶民が買う浮世絵なれど、オランダやその周辺国には存在しないもの。珍しいと認められれば値が付きまする」

「そう簡単にいくかのう」

「美術品や工芸品は間違いなく」


 俺が知る元の歴史では、浮世絵が西洋に広まったのは開国以降であったと記憶している。各国と貿易が始まると、日本の文化風習が広く知られるようになり、中でも浮世絵は評判となり多く買い漁られたという。それが後にヨーロッパでジャポニズムと呼ばれ、ゴッホやモネのような芸術家たちの思想にも影響を与えたのだ。


 もっとも当時は不平等条約による貿易で、あちらの言い値で買い叩かれたことや、日本人が浮世絵の価値を自身たちの物差しでしか測れなかったこともあり、未来では貴重となる美術品が多数海を渡ってしまったんだよな。


 だからこそ、その二の轍を踏むことはしない。というか今回はまだ轍にもなっていないのだが、何も手を打たず他国と貿易を始めることとなれば、おそらく同じ未来が来る。どうせ浮世絵が海外に流出するなら、今のうちに二束三文の品々を高値で売ってしまえばよい。


 問題は元の歴史より百年近く早い現時点で、ジャポニズムのような流行になるかどうかだが、もうすぐフランス革命からナポレオン戦争という激動の時代に至るからこそ、今のうちに流通しておきたい。


 皮算用ではあるが、初期に流通したものが戦争で灰燼に帰し、後にウィーン体制となる頃に再び買い求める動きが出る。そうなれば長期に渡って売り物として使えるはずだ。


 ナポレオン戦争といえば、エジプト遠征でロゼッタストーンを発見し、紆余曲折あってイギリスが本国に持ち帰ったなんて歴史もあるし、珍しい物であれば大事にされる可能性は高いと踏んでいる。


 逆に戦争どころで構っているヒマは無いとなってしまうリスクもあるが、どのみち安値で買い漁られる未来を知っており、だからこそ浮世絵を今のうちに交易品にする構想を持ち合わせていたのだから、蔦屋と知り合いになった今がその機会なのであろう。

 

「ということは、庶民向けの安いものでも構わないということですかい?」

「ああ。我々とオランダ人では文化が違うゆえ、絵の何処を評するかも変わってくる。我々が名作と感じるものが、彼らには駄作と映るかもしれぬし、その逆もまた然り」


 ヨーロッパ人の感性が分からないから、最初は役者絵、美人画、風景画と様々な絵を売り、彼らの反応を見る。そして後に需要に合った絵を大量に輸出すればよいと考える。ここで大事なのは、国内で名作と評されるものは絶対に流出させないこと。百歩譲って複製ならよいが、原画は絶対にダメだ。


「庶民向けの絵が高値でさばければ、絵師たちにも十分な益をもたらすと考えるが」

「へえ〜、治部少輔様は色々と新しいことをお考えとは聞いていたが、これまた突飛なことをお考えだ」

「版元としての蔦屋の意見を聞きたい」

「いや、面白うござんす。売れない絵師の描いたものが、もしかしたらオランダじゃ持て囃されるかもってことですな」

「その可能性はある」


 交易で幕府が利を得て、なおかつ絵師に金が回れば文化の醸成も進み、ひいては経済の発展にもつながる。もちろん風紀の取り締まりは必要だが、金を回すことが国の財政を潤わせる肝だからね。


「ふうむ。あまり表立って動くと煩いのが出てきそうゆえ、裏で動くが最善か」

「ご理解いただき何より」

「して、浮世絵はそのままの名で売るのか? 治部のことゆえ十三里の如き新たな名を考えておるのではないか」

「ご明察。さればオランダに売るにあたり、これら浮世絵を総称して"写楽"と名付けたいと考えております」

いつもお読みいただきありがとうございます。

この度本作がコミックコンプ&コンプティーク様から「旗本改革男~令和のサラリーマン、お江戸に転生してべらぼう世直し~」というタイトルでコミカライズされます。

タイトルに手直しがある通り、原作準拠でありつつ、要所要所でコミックらしい展開となる修正が入っておりますので、ぜひご一読いただければと思います。

第1話の掲載は1月23日(金)になります。ポータルサイト「カドコミ」で無料にてご覧いただけますので、よろしくお願いします。

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