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旗本改革男  作者: 公社
〈第九章〉

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210/215

所謂ひとつのプロパガンダです

本年もよろしくお願いします

<定信が怒鳴り込んできた翌日>


「あ、あの……あっしは何かお叱りを受けるんですかね?」

「違うと思うぞ。お叱りになるなら新三郎親方も同席せねば理屈に合わんし、関係ない源内さんが居る必要もあるまい」


 翌日、定信様のお召しを受けたとのことで二人の客人が来訪した。


 一人は平賀源内殿。そしてもう一人は蔦屋重三郎といい、日本橋通油町(とおりあぶらちょう)で版元を営む者であった。


 重三郎は先日の浅草蔵前の一件で種が世話になった人物。種が俺の妻だと知ったものだから、何か知らないうちに粗相をして、それで定信様に呼び出しを食らったのかと焦っている様子だが、それであれば奉行所とか白河藩邸に呼び出されるわけで、ここに来るのはおかしい。


 となれば、昨日定信様が仰っていた一計にこの両名の関与が必要ということだろう。


「殿、越中守様お見えにございます」

「こちらにお通しせよ」

「はっ」


 しばらくすると定信様が部屋に入ってきて、神妙な顔つきでいる重三郎を見ると、笑いながらそう畏まることはないと仰せなので、やはりお叱りとかそういう話ではないだろう。


「さて蔦屋、先日は妹が世話になったな。礼を申すぞ」

「とんでもねえ。出処も定かじゃねえ風説を面白おかしく触れ回っていた瓦版売りを見て、こっちまで同類に見られちゃ敵わねえと思って動いたまでのこと。あのとき文句を言ったのが奥方様でなかったとしても変わりはありませんから」

「蔦屋、その心意気を見込んで一つ頼みがあるのだがな」

「頼み……でございますか?」

「うむ。芝居の題材になるような黄表紙を作ってもらいたい」


 定信様が書いてほしいと言う黄表紙の内容は、村人をこき使い、我が物顔で振る舞う悪代官の噂を聞き、領主が素性を隠して内偵。悪事の証拠を掴んで自ら悪代官を成敗するという、水戸◯門や遠山の◯さん的な勧善懲悪物。


 そして場所も時代も違えど、その領主というのは俺、そして悪代官は佐野善左衛門がモデルになっていて、分かる人には分かるといった感じの筋書きに、一計とはそういうことかと得心した。


 要は、悪いのは佐野や後ろでそれを操っていた者たちであり、俺は庶民の暮らしを守る側と見せ、幕府が民の暮らしを大事に考えていると示す、所謂プロパガンダ的なお話である。


「儂としては源内にそれを書いてもらい、蔦屋が版元としてそれを取り扱ってもらおうと考えておる。儲けは此度の礼代わりと思ってくれればよい」


 プロパガンダでよくあるのは、とかく為政者側が善人というか高潔で立派な人物と描かれることが多く、見ていてあまり面白い話では無いことが多い。


 とはいえ、そこは天下有数の作家である源内さんに書かせれば、笑いあり涙ありの傑作になる可能性が高く、ひいては今回の目的を達するに最善の選択だと、定信様はお考えなのだろう。


「御老中、非常に光栄な話ではございますが、なればこそあっしが書くのは少々よろしくありませんな」

何故なにゆえか」

「勧善懲悪なのに主役が権力者側ってのは難しい」


 歌舞伎の演目に「仮名手本忠臣蔵」という人気作がある。遺恨の末に高師直こうの もろなお(室町時代、足利尊氏の側近)を斬りつけた塩谷判官えんやの はんがんが罪を問われて切腹したことで、判官の家臣である大星由良助おおぼし ゆらのすけらが師直を討って仇を取るという話である。


 これは実話ではなく、師直のモデルは吉良上野介きら こうずけのすけ、判官が浅野内匠頭あさの たくみのかみ、そして由良助が大石内蔵助おおいし くらのすけということで、赤穂事件を題材にしたものである。命を賭して主君の仇を討った忠臣たちと賞されてはいるが、幕府の公式見解では、刃傷沙汰は内匠頭に非があるにもかかわらず、それを逆恨みして吉良邸に押し入った徒党ということで、つまりは罪人扱い。そのため赤穂浪士を主人公にして好意的な描写すると、幕府に歯向かうものとしてお縄を頂戴(逮捕)することになるので、誰が見てもその事件がベースになっているのは一目瞭然だが、時代や人物、背景をぼかして直接的な描写を避けて書かれたわけだ。


 このように下の者が理不尽な権力者を懲らしめるという話は、一歩間違えるとご政道批判と見られる危険があるものの、庶民の喝采を浴びやすいため人気のジャンルとなっており、昔から多様なお話が書かれているが、今回やろうとしているのは権力者側の俺が主人公で、その下にいた佐野が悪役なので、書き方ひとつ間違えるとプロパガンダ臭がプンプン漂ってしまう。


「以前より数々の人気作を書かれし平賀殿であれば、造作もないと思うが」

「御老中様は戯作げさくもお読みになるので?」

「それほど儂は四角四面に見えるか」

「い、いえいえ、滅相もございません。仁君賢君と謳われている御方ですので、てっきりそういう下世話なものには興味がないものと」

「なるほど、蔦屋がそう思うのも無理からぬことだな。たしかに昔の儂であれば低俗なものと唾棄していたやもしれぬが、ある者が庶民が普段何を考え、何が楽しみで暮らしているかを知ることも政に肝要であると申しての。おかげで悪い遊びも色々と教えられたわ」


 そう言うと定信様の視線がこちらに向き、それにつられて周りの者の視線もこちらに集まるのだが、生憎と俺は悪い遊びを教えた覚えはない。むしろそういうのは平蔵さんあたりではないかと思うのだが。


「御老中様にそう言われて悪い気はしませんし、身分を隠した高貴な御方が悪事を暴くみたいな感じにすれば、書きようはいくらでもございます。しかし残念ながら、あっしは文筆業から身を引いて久しい。そんな男がここにきて急に新作を世に送り出したら、世間がどう見るかお分かりになりますか」


 源内さんは俺と電気の話をしたあの日以来、物書きの仕事からすっぱりと手を引いたから、かれこれ十四、五年にはなろうか。それがここにきて急に物語、それも何やら思惑がありそうな話を書いたとなると、勘ぐる者も出てくるだろうと言いたいらしい。


「町の連中は面白けりゃなんでもいいと言う連中がほとんどでしょうが、話を見れば治部少輔殿のことをネタにしていると、誰しもが分かるでしょう。それが風来山人ふうらいさんじんだろうと福内鬼外ふくうちきがいだろうと、書いた者があっしだと知れりゃあ、裏に何かあると思われても不思議はございやせん」


 戯作者としては風来山人、浄瑠璃じょうるり作者としては福内鬼外など、源内さんは所謂ペンネームというものを複数持っている。とはいえそれが源内さんであることは半ば周知の事実であり、俺と一緒に何やら新しい事業を始めようと協力していることも良く知られているため、この機に俺を題材に作品を書いたとなると、源内さんが俺を庇うために書いたのではないかと、未来的に言えばバイアスがかかったようになってしまうのを懸念しているようだ。


「それはお主以外の誰かが書いても勘繰る者は出てこようぞ」

「それはそうでございますが、己の考えが真実だと思う輩ほど、事実を良いように捻じ曲げて考えるものです。内容がどれほど優れていようと、そんなものは関係ありやせん。そこへきてあっしが書いたとなりゃあ、余計にそう思わせてしまいやす」


 自分で優れた内容を書けると断言しちゃうところが源内さんの源内さんたる所以か……


「参ったの。其方なら適任かと思ったのだが」

「それであれば、他に適任が一人おりやす。もしお時間が許すなら、今からそいつをここへ連れてまいりやすが」

「よかろう。其方が見込んだ者ならば、期待は出来そうだな」




<しばらく後>


「お待たせしやした。こいつが書いてくれるそうです」

「ちょいと待ってくださいよ源内先生。何がなんだか訳が分からねえよ」

「さっき道すがら説明しただろうが」

「まだ書くとは言ってませんよ!」


 漫才の掛け合いよろしく、年の頃は四十ほどの男が源内さんとやり合いながら部屋に連れて来られた。その男の服装は、草臥くたびれてはいるが武士の正装であった。


「すいやせんね。柄にもなくこんなものを着るとか言い出すんで時間がかかりやした」

「源内さん何言ってるんですか。御老中様までいらっしゃるのに失礼な格好は出来ないでしょうよ!」

「ええと源内さん、そちらは?」

「こいつは小普請組の太田直次郎おおた なおじろうって御家人です」


 小普請組。つまりは俺が旗本時代に寄合にいたのと同じく、無役の御家人ということだ。


「こいつは結構文才がありましてね。お歴々は四方赤良よもの あからって名前を聞いたことはございやすか」

「巷で評判の狂歌師であるな」

「その四方赤良ってのがこの直次郎でござんす」

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― 新着の感想 ―
大河観た後だと越中守と蔦屋が仲良くしてるとか違和感すごいな
太田南畝が松平定信から執筆依頼を受けるって、えらい歴史改変ですこと。まあ清濁併せ呑むようになった定信ならさもありなんでしょうけど。
ペンネームじゃなくて本名で書いてもらいたいところなのに振られてしまった
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