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[Ⅻ]天と兄と時代と呪われし兵姫①

 根気強く尋ね歩いてもバカの一つ覚えしか返ってこないので、エニシは観念した。町のおへそにあるという、町長宅をアポなしで訪問することに。

 町は中央からクモの巣状に道路が張り巡らされており、外壁の逆方向へ進めば、おのずと首長のお宅へ到達って寸法だ。無一文のため道草食うこともままならず、一路中心部を目指す。

 到着した町長の邸宅は居住用であるとともに公務兼用らしい。機能的かもしれないけど、維持費は税金でまかなわれているのだろうか。

 エニシが生け垣のアーチをくぐろうとすると、私設保安員らしき人物に呼び止められる。またしても通行証を示すよう促された。この町においては身分証代わりにもなるらしい。

 すると素性が明白となったからか、彼は急に態度を軟化させ、恐縮しだした。

「ぶしつけな振る舞いをして申し訳ございません、勇者さま。どうか町長には、ご内密にお願いします」

 非礼をわびつつ口止めしてきたが、保安員の身体はドット絵なので、失礼な行為をして謝るところまでが終始一貫して台本通りなのだろう。

 是とも非とも表明せず、エニシはアーチ門をくぐる。正面にある大扉まで一直線に進み、ドアノッカーを打ち鳴らしてみた。

 間髪入れず、メイド服をまとった老婆が顔をのぞかせる。

「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」

 ドアの前で待機してたのか、と思えるほど絶妙なタイミングだった。人相も相まって、どことなく妖怪めいている。外見からしてメイド長っぽいけど、エニシは名前を尋ねないことにした。覚えたところで使い道はなかろう。

 妖怪ふうメイド長に先導されるまま、エニシは廊下を進んでいく。絨毯がふかふかで、靴音が全く響かない。まさか人生初のレッドカーペットが異世界とは、夢想だにしなかったけれど。

 幾多の部屋を横切り、たどり着いたのは執務室だった。「少々お待ちください」とメイド長が先に扉の中へ入る。少々どころか、十秒と待たずに内側からドアが開けられた。

「ようこそ、勇者ご一行さま。何もない部屋ですが、ごゆるりとなさってください」

 窓辺に据えられた執務机に着席する、壮年の男性がいた。白髪交じりの髪をオールバックにして、片メガネのモノクルをはめている。燕尾服着用なんてことはなく、貴族っぽい身なりだった。物腰も柔らかで、威圧する素振りもない。

「お邪魔します」

 エニシは頭を下げたままのメイド長の横をすり抜け、机の手前にある来客用とおぼしきソファの傍らで停止した。

 内装も華美だったり豪奢だったりしない。町長の言葉通り、暇潰しに値する物はなかった。その分、業務に集中できるのかもしれないが。

「どうぞおかけください。温かい飲み物も、すぐにご用意させます」

「お構いなく」

 エニシは二人がけのソファに腰かけた。

 町長もデスクを迂回して、対面のソファまで移動する。腰を下ろすなり、さりげなくエニシの頭上を一瞥した。

 彼の目線の先には、リージュがいる。

 奇異に思っただろう。並んで座れるのに、わざわざ片割れの双肩にまとわりついているのだから。ただし、リージュの奇抜さを指摘するプログラミングはされてないようで、町長は意に介さないふりをする。

「勇者さまもご多忙でしょうから、単刀直入に申し上げます。危機に瀕した我々の町を、救っていただけませんか」

 なるほど、強制イベント発生というわけか。昨日の村長の口ぶりから薄々覚悟していたものの、こうもストレートに切りこまれると、否定するのもはばかられる。

 意外と策士なのかもな、この人。エニシはひそかに舌を巻いた。

「とりあえず、概要をうかがいましょう」

「ありがとうございます。町の近くの廃棄された鉱山を、野盗が根城にしている話はお聞きになりましたか?」

「ええ。触りだけは」

 町長のモノクルが、きらりと輝く。

「我々としても対処に苦慮しているところでして、軽微ならざる実害をこうむっております。たとえば──」

 町長が窮状陳述しかけたところを、エニシはたなごこころで制する。

「被害状況は胸のうちに秘めておいてください。俺たちにさせたいことのみ教えてもらえれば、交渉は進められますから」

 エニシに先手を打たれて途方に暮れたのか、町長は口をぱくぱくさせた。

「勇者さまにお願いしたいのは、単純明快なことです」

 エニシは一つ賢くなった。脚本にない展開へと切り替えることは容易じゃないものの、無駄話をスキップさせることはできる模様だ。

「盗賊団を追い払ってください。無論、謝礼もさせていただきます」

 盗人撃滅か。RPGじゃ手あかまみれの任務だな。エニシにはありありと想像できた。

 盗賊たちは両目の辺りをくり抜いた、ずた袋をかぶっているに違いない。競泳水着然としたえぐい角度のパンツ一丁、ということもあり得る。

「謝礼とは?」

「金貨一枚、または王都との航路を定期往復する我が町所有の交易船への片道切符です」

 町長はよどみなくすらすら答えた。筋書き通りのセリフだったのだろう。

 報酬が一万円。クエストの難度に照らして適正価格か、エニシには判定できない。

「ちなみに交易船は一般人が乗れますか」

「お金さえいただければ、同乗できますよ。ちなみに運賃は片道金貨一枚、往復で銀貨八十枚ですね」

 ぼったくり臭がするものの、町長に盾突いたところで貨幣価値を変動させられない。ならば奇策を弄するまで。

「一つ提案ですが、野盗の親玉に賞金をかけるってのはどうでしょう。早い者勝ちで金貨一枚、と手配書をばらまくんです。腕に覚えのある賞金稼ぎが我先にと廃鉱山へ大挙して、泥棒連中を袋だたきにするかもしれない」

 エニシが提唱する案は想定問答集にないらしく、町長は呆然とした。

 男同士で見つめ合ったところで詮方ないので、エニシは脱線を自重する。

「では王都とやらに寄る予定がなければ、手伝う必然性もない、ということですね」

「おぬし、王都に行かぬつもりか」

 リージュがいぶかしげに尋ねた。

「前住んでたから都会に特段憧れもないしな。むしろ『にゃんぱすー』なゆるふわアニメに感銘を受けて田舎暮らしを夢見たくらいだ」

「にゃん、ぱす? まぁよい。おぬし、魔王を倒すのだろう。であるなら、王都は避けて通れん重要拠点だぞ」

 エニシは引っかかりを覚えた。

「おまえ、やけに王都にこだわるのな。立ち寄ってみたいのか?」

「好奇心の発露ではない。冒険者がこぞって収束したのち、めいめいが目的とする各地へ旅立つ通過点だからだ」

「ふーん。じゃあ高い金払って海路じゃなく、陸路でのんびりという手も」

「悠長なことだな」リージュが鼻を鳴らす。「前提からして的外れだし」

「ここは島です。王都と陸続きではありません」

 やっと発言できるターンになったのか、町長が口を開いた。

「都へ行きたくばアウトローを一掃すべし、か。正義の味方にはおあつらえ向きのミッションだことで」

「おぬしこそ、なぜかたくなに二つ返事しないのだ。王都行きを差し引いても、人助けが勇者の生業だろう」

「俺はそういう『お約束』を嫌悪する、と言ったよな。なんか定番すぎて、逆にきな臭さを感じるんだよ。ゲームじゃないんだからセーブできないし、蛮勇で全滅なんてシャレにならないだろ」

「はっ。こそ泥ごときにおぞけをふるったか。エニシがこうも腰抜けとは思わなんだ。あるいは我の力量を過小評価して、臆病風に吹かれたか。見下げ果てられたものだな」

「リージュの腕は誰より信頼しているよ。ただ、即断即決しなくちゃいけないケースでもないじゃん。諸事情をテーブルに載せ、じっくり精査すべきと」

「おぬしが手をこまねくうちに、状況は刻一刻と悪化の一途をたどるぞ。我があるじの、なんと優柔不断なことよ」

 エニシは拙速を尊ぶ風潮に嫌けがさしている。せっかく異世界くんだりまできたんだし、腰を据えて運命に逆らう行動したってバチが当たらないじゃないか。

「きな臭い、といえば」

 町長がエニシに助勢してくれるのだろうか。しかもドット絵じゃなくなっている。本音に近い言動をするのかも。

 エニシは耳をそばだてた。

「ここ数日、盗賊連中が統制のとれた盗みを働いている気がします。今までは無秩序に暴れるだけで、組織立つ素振りなどなかった。御しやすいとすら思っていたのに、悪知恵がついたみたいな──」

 我に返ったのか、町長がドット絵に戻る。

「勇者さま、どうか我らをお助けください」

「でもな。引き受けるにしても下調べとか彼我の兵力差とか、入念に調査して……」

「野盗退治を請け負ってくださるなら、この町で最も格式高いホテルをご紹介しましょう。無論三食つきで、費用は全額町が負担します」

「確実に追い払えるという保証はありませんけど、俺でよければベストを尽くしましょう。よろしくお願いします」

 エニシは右手を差し出した。町長とがっちり握手を交わす。

「おぬし、王都行きや正義感ではなく、場当たり的な寝床に懐柔されおって。恥を知れ、俗物め」

「だまらっしゃい。リージュだって雨ざらしでひもじい思いをするのは嫌だろう。しかも三つ星ホテルに要人待遇だぜ。財布事情が火の車の俺たちには、またとない話じゃんか」

「所持金が雀の涙の元を正せば、おぬしの無計画な散財のせいだろうに」

「な、なんのことやら。ごほん。とにかくだ。善意で差し伸べられた手を、けんもほろろに振り払えるほど、俺は根性ひん曲がっちゃいないの。困っているときはお互い様だろ」

 十二分に湾曲しているがな、というリージュの追撃を、エニシは聞こえないふりする。

 こうして困窮まっしぐらのパーティーは、ビップルームに滞在する運びとなった。

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