第5話 誰よりも隣に
「……パオなんて知らないっ…!!!」
そう吐き捨てたものの、私はまたパオのことを考えていた。
往来で泣いてしまい、パオの言葉にショックを受けて立ち去ったけど、行く当てなんてない。
家までの距離のある帰り道を、頭を冷やすことも兼ねて、乗り合い馬車を使わずに、徒歩で帰っていた。
(帰ったら…パオの晩御飯作らなきゃ……でも…さっき一緒にいたシリュウ准将とベアトリーチェ少尉と一緒に食べて帰ってくるのかな…私のご飯食べないよね…ならせめて明日に置いておける献立にしようかな…)
パオの元から立ち去っても考えるのはパオのことだった。
私にはパオしかいないのに、パオは私が必要じゃないことがどうしても受け入れられず、家までの足取りは重く、家に着いた時はもう真っ暗の時間帯だった。
私とパオが住んでいる家は、海軍本部のある軍港地区の10区の隣にある商業区の4区にある。
家は3階建てのアパートメントで3階がパオの私室、2階が私の私室、1階がキッチンや食堂などの共用部の造りになっている。
もとは宿屋だったものを、パオが買い上げて私も住まわせてもらっているのだ。
お風呂と便所はそれぞれの私室にあるから共用はしていないけど、パオの部屋の掃除も私がやっているから私が立ち入らない区画はない。
でもパオには私の私室には上げない。
だって恥ずかしいもの。
家に着くとパオの部屋に明りがついているからどうやら先に帰っていたようだ。
(……帰ってる…そうか…もうこんな時間だものね…歩いて帰ってぼーっとしていたから…ご飯作ってあげられてないや…謝らなきゃ…)
そうして家に入って、とりあえず私室に戻るため階段を上がっていると、上の階からドタドタドタと足音が聞こえてきた。
パオが慌てた様子で、私の方へ寄って来た。
「リ、リアナ…!…おかえりぬん…!遅かったから心配したろんね…!」
「……パオ…遅くなってごめんなさい…少し考え事をしながら…帰っていたから…今から晩御飯作るね…?私の料理で良ければだけども」
謝りつつも卑屈に言ってしまった。
パオの心配は純粋に嬉しかったけども、やはり昼間のパオの言葉が胸に突き刺さっていて、どうにも素直になれなかった。
「もちろんだにー。リアナのご飯が結局一番ろんよ!作ってほしいじゃもん」
パオの言葉に心が高鳴る。
私のご飯が一番?
やっぱりパオには私が必要なの?
「あ、あと、渡したいものがあるんね!ちょっと待っててほしいんさ!」
そう言ってパオは自分の私室に帰って行った。
しばらくして、大きな平べったい箱を持ってきた。
箱は黒く装飾されていて高級感に溢れていて、店の銘が刻まれていた。
それは私の行きつけの店のもので、パオに礼服を見繕う予定の店だった。
「あの後ちゃんとあの店で前夜祭用の礼服は買ったろんよ!リアナの言う通りに!」
「そうなの?それは良かった。それにその箱はなぁに?」
「これはオイラからリアナへのプレゼントね。これを前夜祭で着てオイラと共に参加して欲しいんだ!」
「パオから私に…?」
これは驚きだ。
パオは誰かにプレゼントをするような人ではなかったからだ。
私も誕生日くらいはパオから贈り物をもらうが、それ以外では貰ったことはない。
「…これ…今開けていい?」
「もちろんに!」
パオの承諾を得ておそるおそる開けてみた。
そこには橙色の煌びやかなドレスが綺麗に畳まれていた。
「……!?…これは…?」
「オイラからのプレゼントだってば!これで前夜祭一緒に出るぬん!」
ドレスを着て一緒に社交の場に出る?
その意味をパオはわかっているのだろうか?
社交の場にドレスで着飾った女性を同伴させるなんて、それはもう男女の仲であることを公言するようなものだ。
今まではパオの補佐官として社交の場に出たことはあったが、その時は部下として出席したので儀礼用の軍服を着ていた。
今まで、そのような素振りがなかったのに、パオの唐突の提案に私は驚きを隠せなかった。
「……どうして…私?パオは他に面倒見てくれる人を探すんじゃないの…?」
「……昼間はオイラが全面的に悪かったよ…そう意味じゃないんよ…オイラはリアナを縛ってないか心配しただけなのだ」
「……そんなの今更でしょ?もう何年一緒にいるのよ」
「だからオイラが悪かったさ…でもオイラなりにリアナを気遣ったつもりぬん。もしリアナさえ良ければだけども…」
そう言うパオの表情は真剣だった。
いつもはのほほんとしているパオの顔が、凛々しくなっていて、いつもよりなんていうか…格好いい…
「パオのこと見限るならとうに昔に見限っているわよ…でもパオはドレスを着た私と一緒にパーティに出る意味わかっているの?」
「意味?このドレスはあの店で見てリアナに似合うと思ってオイラが選んだじゃもん!」
この感じは分かっていないかぁ
でもわざわざパオが私に似合うと選んでくれたのだ。
それに公の場でパオの隣でドレスを着た私が周りからどう見えるか
パオを狙う華族令嬢にいい牽制になる。
私にとって着ない選択肢はなかった。
「わかったわよ、出るわ。このドレスを着てね」
「おお!ありがとうねん!」
私が了承したことで無邪気に喜ぶパオ
その顔を見て私はまた強く思う。
ああ、好きだな。
この人が
もう10年も片想いをして、想いを告げることは年々難しくなってきた。
このままでいいとずっと怠けてきた私が悪いのだ。
でも今はまだこうして、パオの隣に居られる。
誰よりも隣にいることで私は満足だった。




