【閑話】王道を阻む者
烈歴98年 5月8日 アルジェント王国 王宮 特別軍事作戦室
魔術大国アルジェント王国の全ての中心である王宮の中でも、更に中枢の区画に位置する特別軍事作戦軍事室に、煌びやかな貴族衣装を身に纏う老齢の男と高官しか着用が許されない軍服を着ている壮年の男が、大きな会議机にたった2人で座り、向かい合っている。
向かい合っている2人の表情は互いに険しく、その理由は2人が手にしている皇国に駐在する諜報員からの臨時報告書であった。
「……この報告書は確かなのだろうな…?」
貴族衣装を身に纏う老齢の男が軍服の男に訝し気に問う。
軍服の男は畏まりながらも力強く答えた。
「…はっ…間違いありません。私も内容が内容だけに何度も諜報部の者に確認させました。複数の諜報員からの報告が一致していることから、間違いないかと…」
「…ふむぅ…そうであれば厄介だな…」
老齢の男が溜息をつきながら再度皇国に駐在する諜報員からの報告書に目を通す。
その内容は、皇国にて出現したSランク魔獣の「インペリオバレーナ」が皇国海軍少将パオ・マルディーニと正体不明の少年のたった2人で討伐されたという内容だ。
実際の討伐の瞬間を諜報員は目の当たりにすることはできなかったが、現場の状況からパオ・マルディーニとその少年が協力し、インペリオバレーナを討伐したことは間違いなく、さらにパオ・マルディーニはあくまでその少年の支援員であり、インペリオバレーナを討伐せしめたのはその少年の力に拠るところが大きいとも記載されていた。
「皇国に新たな脅威が現れてしまいましたね。インペリオバレーナを狩る程の猛者なら帝国の十傑、皇国の皇家十一人衆にも匹敵する戦力でしょう」
軍服の男が報告書に記載されている正体不明の少年をそう評する。
「ああ、それもおそらくは武術師だな。インペリオバレーナは魔力耐性が半端ではない。あれを狩るには武術師でしかありえない」
老齢の男が頭を押さえながら、唸るようにして言う。
「ええ、その通りです。我が国の天敵やもしれません」
軍服の男が一層険しい表情で言う。
なぜここまでこの2人がこの報告書に頭を悩ませているのか。
それは魔術大国である王国の主戦力は魔術師であるからだ。
魔術は、才能のある者しか扱えず、その価値は戦時、平時問わず利用価値が高い。
王国は大魔術師であった賢神が興した国であるがゆえに、魔術の価値を他国より重きを置いている。
王国は、魔術を第一とする国策を布いており、軍事力の要もまた魔術師で構成されている。
魔術師部隊は、炎を起こし、風を舞わせ、水を流し、土を敷く。
その戦術の幅広さから戦争においては皇国及びに帝国の脅威となっており、更に個人で強大な力を持つ魔術師は、個人で戦局を変えてしまう程の戦力を有する。
戦争においては事前の状況さえ整えば魔術師を有する部隊に敗北はないと言われる程だ。
しかしその魔術師にも弱点はある。
それが武術師だ。
魔術師は魔術の発動に個人差はあるものの必ず発動までに時を要する。
武術師は機動力を活かしその間隙を縫って、魔術師を討ってしまうのだ。
また武術師は魔術の才能がない者が多くいる。
魔術の才能は魔力保有量、魔力操作性、魔力感受性の3つの要素を勘案して判断される。
個人の魔蔵にどれだけの魔力を保有できるかの指標である「魔力保有量」
自らの魔蔵・体内の魔力をどれだけ効率的に運用できるかの指標である「魔力操作性」
そして体外から魔力をどれだけ取り込めるかの指標である「魔力感受性」
この中で「魔力感受性」は武術師側で言い換えると「魔力耐性」となる。
つまり魔術師として「魔力感受性」は低い者は、武術師としては「魔力耐性」が高い者となる。
魔術師としての才がないものは、一転して魔術師に対しては強い者となるのだ、
武術師にはこの「魔力耐性」が高い者も多く、一般的に武術師には魔術で対応することは有効でないとされている。
ゆえに魔術大国である王国は、脅威となる武術師の存在を常に警戒しているのだ。
「ただでさえあの国には、マリオ・バロテイとかいうふざけた武術師がいるのだ…これ以上あのような武術師が皇国にいると「前線」が塗り替えられるやもしれん」
「「泰山」マリオ・バロテイ…皇国陸軍大佐の…いえ、今はもう少将でしたね」
「そうだ。魔術が全く効かんなど我ら魔術師の存在を否定されているようで、全く不愉快な存在だ」
老齢の男が吐き捨てるように言う。
それもそのはず。
王国が警戒している烈国士は主に2人おり、1人は皇国の海域をその圧倒的魔術で防衛せしめる「海の迅雷」パオ・マルディーニ
そしてもう一人が王国との前線に立ち続け、幾重もの魔術を受けながらも不倒を貫き、あまつさえ多くの魔術師部隊を崩壊に至らしめた「泰山」マリオ・バロテイ
兵数・国力共に王国の方が有利な状況にもかかわらず、ここ数年の皇国との前線が全く動かない、動かせないのは、パオとマリオの2人の存在が大きかった。
この状況下において、パオとマリオと同格の、それも少年と思われる年齢の武術師が皇国に現れたのだ。
王国としても無視できる案件ではない。
「この者の詳細次第では、王は皇国との戦線より帝国との戦線を優先するやもしれぬな。皇国はこの10年以内に若き烈国士が何人も生まれておる。ファビオ・ナバロ、レア・ピンロ、マリオ・バロテイ、パオ・マルディーニ、サンディ・ネスターロ、ゾエ・ブロッタ、フランシス・トティ…皇国軍は黄金時代を迎えようとしているやもしれん」
老齢の男は皇国の人材を手放しに褒めちぎった。
「…閣下がそこまで評価されるのですか…」
軍服の男は驚きを禁じ得なかった。
王国の中枢に数十年にも渡り君臨するミカエル・プラティニ公爵がそう評することに
「…どこの国にもこういう時代は来る。我が王国にも帝国にもあった。今は皇国にその波が来ておると感じる」
「では再来月のヘスティア神国での休戦条約後の情勢はどうなるのでしょうか」
軍服の男、プラティニ公爵家筆頭司令官 ティオフィル・アンリは主に問う。
「王は帝国との休戦は破棄してサタイディガンに攻め入る気でおる。帝国が後継者争いで割れているからな。帝国は下手をすれば内乱期に入るだろうから、この好機は逃せない。皇国がどう出るかは分からぬが、今代の皇王は侵攻派のようだ…つまり…」
「10年前に3国で締結した休戦条約は破棄となり…」
「その後しばらくして、第5次烈国大戦の幕明けだな」
「我らプラティニ公爵家はいかがしまする?」
「決まっておろう?」
「王道を阻む者を消すのみよ」
プラティニ公爵「しかし王国内にも皇国への侵攻派はいる」
アンリ筆頭司令官「我が領土は帝国に多く面していますから国策としては帝国の方を優先して欲しいですね」




