第23話 すべてをあなたに
インペリオバレーナという海の覇者をたった2人で討伐したといっても過言ではない偉業に、海軍大将ゾエ・ブロッタと海軍中将フランシス・トティは言葉を失っていた。
いや2人ではない。
パオ・マルディーニ少将は完全に補助だったから。
実質たった1人がインペリオバレーナを討伐したのだ。
「……レアよ……あんなとんでもない猛者…どこで見つけてきたんだい…?」
もう驚きすぎて、呆れたような顔になっているゾエ大将がレア少将に問う。
「私が発掘したわけではありませんよ…強いて言えばサザンガルド家でしょうか…」
「……いやサザンガルド家も偶然みたいだ…シリュウ殿とベアトリーチェ嬢が互いに好き合っているのは一目瞭然だ……あの子を見出したのはベアトリーチェ嬢が最初じゃないかな…」
フランシス中将がそう推測する。
「旦那はSランク魔獣を討伐し、嫁はアンタの悪知恵を看破する慧眼……末恐ろしい夫婦さね…」
ゾエ大将は恐ろしいものを見るような目で言う。
「海軍大将と中将である皇国最強夫婦が何を言っているのです…」
「何を言ってるんだい。アタシらなんてこの戦においては木偶の坊じゃないか」
「それは私も同じです。この戦場で木偶の坊でなかった者などシリュウ君とパオしかいなかったでしょう」
「それはそうだが、想像以上にパオとあの坊やの相性は良いみたいさね。これは皇王様に上奏するいい材料じゃないか?」
ゾエ大将は嬉しそうにフランシス中将に言う。
「……そうだね……あの二人を組み合わせた戦略と戦術は今までの比じゃない……これは皇国海軍の悲願である。海路での侵攻も夢じゃなさそうだ……」
「…あなたたちも革新派なのですか?」
レア少将がゾエ大将に疑うようにして聞く。
「…帝国のインバジオンへの侵攻に関しちゃ中立さね。アタシらには関係のない話だからね。ただ海は別さ。いつまでも皇都の領海を守ってるだけじゃあ、皇国は守れないさね。帝国はともかく、魔術大国の王国が海でこちらに牙をむいたらそれはそれは大変な戦になるだろうからね。王国に攻めさせない抑止力が重要さね」
レア少将の問いに、ゾエ大将は冷静に答えた。
「…現状はパオがそうじゃありませんか?それで十分なのでは?」
しかしレア少将はなおも食い下がる。
「『氷の智将』ともあろう方がらしくないねぇ。よっぽどあの坊やを皇軍に欲しいんだね。現状維持は衰退…戦の常識さね」
ゾエの言葉に、レア少将は諦めたように溜息を吐く。
「……いずれにせよ…今回のことは皇王様の耳に入れないといけない……もちろん我々海軍からもシリュウ殿を海軍に推挙するけど…ここまで海戦で武勇を示したんだ…皇王様もそれをご考慮くださる…」
「何にせよあの坊やの配属は、皇王様に委ねられる案件になったさね。こればっかりは諦めな、レア。恨みっこなしだよ」
「うう……シリュウ君は絶対に皇軍に入れたいのに……でも委ねられているのは皇王様じゃありませんよ」
「………それはアタシにも分かるさね…落とすべきはあの嬢ちゃんさね……」
「そうです。そしてそのお嬢様はどこぞの狐野郎を大変お気に召していないようですから…ね…!」
意地の悪い笑みを浮かべながらレア少将はフランシス中将に言う。
「……鉄甲船の1隻をサザンガルド家に献上すれば…靡いてくれるかな…」
「そいつはいいねぇ!船なんて金と材料がありゃできるが、逸材はそうはいかないからねぇ!」
「…なっ!?ずるいですよ!そんな船で釣ろうなんて!」
「まぁまぁ、落ち着きなって。まずは英雄を迎え入れようさね」
そう言うゾエ大将の目線の先には、肩を組みながら、風の魔術で飛んでいる2人の英雄の姿があった。
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何とかインペリオバレーナを討伐した僕とパオっちは、鉄甲船まで戻ってきていた。
鉄甲船に戻ると、ずっと意識していなかった傷の痛みと疲労が一気に襲ってきて、僕は床に伏してしまった。
「……!?…シリュウっち!大丈夫かい!」
「…ありがとう…パオっち……でも少し辛いね…横にさせて欲しい…」
僕が床に倒れると、心配して数人が駆け寄ってくれた。
「…シリュウ君!…ひどい傷です…すぐに医務室に!帰港してすぐ医者を手配してください!」
「…ありがとうございます…レアさん…」
「…素晴らしい活躍でしたよ。あとは休んでください。この討伐の功績は私が責任を持って皇王様に報告しておきますので」
「……おいおい…アタシを差し置いて何しようとしてるんだよ…にしてもシリュウよ…今回は本当に助かったよ…ありがとうさね…例はとびきりの物を用意するさね…」
「…いえ僕はずっとパオっちに助けられてばかりで、パオっちのおかげで討伐できたようなものです」
「……死線を共にしたとは言え、凄く仲が良くなっていますね…あなたたち…」
レアさんがジト目で僕らに目を向ける。
「…シリュウっちはオイラの最高の相棒…ソウルブラザーだい…!」
それに構わずパオっちが言う。
でもその通りだ。
パオっちとの共闘は、誰かと共に戦ったという経験の中では過去1番と言っていいほど素晴らしい戦闘だった。
「…僕もパオっちは最高だと思うよ。でも最高の相棒って言ってしまうとまたビーチェが嫉妬すると思うからビーチェの前では言葉を選ぼうね」
「…がってん!」
両手で大きな丸を作って返事するパオっち
いかん…そろそろ限界だ…
「…すみません…少し眠らせてください…」
そう言い、僕の意識は闇に沈んだ。
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目が覚めると、僕は担架に乗せられているようだった。
そして担架は持っている人がいない。
代わりにパオっちが傍にいた。
どうやらパオっちが魔術で運んでくれているようだ。
そして場所は皇都の軍港区だ。
今まさに下船をしているところだった。
下船すると、埠頭には多くの人がいるのが見えた。
そして僕の姿を見て一目散に駆けてきた女性がいた。
「……シリュウ!!」
「……ビーチェ…!」
僕は起き上がってビーチェを抱きしめたい衝動に駆られるが、体は起き上がらず、首だけ起こす。
そんな僕を見かねて、ビーチェは僕の頭を抱きしめた。
「…よいよい!無理するでない…!帰ってきてくれて良かったのじゃ…」
「ありがとう…でもボロボロだ…」
「どこが痛むのかや?」
ビーチェが心配していると、レアさんが僕の傷について説明してくれた。
「船医の緊急の見立てですが、全身に軽い火傷があり、また両腕に亀裂骨折の疑いがあります。そして何より、雷魔術を受けたことによる臓器のダメージで、数日は消火器官が正常ではない危険性があります。すぐに皇国軍病院へ入院をして、治療を受けてもらえるようにします。もちろん医療費は軍で持ちます」
う~ん思ったよりボロボロだな
両腕にズキズキとした痛みがあるけど、これ骨に亀裂が入っているのか。
そして何より、体内が非常に気持ち悪い。
これが消化器官へのダメージなのかな。
「……だ、大丈夫なのですか!?シリュウ……こんなボロボロになってしもうて…妾が海辺に行きたいなどと言ったばかりに……」
「それは違うよ、ビーチェ。僕はビーチェを守ったんだ。あいつを討伐しないと、ビーチェがあいつに食べられてしまうかもしれないでしょ…」
「……はは…シリュウはどこまでも妾のことばっかりじゃのう…」
「……もちろんだよ。僕が命を懸けるときはいつだってビーチェを、ビーチェの大切なものを守る時なんだから」
「……そうかや…シリュウ……愛しておるよ…」
そう言ってビーチェは、僕に顔を近づけて、僕と唇を重ねた。
「…………!」
「……よく我慢しましたね…パオ…流石の私も…その…いたたまれません…」
レア少将とパオっちが僕らから顔を背けている。
「………オイラも嫁さん見つける……!」
そしてパオっちが力強く宣言した。
パオっちまだ独身なのか。
モテそうなのにな。
「…え!?……パオ…正気ですか!?」
「……シリュウっち見てたらうらやましくなったんね…!」
「……はぁ…これもまた面倒なことになりそうです…」
レアさんが溜息をついている。
でもパオっちならきっと素敵なお相手が見つかるよ。
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下船した僕は、軍港区にある海軍駐屯所の医務室に移送された。
時刻はもう夕方で、どうやら僕を1区の皇国軍病院に移送する準備をレアさんがしてくれているようだ。
僕は医務室のベッドに寝ていて、傍にはビーチェがいてくれている。
そして連絡を聞いてかけつけた、じいちゃん、シルベリオさん、シルビオさん、アドリアーナさんが入って来た。
「シリュウや…大丈夫かの!」
「シリュウ殿…!」
「シリュウさん…!」
僕の名を大きな声で呼んだじいちゃん、シルベリオさん、アドリアーナさん
でもこの医務室の番人が3人に牙をむく。
「……シリュウは体を休めているのじゃ。静かにしてくりゃれ…?」
おおう……凄い迫力だ…
その眼力でじいちゃんとシルベリオさんとアドリアーナさんを圧倒している。
「す、すまんのう…あまりの事態にびっくりしての…のう?シルベリオ殿…」
「う、うむ…配慮に欠けたこと謝罪する…」
「ご、ごめんなさいね?ゆっくりして頂戴?」
ビーチェのあまりの迫力にたじろぐ3人
唯一シルビオさんだけ空気を読んでいた。
「私達にも聞きたいことは山ほどあるでしょうが、今はシリュウ殿の安息が最優先では?それに事情はベアトリーチェに聞けば良いでしょう」
「……流石じゃのう…シルビオ…でも妾はここを離れる気はないぞ…事情の説明も後日で良いかの?」
「……う、うむ、もちろんだ…ではシリュウ殿の元気な顔を見たということで、今日は帰りませんか?」
シルビオさんがそう3人に提案する。
3人はもうコクコクを首を縦に振っていた。
僕の方からはビーチェが3人に向けている顔が見えないが、3人の表情を見る限り相当怖いんだろうな。
「あ~あと、シルベリオ伯父様?」
ビーチェがシルベリオさんを呼び止める。
「ど、どうした?」
「海軍から鉄甲船を買い付ける交渉権を得ております。交渉は伯父様に一任するので、良きに計らってください」
「な!?……そんなもの…良く得られたな…」
驚いているシルベリオさん
「それもシリュウのおかげですじゃ。シリュウに感謝してくだされ」
「うむ、シリュウ殿、感謝する」
いや、その権利は、レアさんと組んで、ビーチェが海軍中将から強請って得たものです。
そんなことは言えないので、素直に礼を受け取っておく。
「……シルビオ、この件はお前に一任する…」
「…は!?…どうしてまた…?」
「お前も本家当主になるのだ、これも経験だ…」
そうは言っているけど、絶対違うな。
ビーチェが得た交渉権で、万が一うまくいかなかった時にビーチェの怒りを受け止めるのが怖いのだろう。
それが証拠に今も冷や汗を掻いて、ビーチェと目を合わせていない。
おいおい、それでいいのか本家当主
シルビオさんもその意図に若干気づいてはいそうだが…
「……わかりました。この件は私がお預かりします。必ず鉄甲船を買い付けてみせましょう」
「うむ!頼んだぞ!」
「……シルビオよ?…シリュウが苦労して得た交渉権じゃぞ?…わかっておるな?」
ビーチェがシルビオさんにすごむ。
こらこら圧を掛けるんじゃないよ?
逆効果じゃない?
「もちろん、わかっているさ。それに鉄甲船なら揺れが少ないと聞く。シリュウ殿が乗船するには良い船だ。我々がサザンガルドに帰るまでに引き渡してもらえるよう全力を尽くすさ」
シルビオさん…やっぱり超いい人…ルチアさんとお幸せに…
「…流石じゃのう…頼むぞ…シルビオ」
ここで僕もシルビオさんの士気を上げておくか
「…ありがとうございます、シルビオさん。いやぁシルベリオさん……シルビオさんがこの交渉を成功させたら何かご褒美がいるんじゃないですか?…例えば…婚約の件とか…?」
「…な…!?…それは……」
シルベリオさんがたじろぐが、ここまで沈黙を保っていたアドリアーナさんが助け船を出す。
「……そうねぇ……これほど大きな交渉事を任せておいて、結婚相手に口を出すなんて無粋な真似をするなんてそんな器の小さい当主なんていないわよねぇ…」
「…うぐ…!」
「…シルビオさん、頑張ってください!」
「…ああ!では政務所に戻るため失礼する!」
明るい表情で颯爽と去っていったシルビオさん
それに追うようにシルベリオさんとアドリアーナさんが去っていた。
部屋にはビーチェとじいちゃんが残っていた。
「…シリュウよ、よくインペリオバレーナを狩れたのう。儂も狩ったことはない魔獣じゃよ」
「そうなんだ?じいちゃんの逸話にキングバレーナを狩った話があったから、インペリオバレーナも狩ったことがあると思ったよ」
「インペリオバレーナは決して1人では狩れぬ魔獣じゃ。お主が一番わかっておろう」
そうだ。
インペリオバレーナは海の魔獣で、魔力耐性が非常に高い魔獣だ。
狩るには武術師と魔術師の確かな連携が必須だった。
僕とパオっちのように
「素晴らしい経験をしたんじゃな…儂はそれが何より嬉しい…そしてベアトリーチェ嬢…いつもシリュウが大変な時は必ずそなたが傍にいてくれる。肉親としてこれほどありがたいことはない。本当に感謝する」
「コウロン様…妾は好きでやっています。感謝など不要でございますよ」
「そうであったな、いささか無粋であったわい。はっはっは。ではシリュウはベアトリーチェ嬢に任せて儂も帰るぞ。謁見までゆっくりしておくんじゃよ」
そう言ってじいちゃんが退室していった。
そうして病室に残った僕ら2人
医務室に他の誰もがいなくなった瞬間
ビーチェは寝ている僕に抱き着き、唇を重ねた。
「………もう妾は…シリュウなしでは生きていけん…」
「奇遇だね…僕もだよ…」
「いや妾の方がもっとじゃ。本当は唇だけでは足りんせん…シリュウのすべてが…欲しい…」
「…光栄だね…僕が元気になったら、僕のすべてをあげるよ…でも…」
「でも…?」
「その前にビーチェのすべてをもらおうかな」
「大丈夫じゃ、もうすでに妾はシリュウのものじゃよ。この髪から爪の先まで、心も…」
「ありがとう…じゃあまずは…もう一度もらおうかな…その唇を…」
「お安い御用じゃ…」
そう言って僕らは、レアさんが移送の準備完了を報告しに来るまで、2人の世界に浸っていた。
ここからはエピローグ気味ですね。あと数話で2章が完結します。
ちなみに2章の 臥龍天昇・皇都に舞う はインペリオバレーナとの戦いで舞うように戦ったことと皇都での評判のダブルミーニングです。




