【閑話】覚悟を決める
烈歴 98年 7月17日 14時24分 軍都サザンガルド フォン・サザンガルド本家 領主執務室
「これが今回の顛末をまとめたものだ。急いで作成したから誤字脱字は大目に見てもらえると助かる」
皇国陸軍中将のサンディ・ネスターロは、数枚の羊皮紙をこの軍都の長であるシルベリオ・フォン・サザンガルドに手渡した。
「急なご助力にも関わらずこのような報告書の作成まで痛み入る。では早速拝見させてもらおう」
サンディにお礼を言い、シルベリオは報告書を穴が開くのではないかという程に食い入るようにして読む。
そしてとある文面を見つけて、シルベリオの表情は驚愕に染まる。
「なっ…!?……きょ、教団が王国のタレイラン公爵と手を組んでいる…だと…!?それにスタンピードの原因は『女神様の法具』の一つである『魔祓いの琴』をタレイラン公爵の手の者が使用したもの…!?…た、確かなのか!?サンディ中将…!」
シルベリオの問いに顔に少しの渋みを見せてサンディは答える。
「まぁ信じがたいのは理解できる。だがこの調査にはアバーテ家の人間に『フォース砦』のコルラード・トロバート氏にも協力してもらっている。皇国軍側からは『氷の智将』のレア・ピンロ皇軍少将に、『蒼の剣聖』ファビオ・ナバロ皇軍中将も参加した。信憑性は疑う余地はないぜ。向こうの手の者も何人か生け捕りしている」
「な、なんと……」
サンディの言葉にシルベリオは報告書にかかれていることが現実のものだという実感が湧いてきたのか、力なくソファに座り込んでしまった。
「教団側が…サザンガルドを害することに賛同した…?我々は…異端認定をされたのか?」
シルベリオの一番の懸念点はそこだった。
この大陸には宗教は実質的に『女神教』しかない。
いくつかの宗派は存在するものの、大枠ではこのユニティ大陸の統一をした『女神ヘスティア』を信仰する『女神教』しかない。
そしてその『女神教』の総本山は、『女神ヘスティア』が眠るとされている『ヘスティア神国』を管理・統治する『ヘスティア教団』なのだ。
この大陸のほとんどの人間が『女神教』の信者であるため、『ヘスティア教団』から異端認定を受けると言うことは、この国のほとんどの人間から異端視されるという事態になる。
過去に『教団』に異端認定された地域は、侵攻まではされないものの周辺地域から交易等の社会的活動を遮断された。
サザンガルドが異端認定されようものなら、この街の民が生きていく上では大きな障害になるのだ。
「わ、我々は…これからどうなるのだ…」
シルベリオは焦るようにサンディに問う。
「落ち着くんだ。報告書では教団と記載したが、正しくは教団の中でも『混沌派』の連中の仕業だ」
「…『混沌派?』……何なのだ?それは?」
サンディの聞きなれない言葉にシルベリオは力なく問う。
「教団内部も一枚岩じゃない。『女神』の教えを遍く説き、大陸の平穏を馬鹿正直に夢想する『理想派』、教団を一つの官僚組織と考え国家の運営を第一に考える『行政派』、そしてこの大陸に戦乱の火種を撒き教団の価値を高めることに終始する『混沌派』、この3つがある。今回はこの『混沌派』の連中の仕業だ」
「……詳しく聞いても?」
「もちろんだ。ヘスティア教団が運営するヘスティア神国は、『教団』と『国家局』がある。ヘスティア神国の官僚組織が『国家局』だ。そして『教団』はあくまで『女神教』の宗教組織という位置づけだ。だが『国家局』の人事権は『教団』の上層部が握っているため、『国家局』が国の運営を公式に担っている形にはなるが、実質的な権力者は『教団』の人間だ」
「…それは理解している…がその三派は初耳なのだ」
「まぁ神国内の勢力争いの情報なんてほとんど外に出ないからな。それは仕方ない。その三派は教団内の勢力争いをしている主な勢力だ。今の状況は詳しくはわからんが、『混沌派』が教団設立以来から運営の主導権を握り続けていることは間違いない」
「なっ…この大陸での唯一の中立国であるヘスティア神国の上層部は『混沌派』なのか…!?」
「そうだ」
「………つまりこの大陸の戦乱が続いているのも…」
「お察しの通り。ヘスティア神国が帝国、王国、皇国を戦争させるように暗躍しているからだ。今回のようにな」
「………その事実を知らなければ、今回の件はタレイラン公爵…いや王国側がサザンガルドに魔獣をけしかけたことになり、リータ殿下の外遊にて改善した王国と皇国の関係にヒビが入る…いやそれだけではない!」
「他に何かあるのか?」
サンディはシルベリオの言葉の続きを促す。
サンディはあくまで教団がタレイランを唆してサザンガルドに被害を出させようとしたと考えた。
「……ここだけの話…教団と皇王様は蜜月の関係だ。皇宮に教団の人間が多く出入りしていると我が家の間者から報告を受けている」
「………それは俺も得ていない情報だったな。なるほど…見えたな」
「ああ……おそらくリータ殿下の懐刀となっているシリュウ殿と結びつきが強いサザンガルドに対して皇王様は警戒をしている」
「警戒…?随分と優しい言葉と使うんだな。これはもう宣戦布告と言ってもいいんじゃないか?」
「……本当に皇王様がサザンガルドに対して害すると決まったわけではない…あくまでいくつかの要素を鑑みた結果だ」
「蜜月の関係なのに、教団側は皇国の重要都市を荒らすことをしようとしたんだ。あらかじめ話は言っているだろう」
「……やはり…スタンピードで被害を受けたサザンガルドに対して、復興費用を債権として貸し付けようとしたのか」
「もしくは復興の支援と称して、皇軍かパッツィやベラルディの子飼いの華族の私兵をサザンガルドに派遣して、サザンガルドが皇妹派につかないように工作するだろうな。いずれにしてもサザンガルドに対して何か鎖をつけようとしたはずだ」
「あぁ……なんと嘆かわしい…それが一国の王のすることなのか…内部の政争に力を注ぎ、外敵の備えはいつも辺境の華族に任せっきり…」
「残念ながらこれが今のリアビティ皇国の『現在地』なんだ」
この一連のスタンピードから見えたこの皇国の暗い影を改めて感じたシルベリオは深いため息をついた。
そしてそんなシルベリオにサンディは煽るように確認した。
「それで……覚悟は決まったか?」
「…………」
サンディの問いに対して、無言になるシルベリオ
短い言葉だが、その意味はあまりにも重すぎた。
「サンディ中将は…この街を訪れた時からそのことを考えていたのか…?」
「いや違う」
「ではいつから?」
「リータ殿下が帝国から帰って来た時」
「!?」
外遊中の帝国のシュバルツスタットでヴィルヘルム軍の急襲を受けたが、リータ率いる凱旋軍は、サンディ率いる皇国軍の援軍を受けて何とか皇国へ帰国した。
そしてその帰国の途上、サンディはリータと付きっ切りでこの国の展望を話し合った。
そしてサンディは立ち上がり、いつもは飄々とした顔を凛々しい表情に染め力強く言う。
「はっきり言う。リータ殿下が皇都での政争に敗れた時、最終手段は、このサザンガルドを本拠にリータ殿下を王とした国を立ち上げることだ」
「………!」
シルベリオはサンディの思惑を感じてはいたが、言葉にされるとまた実感が込みあげ、表情は険しいものになった。
「あまりにも重い決断だろう。俺も全ての腹を割って話す」
そう言ってサンディは再び座り、シルベリオに向けて語る。
「俺は神国…いや教団を滅ぼす。そのために生きている」




