【閑話】シエナ防衛戦〜『鬼謀』と『氷の智将』
烈歴 98年 7月14日 19時23分 軍都サザンガルド郊外 街道
サザンガルド本家での軍議を経て、皇国陸軍中将『鬼謀』のサンディ・ネスターロは、皇国皇軍少将『氷の智将』レア・ピンロと共に馬で、戦場となる農耕街シエナへ向かっていた。
防衛の要になる皇国海軍少将『海の氷雷』パオ・マルディーニと皇国陸軍少将『泰山』マリオ・バロテイは軍議に参加せず、既に先行してシエナへ向かっている。
また皇国皇軍大将『金剛』ルイジ・ブッフォンは、皇国軍と領邦軍の連絡調整役としてサザンガルド本家の対策本部に駐在している。
皇国軍を代表する立場としてうってつけの人選だ。
皇国陸軍大将『獣王』アレス・デルピエロは、王国戦線の状況確認とスタンピードの調査内容を現地で確認するためサザンガルド山脈に位置する最前線のフォース砦へと向かった。
デルピエロ将軍は、現場第一主義者であり、報告を鵜吞みにすることはせず気になることは全て自らの目で確かめないと気が済まない性格だったからだ。
今回の件も「なんかキナくせぇな…」と何か違和感に感じ、気が付いたらサンディに言伝だけして一人でフォース砦に向かってしまったのだ。
そして皇国海軍大将『双嵐』ゾエ・ブロッタと皇国海軍中将『狐火』フランシス・トティは防衛作戦の要となるため、陸軍5千の兵とともにシエナとサザンガルド山脈の間の丘陵地帯に布陣するべく現場へ向かった。
防衛作戦の陸軍の総大将は陸軍中将のサンディだったが、魔獣のスタンピードを防ぐためには火の魔術師であるフランシスとその火の魔術を増大させる風の魔術師であるゾエは重要な役割であったため、現場の地形等を確認すべくサンディより先行して現場に向かっていた。
そういう各自の動きにより軍議に参加していたサンディとその補佐に当たっていたレアは他の王家十一人衆より遅れてシエナに向かっていた。
「ふぃ~…これで何とかなりそうだなぁ」
「あれだけ不確定な情報だらけでよくここまでの軍事作戦を組めますね。流石は『鬼謀』のサンディ・ネスターロですね」
「いやいや、嫌味ですかい?最初に俺が提案した軍事作戦から大幅に変わってるじゃないか…レア少将の助言のおかげで」
「私は大したことは言っていませんよ?」
当初サンディは、王家十一人衆と領主シルベリオと領邦軍のトップオルランドを交えた最初の軍議では、『魔獣の殲滅』を目標に作戦を組んでいた。
そして先ほどのサザンガルドの有力者達を集めた会議でも『魔獣の殲滅』を掲げた作戦を公表している。
しかし公表している作戦と実際実行する作戦は微妙に異なっていた。
「これから襲ってくる高ランク魔獣を『殲滅』すると、サザンガルド山脈の食物連鎖の生態系が大きく崩れてサザンガルド一帯が害獣に見舞われるおそれがあるから『撃退』する……いやはや俺にはない発想だ」
レアが提唱したのは『殲滅』ではなく『撃退』に留めること
「高ランク魔獣が消えた領域に起こるのは低ランク魔獣の大増殖です。そうなれば近隣の地域の田畑や水源に魔獣が跋扈し、国民の生活圏内が危険に晒されますからね」
「おっしゃる通りだ。俺は『軍師』として局所的な勝利しか見えてなかったが、レア少将は『行政家』としてその先も見据えていた。これには俺も一本取られたぜ」
「まぁあなたは帝国との前線での経験がほとんどで、その後の土地のことを考える視点は薄かったでしょうね。それに……田舎暮らしならこういうことは割と常識ですよ?あなたほんとにノースガルドの出身ですか?」
「ははは!勘弁してくれよ。ノースガルドの田舎だが、魔獣に襲撃される恐れもないほどド田舎の閉鎖的な村に住んでいたんだ」
「……まぁ今は深く追求しないでおきます。それで『撃退』に留めるつもりなのに、軍議では『殲滅』を掲げた理由は?」
「簡単な話さ。サザンガルド領邦軍に舐められないためさ」
「舐められない?」
「サザンガルド領邦軍は皇国一の領邦軍だ。その軍の精強さはかの帝国との前線を預かるノースガルドにも引けを取らない」
「それは知っていますが…」
「だがここ数年は王国前線は膠着状態にあり、陸軍もサザンガルド周辺では目立った実績はない。方や日夜この一帯を守護する領邦軍…このサザンガルドにおける領邦軍と皇国軍のパワーバランスはサザンガルド領邦軍に傾きつつある。陸軍の戦力も帝国との戦いのためノースガルド方面に厚くしているしな」
「……なるほど。有事の際の主導権を陸軍が握れないことを懸念しているのですね」
「その通り。だからここいらで陸軍の実績を派手に作っておきたい。王家十一人衆の力を総動員してちょっとずるいがね」
「だから『殲滅』を掲げたのですね。最初に『撃退』を掲げた時と戦後の印象が変わってきますね」
「最初に『殲滅』と大見得切って、実際には『撃退』しても、戦果は変わらないが見方は変わってくる。まぁ念のための小手先の策だがなぁ~」
「いえいえ、領邦軍や陸軍の士気も変わってきますよ。やはり軍事的なことに関してはあなたには及びませんね」
「俺からすれば全体的なバランスの良い視点を持つレア少将のことは見習わないといけないといつも思うぜ」
「お褒めいただき光栄ですね。では私が調査隊を指揮するのも?」
「俺の提案だ。俺はシエナ防衛戦の総指揮を執る。出所の調査までは手は回らねぇ」
「それもそうですね。ではファビオを連れて行きます」
「ああ。あと最悪のケースだけ想定しておくか」
「………『獄炎鳥フェニーチェ』の襲来ですか?」
「無視はできない可能性だ。あれは皇国内ではXランク……神龍に次ぐ序列第2位の極めて危険な魔獣だ」
「であればシエナの安全が確保されたら?」
「マリオ、パオ、アウレリオにヒルデガルド、シリュウ准将…あとフォース砦でアレスの旦那も拾ってきて、調査隊に合流させる」
「皇国屈指の猛者が大集結ですね。それでも勝てるかどうか怪しいですが」
レアは最悪のケースを想定し、渋そうな顔で溜息をつく。
しかしサンディはいつものような飄々とした顔ではなく、無邪気な子供のように笑いながら言う。
「はっはっは!これは『敵さん』がくれた大好機だ……逃してたまるか」
「……どういうことです…?」
「…いや…これは『俺』の話しだ。すまん」
「あなたは時々……本当によくわからないことを言いますね」
「いや、忘れてくれ。じゃあ行きますかぁ」
そう言ってサンディは馬を加速させ、シエナに向かう足を速めた。
レアはサンディの言うことに疑問を持ちながらも、その智謀に全幅の信頼を置いているのを肯定するように、サンディの背を追った。
「神国のクソ野郎共……うちの自慢の猛者達がテメェらの企みを潰してくれるぜぇ……?」
サンディのその呟きは、真後ろにいたレアにも届かなかった。
サンディ「シエナ防衛戦は3方面作戦だ。サザンガルド山脈でスタンピードの起点を調査する調査隊、シエナとサザンガルド山脈の中間地点で布陣する軍、そして軍が漏らした魔獣をシエナから守る冒険者部隊、そのどれもが重要な役割を担っているぜ」




