第17話 『漆黒の盾』
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烈歴 98年 7月14日 15時52分 軍都サザンガルド (市街区)冒険者組合サザンガルド本部
「テ、テオドーロ…マストロヤンニ…!…です…!ぜ、ぜひあなたの部下に…!」
どもりながらも物凄い勢いで僕の手を掴み、懇願するサザンガルドを代表する冒険者クラン『漆黒の盾』のクランリーダーかつSランク冒険者のマストロヤンニさん
『白銀の剣』のメンバーを居酒屋でいきなり殴った噂や、先日の晩餐会の時に『白銀の剣』のクランリーダーのインカンデラを蹴飛ばしたことから、僕の中ではまぁまぁヤバめな人だという印象だった。
しかし今目の前にいるマストロヤンニさんは、不器用ながらも一生懸命自分の想いを伝えようとしている1人の青年に見えた。
「え〜っと…テオドーロ・マストロヤンニさんですよね?先日の晩餐会ではあまりお話しできませんで、すみませんでした」
「な、何を…!?あなたが謝ること…など何も…ありません…」
「いえいえ、ところで部下にとは、今の僕と妻の話を聞いていました?」
「失礼ながら…話の最初から聞いておりました…!ぜひあなたの『私兵団』に俺を…入れてください!…一兵卒から頑張り…ます…!」
「おおう…」
すごい熱意だ。
しかしSランク冒険者を僕ごときの『私兵団』の一兵卒なんてもったいなさすぎやしないか?
困ったのでビーチェに目配せすると、ビーチェは目に涙を浮かべて笑いを堪えていた。
おい……知ってたね?…この展開…
「笑ってないで助けてよ…僕ちょっと困惑してるんだけど…」
「くっくっくっ!すまぬすまぬ。予想通りの展開で思わずツボに入ってしもうた!かっかっか!」
「予想通り?」
僕が首を傾げると、ビーチェはマストロヤンニさんに向き合い問う。
「さてマストロヤンニよ。お主はシリュウ・ドラゴスピアに憧れておろう?」
え?
何を言ってるんだ、ビーチェ
今日が初対面なのにそんなバカな話あるものか…
「そ、その通りです!皇国最強の武術師…最年少将軍…!シリュウ様は俺の…理想とする烈国士…です!」
ぇぇ…そうなの?
「いや僕はそんな大した人間じゃありませんよ?まだまだ修行中の身ですし」
「それほどの…高みにおられながら…なんと謙虚な心構え…!これがシリュウ様…!」
すごくキラキラした眼差しで語るマストロヤンニさん
あっこれダメなやつだ。
ビーチェの弟のカルロくんと一緒だ。
全自動僕肯定機になっちゃってるね。
なんでここまで好感度が高いのかよくわからないが、深く考えないでおこう。
それにしてもいきなりの私兵団への志願か…
マストロヤンニさんはすごい人なんだろうけど、いかんせん初対面でいきなり雇うには抵抗がある。
もちろん私兵団を雇うにもお金がかかるので、我が家の会計役のトスカとも相談しなければならない。
そんなふうに唸るように考えていると、マストロヤンニさん目掛けて疾走してくる2人組が現れた。
そして…
ガンッ!!!!
2人同時にマストロヤンニさんの脳天に拳骨を放った。
それも全力で
「こっっの…バカ!!華族様相手にいきなりなにしてんの!!」
「弁えてって言ったでしょうに!!」
現れて拳骨を放ったのは、20歳前後と思われる冒険者風の姿をした肩までかかるほどの茶髪をした女性とその女性より少し年下の少年と青年の間くらいで弩を背中に背負っている男性だ。
マストロヤンニさんは拳骨を喰らって地に伏せてしまった。
そのマストロヤンニさんを2人はまるで地面のように踏みつけて僕たちに頭を下げた。
「うちのバカが、失礼しました…!」
「今後このようがないように厳重に注意しますので、何卒穏便に…!」
凄い勢いで謝る2人
僕としては何も失礼なことはなかったと思うんですけど…
「いやいやいや!何も失礼だなんて思ってないですよ?僕はそんな大層な人間じゃありません!華族の爵位もあってないようなものですし」
「うむ。2人とも、気にするでないぞ。我が夫はそんな器の小さい男じゃありんせん」
「あ、ありがたきお言葉…!」
女性の方が堅苦しい言葉でお礼を言うが、それも大丈夫なんだけどね。
「とにかく楽に話してください。僕はシリュウ・ドラゴスピアです」
「妾は妻のベアトリーチェ・ドラゴスピアであるぞ。まぁ知ってはおろうが」
僕達が自己紹介すると、2人は姿勢を正して凛々しく名乗った。
「私はナナリと申します。『漆黒の盾』の副リーダーを務めているB級冒険者です。そこのバカ…テオドーロとは孤児時代からの腐れ縁です」
「僕はカトリと言います。『漆黒の盾』の庶務長…と言う名の雑用係をしているC級冒険者です。ナナリの弟です」
ナナリさんとカトリさんね
そしてナナリさんは続ける。
「この度はご迷惑を…このテオドーロはコウロン・ドラゴスピアの大ファンでして…そのお孫さんさんであり、今皇国で最も勢いのあるシリュウ様が憧れなのです…」
なるほど、じいちゃんのファンの人ね
シルベリオさんみたいなものか
「まぁじいちゃんがすごいのはその通りだね。僕はまだまだこれからだよ。冒険者の知り合いとかもいないから仲良くしてくれたら嬉しいな」
「ほ、本当ですか!?……華族様なのにそんなに私たちと同じ目線で話してくださるとは…」
ナナリさんはまだ僕に対して華族と接するような形になっている。
「ほんとほんと。てか僕もこの春まで村暮らしの田舎者だったから。華族扱いされることに慣れてないし、得意じゃないんだ。敬語もやめて友人のように話してくれると助かるよ」
「わかりま……わかったわ。改めて『漆黒の盾』よ。よろしく、シリュウ准将」
ようやくナナリさんがフランクに話してくれた。
よきよき
すると地に伏せていたマストロヤンニさんが起き上がり、ナナリさんに物申した。
「止めるな!ナナリ…!俺は今千載一遇の好機を掴もうとしている…!」
それに対して般若の形相で腕を組むナナリさん
……2人の力関係がよくわかるよ…
「いきなり雇ってくださいは失礼でしょうが!まず面識を得なさいって何度も言ったでしょ!シリュウ准将にとってあんたはただの不審者なのよ!」
「………なっ…!?」
ガーンという心に傷を受けた音が聞こえてきそうなくらい絶望の表情を浮かべるマストロヤンニさん
いやまだ雇わないと決めたわけではないけど…
「それに…『漆黒の盾』はどうするの!?あんたを慕ってついてきた孤児出身のメンバーはあんたについていきたがるわよ?……それに…私だって…」
そう言ってマストロヤンニさんの胸ぐらを掴んで涙目で問い質すナナリさん
さっきもナナリさんはマストロヤンニさんと孤児時代からの付き合いって言ってたから『漆黒の盾』は孤児出身者の集まりなのかな?
「まぁご両人、落ち着いてくりゃれ。妾はともかくシリュウが混乱しておる」
僕が若干話についていけてないことを察したビーチェが2人を宥めてくれる。
そんな中『漆黒の盾』の3人の中で一番落ち着いていたカトリ君が説明してくれた。
「失礼しました。我ら『漆黒の盾』はテオドーロを中心としたサザンガルド周辺地域の孤児出身者を中心としたクランです。繋がりとしては他の利益で繋がるクランと違い家族のようなものだと思ってます」
なるほど
同じ境遇の人達が力を合わせてやってきたクランか
「なら繋がりはとても強そうだね?マストロヤンニさん抜けて大丈夫なの?」
僕が問うと、ナナリさんは俯きながら答えた。
「……おそらく持たないわ….『漆黒の盾』はテオドーロ・マストロヤンニという人物の圧倒的な力で成り立っているから…」
『漆黒の盾』はマストロヤンニさんのワンマン組織なのか
そしてナナリさんは涙を流しながら続けた。
「でも…!テオは10年間私達のために戦ってきた…!今夢を追いかけるテオを止める資格なんて…本当はテオに養われてるだけの私達にはないのに…行ってほしくない…離れたくない…」
「姉ちゃん…」
「……ナナリ……」
ナナリさんの心の叫びに、カトリ君とマストロヤンニさんも沈痛な面持ちになっている。
ビーチェも難しい顔をしている。
「ふぅむ…確かに妾としてはSランク冒険者のマストロヤンニ殿が我が家に入ってもらえるならこれほど嬉しいことはない」
「やっぱりそうなの?」
「シリュウは知らぬだろうが、マストロヤンニ殿はサザンガルド屈指の強者じゃ。一騎討ちなら勝てるものはサザンガルド領邦軍にもおらぬじゃろうて」
「え!?そんなに強いの!?」
「うむ。こやつ5年前の武闘大会の時に若いながら準決勝まで勝ち残っておる。それに準決勝で負けた相手もあのファビオ中将じゃぞ」
「は!?めちゃくちゃ強い人じゃん!」
ファビオ中将なんて皇国最強の人だ。
その人にだけ負けたなんて、実質サザンガルド一の強者と言っても過言ではないだろう。
かなりできる人だとは身のこなしで思っていたが、そこまで強いとは思ってもみなかった。
「……たまたま…運が良かっただけです…」
マストロヤンニさんは謙遜して言う。
「いやいやいや…めちゃくちゃ強いですよ。僕より強いんじゃ?」
僕がそう問うと
「それはないのう」
「それはありません…!」
「それはないわ」
「それはないですよ」
一斉に否定された。
解せぬ。
しかしどうしたものか
僕としては、サザンガルド一の強者と名高いマストロヤンニさんは是非とも引き入れたい。
あまり知らない人であることや雇用費用を差し引いても、確保したい人物ではある。
マストロヤンニさんも僕にかなり好意的なので信頼関係の構築は難しくなさそうだ。
しかしそれなら残された『漆黒の盾』のメンバーが立ち行かなくなる。
それも僕としては本意ではないので、なんとかしてあげたいが……
カラーン!カラーン!カラーン!
そんな僕の思考を遮るように冒険者組合本部に鐘の音が響き渡る。
それも明らかに力強い鐘の音なので、警報の意味合いである鐘の音ということは、初めて冒険者組合に来た僕でもわかった。
鐘の音源の方に目を向けると、カウンターの奥の扉から出てきたサザンガルド冒険者ギルド長のチェリオ・グッチさんが鳴らしているハンドベルを大きく掲げていた。
そしてグッチさんはひとしきり鐘の音を鳴らし、ギルド中の視線を集めた後に大きな声で叫んだ。
「サザンガルド本家から緊急クエストだ!!シエナ丘陵に魔獣の大群が迫ってる!!骨のある奴は大講堂に集まりやがれー!!」
シリュウ「緊急クエスト…?」
ビーチェ「これはただごとではないのう…」




