【閑話】コウロン・ドラゴスピアの追想(中編)~皇帝の愚行は龍を起こす
あれは、儂が15歳でシンキ様が21歳の時、艶やかな桜の花吹雪が舞う春の日のことだった。
儂らが住んでいるコウ一族の領地は、東方大陸の中でも北東に位置する山岳地域で、中央には皇帝が住まう都があったが、そんな中央の政争とは無縁の地域であった。
そんな田舎の地域になんと皇帝がコウ一族が治める街へ視察に来ることになったのだ。
儂はなぜ皇帝がこんな山奥に来るのかと疑問に思ったが、どうやら皇帝はこのコウ一族の領地にある温泉に興味を持ち、視察という名の遊行に来るのだと言う。
こんなに世の中が乱れているのに、あまつさえ敵対勢力にも近いコウ一族の領地へ安穏と遊行に来るとは、どこまで頭がお花畑の君主なのかと信じられない思いをしたのを覚えている。
しかし腐っても皇帝なので、コウ一族の方々は謹んで皇帝を受け入れる準備をしていた。
そして皇帝がコウ一族の屋敷に来た日
シンキ様は、皇帝の案内役を当主様から申し付けられたのだ。
当主様曰く「皇帝は美しい女性に目がない。シンキを案内役にさせて、あわよくば皇帝を取り込む」のだと言う。
シンキ様があの評判の悪い皇帝の案内をさせることに儂は大層不満であったが、当主様の決定に一兵士が異を唱えることなどできぬ。
何事も起こらないように祈っていたが、その祈りも無駄だった。
「ほぅ…!これはこれは美しい娘じゃのう!ほれ、もっと近うよれ!」
皇帝はシンキ様を見るや否や不躾な視線を隠そうともせず、シンキ様の体を無遠慮に触れていた。
「ありがとうございます。しかしワタクシごときが近う寄るなど畏れ多いことでございます」
シンキ様は困りながらも、皇帝相手に明確な拒否などできるはずもなく、ただただ皇帝の愚行を笑顔で耐え忍んでいた。
儂も皇帝の愚行に怒り心頭だったが、当のシンキ様が毅然と対応されておったから、儂も我慢していた。
しかし皇帝が一線を超えることをする。
夜も更け、シンキ様がお休みになられる寝所に、皇帝が現れては、護衛の儂を突き飛ばして言った。
「コウ・シンキよ!余のものとなれ!」
唐突な皇帝の求婚に儂は焦り、驚いた。
シンキ様がいつか嫁に行くのは仕方がないとは思ったが、こんな下賤な奴には嫁いでほしくない。
「ありがとうございます。しかしその申し出は父に…」
しかしシンキ様は冷静に対応していた。
「余の申し出を断るのか?コウ・ホンシに聞かずとも良いではないか!」
「しかし…」
「ええい!何を勘違いしておる!そなたは余の妻になるのではない!所詮子を作れぬのだろう?だから愛妾として囲うと言うのじゃ」
愛妾?
こいつはシンキ様を何だと思っているのだ。
「そ、それは……困ります…」
「何が困るのじゃ!余の愛妾などこれほど名誉なことはあるまい!ほれ余が其方の体を試してやろうぞ!」
「…きゃっ!…嫌っ…!」
皇帝はそう言って、シンキ様の着物に手をかけた。
そこからのことはあまり覚えていない。
正気に戻った時には、儂の手は真っ赤に染まり、儂に縋り付き泣いているシンキ様と、目の前に皇帝だったものがあるだけだった。
「そ、某は……一体…」
「いいの…あなたは悪くない…!…ワタクシのために…ロンの綺麗な手を紅く染めてしまった」
シンキ様は儂を慰めてくれるが、正気に戻った今だからわかる。
儂はとんでもないことをしてしまったと
これが当主様に知られれば、打ち首も同然
シンキ様もどうなることかわからない。
しかし黙って見てろと?
そんなことは選択肢にはなかった。
どうせ時が戻っても同じことをしている。
ならば儂が取るべき行動は一つだった。
「シンキ様…こんなことをした某が言うのはお門違いかもしれませんが、言わせてください」
儂はシンキ様を見つめ、思いの丈を込めて言う。
「某と逃げましょう。遠くに」
そしてシンキ様は涙を拭い、はっきりと答えた。
「はい。どこへでもあなたについてまいりましょう」




