第13話 サザンガルド晩餐会⑥~『学校園』
冒険者の『白銀の剣』クランリーダーのバルトロ・インカンデラに絡まれたと思ったら、『黄金の槍』クランリーダーのカタリナ・ジュンティさんに庇われ、さらに『漆黒の盾』クランリーダーのテオドーロ・マストロヤンニさんがインカンデラを蹴とばし、サザンガルド冒険者組合の長であるチェリオ・チェリオさんの仲裁もむなしく、2人の喧嘩が勃発しようとしたが、軍都庁長官のウベルト・ヴェントゥーラさんが治めてくれた。
なんか混沌とした流れだったな……
それにしても大の大人の暴力沙汰(というよりマストロヤンニさんが一方的に蹴った)があったのに、参加者の面々は騒動等気にせずに、晩餐会を楽しんでいる。
「サザンガルドは軍都じゃぞ?晩餐会で暴力沙汰など珍しくもあるまい」
ビーチェの一言で納得した。
そういえば晩餐会とやらは、僕は皇都セイトでしか経験がなかった。
皇都セイトは上級華族の参加者が多く、格式張って豪華絢爛な晩餐会が多かった。
しかしサザンガルドは今日の雰囲気だと、セイトの晩餐会よりかは比較的カジュアルだし、暴力沙汰もそんなに騒動にならない。
街によって文化が違うのだと僕は感じた。
そして冒険者達が僕達の席を離れたと同時に、話しかけてくる女性がいた。
「ふふふ、ベアトリーチェよ。そなたとんでもない御仁を捕まえて来たね」
その女性はビーチェよりも長身で、腰まで届く黒い長髪をした妖艶な女性だ。
漆黒のドレスと相まって、なんというか…魔女のような雰囲気を纏っている。
「クレメンティーナ先生!お久しぶりなのじゃ!」
「久しぶりだねぇ。初めましてだよ、ベアトリーチェの可愛い旦那様。私はクレメンティーナ・ヴェルドーネだよ。サザンガルド学院の長をやっている。ベアトリーチェは私の可愛い教え子の一人だよ」
この人がビーチェの恩師の方か。
「こちらこそ初めまして。シリュウ・ドラゴスピアと申します。お会いできて光栄です」
「ふむふむ……学院にいたころは浮いた話が一つもなかったベアトリーチェが婚約したと聞いて驚いたが……なるほど……そなた年下好きだったのね?」
「そ、そういうわけじゃないのじゃ!たまたまシリュウが年下であっただけで、妾はシリュウ個人を好いて結婚したのじゃ」
「………ほぅ…?…ベアトリーチェが好いた男…?それは大変な猛者なのね」
「…ビーチェが好きだから猛者?どういうことですか?」
「簡単な話よ。ベアトリーチェは幼少の頃より、このサザンガルドの同世代の中では男女含めて抜きんでた武を有しておっての。言い寄られることはあっても、ベアトリーチェから言い寄ることなんでなかった。それはベアトリーチェ自身より弱い男は恋愛対象にならないことによるものね」
なるほど…自分が一番強かったから周りの男性とは恋愛関係にならなかったのか?
「……クレメンティーナ先生…?あまりシリュウの前で妾の昔のことなど話さないでくりゃれ?」
ビーチェはおずおずとクレメンティーナ先生にお願いした。
随分下手に出たお願いだな……
クレメンティーナ先生には逆らえないのかな?
そんなビーチェのお願いを聞いたクレメンティーナ先生は小さく驚いた顔をして言う。
「これはこれは……あのベアトリーチェがこんな乙女のような感情を持っているなんて驚きだね。ではそこの可愛い旦那様にいいことを教えてあげよう」
「いいこと?」
「うむ。このベアトリーチェを私は幼少の頃より見ているが、恋人と呼べるほど親しい男性の存在はなかったと思うわね。そもそも初恋すら来たのかも怪しい」
「…それは嬉しいですね。僕も初めての人がビーチェです」
「そうかそうか…!それは初い夫婦だねぇ。末永くこの子のことよろしく頼むよ」
「もちろんです。必ず幸せにします」
「わ、妾だって!シリュウを幸せにするのじゃ!」
ビーチェは顔を真っ赤にしながら僕の手を握り笑顔で言い切る。
やっぱり、ビーチェは素敵な女性だな。
「色恋に目がくらみ選択を誤らせるとは、随分と不完全な教育を推奨しておられる」
そんな和気藹々とした空気をぶち壊す剣呑な声が割り込んで来た。
その男性は、スキンヘッドで体格が大きいスーツの男性だ。
「これはこれは……慶事の空気をぶち壊すあまりも教養のないことをおっしゃるのは、時代遅れの教育を施し、若者の可能性を狭めているペトルッチ先生ではありませんか」
このペトルッチ先生とやらに倍返しの嫌味を返すクレメンティーナ先生
ビーチェは汚物を見るような目でペトルッチ先生を見ている。
(……自己紹介しておいた方がいい?)
僕は小声でビーチェに確認する。
(…こやつは士官学校の学校長…ヴィリジオ・ペトルッチ……無視で良いのじゃ…こんな奴……シリュウは喋らなくて良い…妾に任せるのじゃ)
ビーチェから無視指令が出たので、僕はこの場の空気と同化するように沈黙した。
「ふん。ベアトリーチェ様が学院なんぞに入るから、どこの馬の骨ともわからん輩がベアトリーチェ様に近づいたではないか。ベアトリーチェ様のお相手にはロッコがふさわしい。オルランド様もロッコとベアトリーチェ様の見合いを調整するとお約束していただいたのに……」
「……お言葉ですがのう。その見合いは妾が直々に断りました。ロッコ本人にも何度も言っておりますゆえ」
「ベアトリーチェ様…ロッコは我が士官学校の筆頭生徒であり、歴代の筆頭生徒の中でもとびきり優秀な男です。きっと皇国軍でも領邦軍でも輝かしい道を歩むに違いありません。そんな約束された未来を歩む者こそあなたの伴侶に相応しいのでは?」
「相応しいか、相応しくないの問題じゃありんせん。妾はこのシリュウ・ドラゴスピアという男とともに生涯を過ごすと決めたのじゃ。それに我が夫はすでに海軍准将であり、現役の王家十一人衆じゃ。この男以上に今輝かしい道を歩いている者などこの皇国にはおりますまいて」
「………しかし……!」
「くどい!ここは妾とシリュウの婚姻を皆に報告する場じゃ!…祝福どころか、他の男性との婚姻を進めるとは…士官学校はそのような非常識な教育を施しているのかや?…これは早々に士官学校を改革せねばなるまいな」
「いえ!我が学校の教育方針に改革すべきところなどございません。皆立派な軍人として世に送り出し続けておりますゆえ」
「そなたの振る舞いを見て心配しておるのじゃよ。我が夫を貶すような輩なぞ、人を見る目がなさすぎる。そんな男が未来ある若者の将来を左右しておることに妾は危機感を覚えておるぞ」
「……恋は盲目とも言いましょう。ベアトリーチェ様は一時の病に罹患されておられる。若い時にしか罹患しない病に…」
おいおいおい
僕のことは良いけど、ビーチェが病にかかっているなんて、なんて無礼な奴だ。
僕もそろそろ我慢の限界だ。
文句を言ってやる。
「あらあら……このシリュウ・ドラゴスピア様にお会いして何も感じないと?」
その前にクレメンティーナ先生がペトルッチに言う。
「……貴様は感じるというのか?」
「感じるも何も、この方の実績を見て判断しているだけよ。この方は王家十一人衆全員に認められて王家十一人衆入りしている。そこには皇国最強のファビオ・ナバロ中将に、マリオ・バロテイ少将、さらに生ける伝説のルイジ・ブッフォン大将とアレス・デルピエロ大将も…またサンディ・ネスターロ中将やレア・ピンロ少将と皇国が誇る参謀たちまで名を連ねている……あなたはこの方々よりも審美眼が優れているというのでしょうか?」
「…………ぐっ…!?」
おぅ…これはクレメンティーナ先生の鋭い口撃が刺さった。
「しかし…!」
まだ食い下がろうとするペトルッチ
「それまでだ。ヴィリジオ」
そのペトルッチの方に手を置き制止するのは、ビーチェの実父であるオルランドさんだ。
「…オ、オルランド様…!?」
「ベアトリーチェとロッコの見合いを実現できなかったのは私の落ち度だ。その前にベアトリーチェが運命の人と出会ってしまった。しかし私はこの子の親としてこの縁談を心から祝福している。皆には公言はできていないが、シリュウ殿は我が家の恩人なのだ」
「お、恩人?」
「そうだ。シリュウ殿は、類まれなる武で我が家を…我が街を救ってくれたのだ。その見返りとしてシリュウ殿が求めたのがベアトリーチェとの結婚だ。ベアトリーチェも望んでいたから私はこの結婚を賛成した。それはシリュウ殿が皇国軍に入り活躍する前だけどね」
「………オルランド様から見て、シリュウ・ドラゴスピアは…」
「敬称をつけろ、ヴィリジオ」
「……失礼…シリュウ・ドラゴスピア殿は…どのようなお人でしょうか…」
「類まれなる武を持ちながら、それをひけらかすこともせず、そしてその武を人々のために振るう英雄だ」
「………オルランド様がそうおっしゃるのであれば…そうなのでしょう」
お?
オルランドさんがヴィリジオを宥めたぞ。
2人はどういう関係なんだろう?
「父様とヴィリジオは、士官学校の先輩と後輩の間柄じゃ。ヴィリジオは父様には頭が上がらないらしい」
そうなのか。
確かにオルランドさんの言葉は響いているようだ。
「………私はこれで失礼します」
オルランドさんに諭されたヴィリジオは逃げるようにして去っていった。
その様子をクレメンティーナ先生がニマニマと笑っていた。
………それはそれでどうなんだ…
「父様よ。素晴らしい撃退じゃった。願わくばさっきも助けて欲しかったがのう」
「……ヴィリジオはまだ私の言うことを聞くが、インカンデラはどうしようもない。あの場に行ってもただ騒ぎが大きくなるだけだと思ったのさ。それにマストロヤンニが我慢できないだろうし…」
マストロヤンニさん
さっきインカンデラを蹴とばした冒険者の人か
お話しできなかったけどインカンデラを蹴った時はスカっとしたのでお礼を言いたいくらいだ。
「そうかのう…それであと挨拶に来ていないのは…鍛冶組合と商業組合と軍都銀行の経済界かや…?」
ビーチェがそう確認すると、オルランドさんは首を振った。
「……その3者のテーブルは……鍛冶組合と商業組合の諍いの場になってしまった…軍都銀行の頭取が仲裁に入っているよ…」
おお……なんか問題な人多くない?
まぁ…無理して挨拶に来て欲しいとも思わないけど
そうしてサザンガルドの晩餐会は徐々にお開きの雰囲気に包まれていた。
だいたいのサザンガルドの有力者に会えたから僕は満足だ。
ただマストロヤンニさんとはちゃんと話していないので一度話してみたいなと思った。
そして僕の願いは、意外な形で叶うことになったのだった。




