【閑話】国土大臣の人選
烈歴 98年 7月9日 10時21分 太陽殿(リータの私邸)リータの執務室
規則正しく並んだ書棚に、豪奢とはとても言い難い執務机、部屋も中級役人の執務室と変わらない程よく狭い空間となっている。
皇族の執務室とは思えないほど、質素で合理性に塗れた執務室の主、リータは呼び寄せた皇妹派筆頭華族であり、皇国華族の頂点に立つほどの権力を持つメディチ公爵と皇国の商業行政を司る商業大臣のアンブロジーニ侯爵の3人で、国土大臣の後任について話し合っていた。
そしてリータは先ほどシリュウから提案の受けた人物を推挙することについて、メディチ公爵とアンブロジーニ侯爵の意見を聞いているところだった。
「どう?あなた達から見てこの人は国土大臣としてやれるかしら?」
リータは真剣な眼差しでメディチ公爵とアンブロジーニ侯爵に問うた。
あまりにも突飛な人選だが、メディチ公爵もアンブロジーニ侯爵もその人選について吟味している。
「カッリスト・ルイーゼ男爵なのねん…これはまた…大抜擢も過ぎるのねん。しかし下級華族からしたら、皇妹派に属すれば、大臣に推挙されるやもという期待を煽ることができるのねん。これはこれでありなのねん」
メディチ公爵は、男爵の身であり、商業省の部長級にしかすぎないカッリスト・ルイーゼ男爵の抜擢を肯定的に評した。
「ルイーゼ男爵の娘は、ドラゴスピア家の会計役に就任されたと聞きます。確かにリータ殿下との結び付きは強く、裏切られることの懸念はほとんどないでしょうな」
アンブロジーニ侯爵は、自らの部下の抜擢に対して、あくまでも客観的に評した。
「ルイーゼ男爵を抜擢することで、皇妹派に就く旨みを充分に広報できるし、裏切りの心配もない。属性だけを見れば適任も適任ね。さすがシリュウちゃん。華族社会に疎いとはいえ、本質を見抜く目はさすがねぇ」
リータが若干親バカ(正確には伯母バカ)を発揮しながら言うが、シリュウ自体にはそこまで深い考えはない。
ただ親しい華族を挙げただけであった。
「ただ属性が良くても、そもそも仕事できる有能な人かどうかはどうなの?国土大臣なら地方領主との折衝や建設業界との適切な距離感、タキシラ大学との技術協力の事業もあったはずよ。一介の商業省の役人がこなせるかしら?」
リータはシリュウの人選を褒めつつも、やはり務まるかどうかの審美眼は緩めない。
あくまで『有能な者に相応の地位を』との考えを崩さない。
「その辺りはオレストの方が詳しいのねん」
アンブロジーニ侯爵をファーストネームで呼び、説明を促すメディチ公爵
「インペリオバレーナを討伐していただき、商業省の事業の停滞を防いでくれたシリュウ准将の頼みに応じる形であの者を我が派閥で登用しましたが……いやはや…人は見かけによらぬものですな」
アンブロジーニ侯爵が笑みを浮かべながら首を横に張る。
「ほう?期待を裏切られたか?」
メディチ公爵は鋭い目でアンブロジーニ侯爵を見る。
「ええ、ものの見事に」
アンブロジーニ侯爵ははっきりと答えた。
「それは…どっちの意味?」
アンブロジーニ侯爵の答えがどちらかわからないリータは率直に質問した。
そしてアンブロジーニ侯爵は、端的に答える。
「いい意味で、です。あの者はかなり有能な行政家です」
アンブロジーニ侯爵の答えに、リータは小さく目を見開いて驚く。
メディチ公爵はアンブロジーニ侯爵の答えに予想がついていたのか、表情は変えずにいた。
「ルイーゼ男爵は、我が派閥に入るや否や、すぐさま派閥全員の名前、家族構成、出身や趣味嗜好を調査・把握し、2回目の会合の時には数年来の仲間かのように振る舞っておりました」
「 ええ!?」
「ほっほ!大したものなのねん!」
「それだけでなく、自身が昇格した後も、決して偉ぶらず、部下からの意見を汲み取り、上層部の要請ともうまく擦り合わながら事業を進めています。ルイーゼ男爵は人と人の和に入ること、そしてその和を円滑にさせる能力が非常に高いです。ルイーゼ男爵自体に多くの知識や優れた発想力はありませんが、知識や発想力を持つ部下や有識者を巧みに活用しております」
「華族社会においては最強じゃない?」
「そこまでの人物がなぜ男爵止まりなのねん?」
アンブロジーニ侯爵の手放しの賞賛に対し、リータとメディチ公爵は、今まで抜擢されなかったことを不思議に思った。
それに対してアンブロジーニ侯爵は答える。
「どうやらルイーゼ男爵は出世をしたくなかったらしく、自身の手柄を上司や同僚、部下に譲っていました」
「出世したくない?不思議ね」
「簡単な話です。ルイーゼ男爵は、戸籍上はノースガルドで生まれたことになっておりますが、『神聖児』候補だったようです」
「「!!??」」
アンブロジーニ侯爵の答えにリータとメディチ公爵は流石に驚く。
『神聖児』
それはこの大陸で唯一ある宗教、『女神教』の最大の禁忌
「幼少期には命からがらヘスティア神国から逃れ、ノースガルドにて保護されたそうです。本人から聞きましたので間違いないかと。念の為ノースガルド侯爵にも文にて照会しましたが、真であるとの回答をもらっています」
「『神聖児』……まだそんな文化が残っているのね…」
「……その類稀なる人心掌握術と調整能力にも納得なのねん…そうでないと生きていけないからか…」
「おそらく…本人の望みとしてはあまりに出世しすぎるとヘスティア神国に目をつけられると心配しておりました」
「………バレたら暗殺されるかもって話ね」
「その通りです」
アンブロジーニ侯爵の話を一通り聞き、リータは腕組みをしながら考える。
「属性は適任、能力も抜群…あとは本人の意思と…神国への対策ね…」
うんうんと考えるリータだが、メディチ公爵はリータの背中を少しだけ押した。
「何を考えてるのねん。結論は出ているのねん」
「……やっぱり?ジョヴにはわかるかー」
リータは天を仰ぎながら言う。
「とは言うと?」
そんなリータに対してアンブロジーニ侯爵が確認するかのように聞く。
そしてリータは目を鋭くさせ、アンブロジーニ侯爵に答える。
「ルイーゼ男爵に決めるわ。神国からは責任を持って私達が守る」
そして主人の決定を受けて、答える忠臣二人
「あいわかった。私に任せるのねん」
「仰せのままに」
シリュウの推薦を受けて、ここに新たに大臣となるべき者が決まった。
この抜擢は皇妹派の風をさらに大きくさせる、そんな予感すらあった。
そしてその風を受けて、天に駆け上ろうとするリータは、ルイーゼ男爵が国土大臣になったときの想定をこの瞬間から始めていた。




