第44話 ハンブルグ海戦⑨〜雇用主は人遣いが荒い
烈歴98年6月17日(行軍3日目) シュバルツ帝国 港湾都市ハンブルグ西 アルトナ平原
『ロタ・マテウスはこの皇国海軍少将 パオ・マルディーニが討ち取った。ヴィルヘルム軍は投降せよ』
パオの拡声魔術がこのアルトナ平原に響き渡る。
たった数人の強大な魔術師に翻弄され続けたヴィルヘルム軍の兵士達は、パオの一言で心が完全に折れてしまい、地面に膝を付き、その手に持っていた得物を地面に落とした。
「ンフフフフ!久しぶりに気持ちよく魔術をぶっ放させていただきました。この聖戦を女神に捧げましょう」
このだだっ広い平原で好き勝手に爆魔術を放ったダイヤ・ミュラトールは、まるで久しぶりに散歩に連れて行ってもらった犬のようにはしゃぎながら戦っていた。
そんなはしゃぎっぷりに甚大な被害を受けたヴィルヘルム軍の兵士達は、ダイヤ・ミュラトールを畏怖の目で見つめていた。
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ヴィルヘルム軍を共に火の魔術で包囲していたジャンヌ・ディルクとリクソン・ベタンクールは、戦闘後にお互いの奮闘を労っていた。
「リクソン様!見事な戦いでありました!これも私とあなたの共同作業…はっ…つまり婚約…!?」
「違う違う違う!世間一般的には共に戦って程度で婚約にならないよ!?まぁ…でもお疲れさん。助かったよ」
「とんでもございません!リクソン様のためなら東方大陸の果てまでも!」
いつもはジャンヌの行動に振り回されているリクソンだが、この窮地にジャンヌ程の魔術師が援軍に来てくれたことは内心非常にありがたいと感じていた。
(…まぁ…こんな遠いところまで駆けつけてくれたんだからお返しは必要か…)
そう思ってリクソンはジャンヌをそっと抱き寄せた。
「!!??リ、リクソン様…!?…その…戦闘後で…少し汗を掻いてしまっているのですが!??」
突然のリクソンからの抱擁に焦るジャンヌ
そんなジャンヌを他所にリクソンは耳元で囁くように言う。
「来てくれてありがとう。ジャンヌ。嬉しかったよ」
「…はぁん…!…リ、リクソン様ぁ…!」
リクソンのお礼の一言に嬉しさのあまり蕩けた表情でその場にへたり込むジャンヌ
そんなジャンヌをよそにリクソンは戦場を見渡した。
「はぁ…これでやっと王国に帰れる。遠足にしては刺激的過ぎたよ。シャルルには臨時ボーナスをせがもうかな」
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拡声魔術で戦場にマテウスを討ち取ったことを告げたパオは戦闘の緊張から解放され、大きく息を吐いた。
「……ふぃ~っ!……久々の大物じゃねん……一歩間違えれば完全にやられていたぬん……流石に帝国の十傑か…」
そして地面に座り込んだところで、マーガレット・ポアンカレがパオに近づき話しかける。
「見事だった、パオ少将。約束通り本気の魔術を見せてもらったよ」
「いやほんと…一回の戦闘で、最近修得した氷の魔術含めてオイラが使える属性魔術を全部使ったのは初めてだろん…疲れた…」
「いやはや風魔術を併用しながら雷魔術で防御したり、あれほど大きな水の塊を形成したのもそうだが、なにより修得して日が浅いであろう氷魔術の見事な形成術だ」
「あんたが教えてくれたろん?氷魔術はイメージが重要って。使用しない魔術についても詳しいなんてさすがポアンカレだにー」
「はっは、優秀な氷魔術師に聞き取りして、何が氷魔術の質に影響しているか調査・研究した結果さ」
「流石だろんね。王国に通うのも面倒だとは思ったけど、リアナとともに魔術の鍛錬をするならそれもいいかと思ってきたんじゃもん」
「おお!そう言ってくれるか!まだまだ色々あるぞ!パオ少将程の魔術師なら応用の幅は無限大だ!」
「ま、まぁ…詳しくはこの場を片づけた後にしようさ…」
「む。それもそうだな。そしてそこの爺はどうするんだ?止めは刺さないのか?」
「え?」
マーガレットの言わんとしていることが理解できなかったパオは、死んだと思われるマテウスの方に目を向ける。
するとマテウスの手がピクっと動いたではないか。
「…がっはっは……バレてしもうたか……このまま死んだふりをして機を見て逃げようと思うたが…」
なんとマテウスはまだ息があり、しかも逃げようするほどまで気力があるではないか。
「うっそでしょ…胴体に風穴空いたじゃん…?…何で生きてるにー?」
マテウスの生存に驚愕するパオ
マテウスは弱弱しくも笑いながらパオに答える。
「…はっは…青いのう……其方の槍が儂の体のど真ん中を貫いたじゃろ…?……こんなこともあろうかと、主要な臓の物は、肋骨の中に隠しておいた……致命傷を避けるためにのう…」
「ぎょっ…!そ、そんなことが可能なのかろん……」
「…一発限りの裏技じゃがな……しかしそれでもこの場は動けぬ……この傷のせいで三月は動けそうにないわ…」
「逆に三月で動けるのか……化け物じゃないかろん?」
パオはマテウスの生命力にドン引きしている。
そんなマテウスにマーガレットが興味を抱いた。
「ふむ…興味深いな。どうやって臓の物を肋骨の中へ移動させたのだ?そのメカニズムを知れば、魔蔵の位置も任意に移動できるやも…」
「……特殊な呼吸法で移動するのじゃ…どうやってやるかは大変な修行が必要じゃぞ…?がっはっは…」
「なるほど…パオ少将、こいつの身柄はポアンカレで預かっていいか?こいつの身体を研究させてもらう」
「…べ、別にいいけど…持って帰るの?」
「ここで生き残ってもハンブルグ軍に引き渡すしかあるまい。そこの爺も討ち取られたと戦場中に喧伝されてしまっては生き恥を晒すだけだろう。武術師という人種は命以上に誇りを重要視する傾向にあるからな」
「…これはこれは…その通りじゃわい…もはや十傑…いや武術師としての儂は死んだ…なら王国に行ってのんびり過ごさせてもらってもよかろうかのう…」
「のんびり?何を勘違いしている。傷が癒えるまでは待ってやるが、その後は我が研究所の研究のために働いてもらうぞ」
「…がっはっは…儂の雇い主は……いつも人遣いが荒いのう…」
そう愚痴るマテウスだったが、その顔には負の表情は見られなかった。
リアナ「ジャンヌさんのことしっかり抱きしめて、やっぱりその気はあるんじゃないですか?」
リクソン「まぁ帝国まで援軍に来てくれたんだ。ああやって期待に応えないと悪い気がして」
マーガレット「おそらく逆効果だな。ほら火がついたぞ」
ジャンヌ「リクソン様ぁ!婚姻誓約書を持ってまいりました!あの抱擁は私からのプロポーズを受諾した証!さぁ!夫婦になりましょう!」
リクソン「」




