第37話 ハンブルグ海戦②〜ハンブルグが静かな理由
烈歴98年6月15日(行軍1日目) 帝都シュバルツシュタット 郊外 帝都東街道
帝都東街道を物凄い速度で行軍していた私達は、先行していたジョルジュ大佐の部隊約80名と合流し、帝都にヴィルヘルム軍が迫り、リータ殿下達は陸路でノースガルドに撤退したことをジョルジュ大佐と共有した。
「て、帝都に20万の兵!?だ、大丈夫なんですかい!?」
それを聞いたジョルジュ大佐は飛び上がりそうなほど驚くが、それもそうだろう。
私も帝城で聞いた時はどうなることかと涙してしまったのだ。
「リータ殿下達は、シリュウっちが必ずノースガルドまで連れてってくれるさ。それにサンディの策はまだ奥がありそうだぬん。オイラ達はオイラ達のやるべきことをしよう」
パオは何の心配もせずに言う。
シリュウ准将のことを本当に信じているのね…
羨ましい……シリュウ准将…
パオの力強い言葉を聞いてジョルジュ大佐も覚悟が決まったようだ。
「そうですかい。なら俺達も覚悟を決めますかね……リータ殿下の方針は?」
「兵士全員の生還だろん。船は捨てていいってさ」
「ふ~む。俺達の命を大事に思ってくれているのはありがたいのですがねぇ…船乗りとしては船を置いて逃げるのに抵抗がありやすなぁ…船を枕に死ねれば本望ですし」
生粋の海の人のジョルジュ大佐は、船を見捨てることに抵抗がある模様だ。
ジョルジュ大佐は、魔術師での実力で実績を上げたパオと違い、海に生きて、その海に生きる力を評価されて、平兵士から大佐にまで登りつめた叩き上げの将校だ。
船に対する愛着は、海軍でも一、ニを争う人物だろう。
そのジョルジュ大佐の言葉をパオが珍しく厳しく制した。
「ダメだ。船とジョルジュじゃ釣り合わない。這ってでも皇国に連れて帰るよ」
パオが時たま見せる将軍の顔だ。
そのパオの言いようにジョルジュ大佐は苦笑しながら言う。
「へ、へいへい。言ってみただけでさぁ。とにかくハンブルグに戻りやしょう。もう少し急げば夜の内にはハンブルグに着きやす」
今は夕方に近い昼の時間帯
朝から結構な速度で行軍しているが、ジョルジュ大佐の部隊は大丈夫なのだろうか?
「にー。オイラ達は大丈夫だけど兵士達は大丈夫なのかろん?」
「はっは。今回連れてきたのは第一艦隊の中でも俺自慢の荒くれ者達でさぁ。これくらいの散歩程度ではへこたれやせんよ。さぁ急ぎやしょう」
そう言ってジョルジュ大佐は部隊に大きな声で指示を出す。
「おめぇら!もっと速くだ!歩くなぁ!走れぇ!ハンブルグに一番最後に着いた奴は、シリュウ准将の修業に付き合わさせるぞぉ!」
「ひぃいい!シ、シリュウ准将の修業……!?」
「そ、そんなのごめんだぞ!?俺は先に行く!」
「ず、ずるいぞ!待て!」
「ここからハンブルグまで全速力した方がマシだ!」
ジョルジュ大佐の檄で、兵士達は目の色を変えて、ハンブルグを目指して疾走していった。
その光景を見たベタンクール都督は、顔を引き攣らせている。
「………あの兵士達がそんなにビビってるシリュウ准将の修業って…そんなにヤバいの…?」
「………あのシリュウっちの修業じゃもん……とんでもないおろろん……」
「……そりゃあ……あんなことずっとしてたら……あんなに強いのも…納得です…」
「精神衛生を良好に保つため、聞かないでおこうかな…!」
私達3人は、どうか兵士達全員が同時にハンブルグに入り、最後尾の人が存在しないことを祈りつつ、全速力でハンブルグを目指す兵士達の後ろに続いた。
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烈歴98年6月15日(行軍1日目) 19時25分 港湾都市 ハンブルグ
ジョルジュ大佐の檄もあり、兵士達はとんでもない速度で行軍したことで、私達は出発したその日のうちにハンブルグに到着することができた。
行軍の速度は早かったため、最後尾の兵士の罰はないようだ。
本当によかったね……
ハンブルグの街は、明かりが必要最小限で、行きに感じた静謐さは相変わらずだった。
「行きもそうだったけど、相変わらず静かな街だろんねー」
「ん~でもこれが普通なのかなぁ…帝国三大港湾都市よ?もっと活気が溢れていたはずなんだけど…」
「俺も昔来た時はもっと活気がありやした。この光景は異様ですぜ」
私達3人はこのハンブルグの街の静けさに疑問を抱いていた。
「ははは、これには理由があるんだよ。帝都でバルター将軍に聞いてきたよ」
ベタンクール都督が言う。
「そ、そうなのですか?」
私はベタンクール都督に問う。
「そうさ、この静けさは帝国軍が意図的に作り出した状況なんだよ」
この状況で静けさを意図的に作る……?
いや違う……結果的に街が静かになっているだけだ……
つまり人の流れがなくなっている…それは……
「…あっ!」
私はベタンクール都督の発言からこの状況になっている真実に辿り着いた。
「お?気づいた?流石リアナ少尉だね。良妻賢母ってやつ?ははは、パオ少将が羨ましいね」
「…からかわないでください……この状況は帝国軍がハンブルグの襲撃を警戒していることによるものですね?」
「その通りさ。なんとバルター将軍はこの時期にハンブルグが海から襲撃されることを読んでいたんだよ。だからハンブルグの住民は軍関係者や街の機能を維持する人員を除いて近隣の街に避難しているのさ」
流石は大陸最大の軍隊である帝国軍の総司令…フリッツ・バルター将軍だ。
その慧眼は未来までも見通している。
「……サンディといい軍の参謀はどこまで先を読んでいるのかろん?…」
「俺にはもう理解できねぇ領域ですぜ……」
パオとジョルジュ大佐がバルター将軍の読みの深さに感心を通り越して呆れている。
それに対してベタンクール都督は同じ軍司令としての気持ちを代弁した。
「ははは、やはり僕達軍の司令は、兵士の命を預かるからね。一つの判断で数百、数千もの命を散らしてしまいかねない。だから可能な限り不確定要素は除いて、最善の策を常に考え続けるのさ。その結果こんな感じで先を読むことに行き着くんだよ。ははは、楽な役職じゃないねぇ。早く後進を育てないと」
「……いやあなた…若いじゃないですか…」
私はベタンクール都督の軽口に突っ込んでしまう。
「まぁまぁ、ほら、あそこを見てごらん。バルター将軍の読み通り、哀れなタレイランの船団が帝国海軍と相対しているよ」
ベタンクール都督が指をさした先には、ハンブルグの近海で帝国海軍の艦隊と向き合っているタレイランの船団がいた。
「この時間からは海戦はできないでしょうなぁ…勝負は明日ってことですかい?」
「そうだろうね。まぁあの帝国海軍のおかげで、皇国の船も無事みたいだよ。これは船で皇国に帰れる芽が出てきたんじゃない?」
「そうですな。残った20人とここにいる80人で船団の航行は問題ありやせん。まぁ戦闘は不安ですがね」
「大丈夫だよ。僕にパオ少将もいるんだ。インペリオバレーナとかじゃない限り大丈夫だよ。ははは!」
「……そんなこと言っているとほんとに出くわしそうだからやめるろん……」
ベタンクール都督の笑えない冗談に呆れた顔をするパオ
そして顔を切り替えて言う。
「決戦は明日だぬん。今日はどこか機能している宿か帝国軍の宿舎に宿泊させてもらおうじゃもん。英気を養って、あの船団を叩きのめして、皇国に帰るんだろん」
リクソン「……帝国海軍とタレイランが分が悪いね。僕達が入ってやっと五分五分かな?」
パオ「う~む。オイラ達のような魔術師が後1人でもこちらにいれば、勝てそうなんだにー」
リクソン「ははは、それは高望みだって」




