第35話 ノースガルドに至る道⑩~龍と獅子
烈歴98年 6月18日(行軍4日目) 10時24分 シュバルツ帝国 ラインハルツ大橋
ラインハルツ大橋でロロ・ホウセン率いる『黒備え』を迎えた僕は、ヒルデガルドが見守る中、ロロ・ホウセンに一騎討を申し込み、受託させることに成功した。
そして僕は、全速力でホウセンの元へ駆けだし、先制の突きを放つ。
ブン!
僕の初撃の突きは容易くホウセンの方天戟に受け流され、僕の突きを受け流した反動を利用し、ホウセンは方天戟を回転させ、僕の首目掛けて横に薙いだ。
ブオン!
僕は瞬時にしゃがみその横薙ぎを躱し、しゃがむと同時にホウセンの足を払うように槍を振った。
ビュン!
しかしホウセンは軽やかに跳躍し僕の槍を躱し、跳躍すると同時に方天戟をしゃがんでいる僕の頭を目掛けて振り下ろした。
ザン!
僕はその振り下ろしを転がるようにして避け、地面を蹴り上げて、ホウセンと距離を取り、半身で構えなおした。
これで一合目は終わりかな。
ほんの牽制のつもりの攻撃しかできていないが、ホウセンの攻撃はそのどれもが必殺の技だ。
それにこちらの攻撃も全て躱された。
攻撃をすべていなしつつ、隙を見てカウンターで必殺の一撃を入れる。
たった一合で僕はホウセンの実力の高さをその身で感じていた。
「……ふぅ…流石…十傑第1位…技も鋭ければ、受けも超一流…いやいや強すぎるね…」
僕がそう言うと、ホウセンもその目をギラつかせて答えた。
「…貴様も…噂以上だ……やはりインペリオバレーナを討伐せしめたのは本当らしいな……久しぶりに血沸き肉躍る死合ができそうだ……次はこちらから行くぞ……!」
そう言ってホウセンは、方天戟をその身で隠すようにしながら僕に突撃してきた。
(…方天戟はどこから来る…!?…読み違えると終わりだ…!)
ホウセンは方天戟を左手側に両手で引くようにしながら、突撃してくる。
定石なら、僕の右側に方天戟を横薙ぎに振ってくるだろうが…
そんな単純な技で来るか?
それに十傑の頂点に立つ男だぞ?
常識の枠に収まらないだろ。
その思考を持っていたから、ホウセンの狙いをいち早く気づくことができた。
ガコン!
「!?」
ホウセンの体から奇妙の音が響き、それと同時にホウセンの左手が人体の構造上ありえない角度で、真上に振りかぶりそしてそのまま上段から方天戟を振り落とした。
僕はその振り落としを槍の柄で何とか防御した。
「………噓でしょ……関節を自分で外したのか…?」
ホウセンは肩の関節を自分で恣意的に外し、人体構造から不可能な範囲で方天戟の振りを放ってきた。
何て奴だよ…
「ほう?よく読めたな……この技を初見で受け止めたのは貴様が初めてだ…」
ホウセンは感心したように僕に言う。
「…常識に囚われず、自分の勘を信じたのさ…それにしても…あんた…無茶苦茶だな…」
「…なに…貴様も…長く戦場に染まれば、これくらいできるようになる…」
「なりたくねぇよ!…おらぁ…!」
僕は槍を強引に振り払い、また距離を取る。
しかしすぐさまホウセンに距離を詰められ、方天戟の猛攻に晒された。
ガキン!
ブン!
シュゴゥ!
僕はホウセンの猛撃を槍で捌き、体を捻らせ躱し、柄で受け止める等して何とか耐え忍ぶ。
そして今度はホウセンの猛撃を回避することに専念した。
エゴンと戦った時と同じように、ホウセンの方天戟の動きに目を慣れさせ、ホウセンの体力を間接的に奪う作戦だ。
凱旋軍が逃亡する時間稼ぎにもなる。
僕はホウセンの一撃一撃を丁寧に読み、その攻撃を躱し続けた。
「すげぇ……あいつ…ホウセン将軍の攻撃にあそこまで耐えるのか…」
「……あの動き…俊敏すぎる…ヒルデガルドといい勝負じゃないか…」
「にしてもホウセン将軍の一撃を受け止められるとは…エゴン並みの膂力もあるぞ…」
ホウセン将軍の部下達が遠巻きに何か言っているような気がするが、僕の耳には届かない。
今目の前の一撃を躱すことに精いっぱいだった。
「……躱してばかりだと…俺の首は取れんぞ……!」
「ぐぅ…!」
痺れを切らしたホウセンが僕が回避できないほど連撃の速度を上げた。
段々と躱しきれず、槍で受け止める回数が増えてきた。
手足には、方天戟が生む鋭い斬撃を躱し切れずにできた擦り傷が増えてきた。
あまりの猛撃に一旦態勢を整えようと、再び距離を取る。
「……そうはさせぬ…!」
ビュンッ!!
「は…!?」
距離を取ると、ホウセンは背負っていた弓を取り出し、僕目掛けて矢を放つ。
その矢は、目でやっと追うことのできる速度で僕の顔目掛けて飛んできた。
ザシュ!
「…いってぇ…!…弓も超一流か……反則でしょ…!」
槍での受け止めが間に合わなかったため、左腕で矢を受け止めた。
「……抜くか…せーの…んぐあぁ!」
僕は左腕に刺さっている矢を強引に抜き取り、左腕から流れる血を気にせず、また槍を半身で構えた。
「…………敵ながら見事よ……痛みはあれど恐怖はないようだな…」
「当たり前だろ。僕が怖いのは『何もできないまま、誰も守れない』ことだ。今ここで腕に矢が刺さろうが、戟に斬られようが、僕は今皇国の仲間たちを守っている。何を恐れることがあるんだ」
「……他者のための武……青いな…」
「自分のためだけに振るう武が大人なら、一生子供でいたいね」
「……貴様にもいずれわかる……他者のために振るう武のなんと虚無なことか…」
「それは武のせいじゃなくて、お前のせいだろ」
「……言ってくれる……大口を叩くのは…俺を斬ってからにしてもらおう…!」
そしてホウセンの方天戟がまた僕に襲い掛かる。
僕はまた槍で捌き、受けに専念することで、ホウセンの攻撃に耐える。
このままではジリ貧だけども、反撃の糸口が見つからない。
ホウセンの武に隙が無いのだ。
ファビオ中将のような技の繊細さ
エゴンのような剛力
ヒルデガルドのような俊敏さ
カチヤ将軍のような無尽蔵の体力
もう何合も打ち合っているが、倒せる未来が全く見えない。
どこかに勝機はないか……
僕はホウセンとの打ち合いの中に勝機を見出そうとするが、打ち合えば打ち合うほど、僕とホウセンの実力差を痛感してしまう。
技は、ホウセンの目に見切られる。
力は、ホウセンの力に押し切られる。
未だホウセンと何とか戦えているのは、僕の心が折れていないからだ。
しかしそれも時間の問題かもしれない。
それほどまでにこのロロ・ホウセンという男は強い。
でも何もしないままなら、ジリ貧だ。
僕は覚悟を決めて、一気に自分の槍の型をホウセンに打った。
「…一の型…『連』…!!」
「…!」
槍を突き、斬り、振り落とし、また斬り、突いて、突く。
怒涛の6連撃をホウセンに叩き込む。
「…まだまだ…二の型…『旋風槍』!」
体を何週も回転させ、回転の反動で一気に槍を横なぎに払う。
ガキィン!
その横薙ぎはホウセンの方天戟に受け止められた。
そしてその方天戟に足を掛け、僕はホウセンの真上に跳躍し槍を下向きにして、浮いた体と共に地面に突き刺すようにして振り下ろす。
「…参の型…『落雷槍』!」
ドゴオン!
「…むぅ…!鋭い…!」
振り下ろした槍はホウセンに躱され、地面には大きな穴ができた。
「……肆の型……『投龍』…!」
ホウセンが躱した先に、僕は槍を全力で投げる。
「……何……!?」
ガキィン!
ホウセンは瞬時のところで方天戟で僕が投げた槍を上空で打ち払った。
僕は一気に跳躍し、上空に打ち上がった槍を掴んで、地面に着地する。
「……伍の型……『飛龍』!」
僕の連撃は終わらない。
僕はホウセンと少し距離があったが、ホウセンには到底届かなかったが…その場で槍を真っすぐ突いた。
ビュン!
「……何だと…!…ぐっ……!」
僕の突いた槍から生まれた飛ぶ斬撃が、ホウセンの胴に命中した。
この技は、少し離れたところからも攻撃ができるが、威力が低いのが難点だ。
今の一撃も有効打ではないだろうが、ホウセンに初めて一撃が入ったのだ。
素直に喜びたい。
「……飛ぶ斬撃とは…面白い技を…!」
「…まだまだあるよ……陸の型……『昇龍』!」
僕はホウセンの懐に潜り込み、その場で槍を構え、螺旋を描きながら跳躍した。
ガキィン!
「…くっ…!」
ホウセンの胴体を突き刺して、上空へ打ち上げようとしたが、また方天戟でいなされる。
しかしホウセンの態勢は崩れている。
「漆の型…『剛龍』!」
崩れているホウセンの態勢を見て、僕はすかさず、槍の柄を突き出しながら、ホウセンへ体当たりをした。
「ぐは…!」
槍の柄が鳩尾に入り、少し呻くホウセン
型を放ち続けている僕の体も限界に近いが、千載一遇の好機
ここで決める…!
「捌の型……『八岐龍頭』!」
ガキン!
ガキ!
キィン!
体当たりを受け、ふらついているホウセンに目掛けて槍の8連突きを放った。
「…なんの!……これしきの技で……俺が倒せるか……!」
ふらつきながらも8連突きの全てを捌ききるホウセン
次で最後の一撃だ。
これで決める。
「玖の型……『穿龍』…!!」
そして目いっぱい槍を引き、全力の直突きを放った。
ガキィイン!!
そして僕の槍は、ホウセンの胴を掠め、ホウセンが纏っていた鎧の一部を破壊した。
しかしホウセンへは致命傷を与えられていなかった。
(まずい!)
「……惜しかったな…!」
そう思ったのも束の間、全力の直突き後の硬直を狙われ、ホウセンの方天戟が僕の体を一閃した。
ブシュッ!!
「ぐあああ!!!」
斬られる直前で、後ろに引いたものの、ホウセンの方天戟は僕の胸から腹を斜めに切り裂いた。
そして僕はその場で膝をつきかけるが、残りの力を振り絞って、ホウセンと距離を取るようにして跳躍し、また半身で構えた。
「……ぜぇ…ぜぇ……今のは…効いた……」
僕がそう呟くと、近くにいたヒルデガルドが驚きながら言う。
「…いや…あんた…真っ二つにされてるのよ…それに血まみれよ…なんで立ってられるのよ…」
「なんで…?……ビ、ビーチェにまた会いたいから……愛の力かな……ぐふっ……」
そう強がって見せたものの口からも吐血した。
肺は焼けるように熱いし、斬られた傷口は痛みがないほど感覚がない。
矢で射られた左腕はもう力が入らなくなってきた。
(…ば、万事休すか…?)
もうこの一騎討の勝ちは望めない。
ロロ・ホウセンという武人は強すぎる。
「……この俺に……ここまで食い下がったのは貴様が初めてかもしれん……その年で見事なものだ……願わくばもう10年後に出会いたかったものよ……」
ホウセンはもう勝った気でいた。
まぁここからの逆転は望めないからな。
でも僕達は一騎討に勝てなくても、負けなければいい。
ここで時間を稼ぎ、リタさん達がノースガルドに到着すれば、僕たちの勝ちなのだ。
「……残念だな…僕はまだまだやれるぞ…?」
僕は不敵に笑い、槍の先をホウセンに向けて、一騎討ちを続行する意志を示した。
「……なんという底力……それだけの傷を負い、まだ俺に立ち向かうか……俺の部下にも貴様のような気概の武人が欲しかったぞ……」
「そうか…じゃあ皇国に来ないか…?お前の部下になってやってもいいぞ?」
「……そのような戯言を言う余裕もあるか……この俺がひと思いに切り伏せてやろう…!」
ホウセンが方天戟を構え、僕に襲い掛かる。
ここまでか。
そう僕は思っていると
ドドドドドドドドド
その瞬間、遠いところから多数の馬が走る音が聞こえた。
その方角はホウセンらがやってきた北の方角から
「……追加の追手か…ここまでかな…」
僕は半ばあきらめたように言う。
この状況で相手の追手が増えるなんて絶望的だ。
しかしヒルデガルドは笑みを浮かべている。
「………いや…あんたの粘り勝ちじゃないかしら…」
「……え?」
僕はヒルデガルドの言うことが理解できずにいた。
しかしその意味はすぐに分かった。
あの騎馬の軍は………戦闘の一騎の指揮官と思われる男性は、一際大きな馬上槍を携えている…
つまり……
「レオンハルト・ラインハルト、只今参上仕った!我が領を土足で踏み荒らす黒い鼠共め!生きて我が領を出られると思うな!」




