【閑話】帝都攻防戦~ハインリヒの終焉
烈歴98年6月16日(行軍2日目) 14時31分 シュバルツ帝国 帝都 シュバルツ帝城 第1特別会議室
ヴィルヘルムが帝城に忍び込ませた密偵の報告を聞いていたのとほぼ同時刻において、帝城内での軍議は紛糾していた。
「に、20万の軍だぞ!?勝てるわけがない!ここは撤退して再起を図り、帝都を取り戻そうではないか!」
頑なに帝城からの撤退を主張するはこの帝都の仮の主である第一皇子のハインリヒだ。
「そうだ!皇子の言う通り!」
「無暗に戦っても兵を消耗するだけである!」
そしてハインリヒ皇子に同調するのは、主に戦に疎い文官達
軍事に通ずる帝国軍の幹部は、ハインリヒ一派の主張する撤退論に呆れてものが言えない。
「ですから…!何度も言うように、帝都は非常に堅牢な都市であります!こちらが3万の手勢でも20万の大軍の攻勢に数日は耐えうる都市なのです!ここは籠城し援軍を待つことが上策!」
この二日間で何度同じことを言ったであろうかとバルターは心の中で愚痴を放つが、これを表に出してもどうにもならないと理解していた。
「…それに撤退してもこの帝都を取り返すのは容易ではない!ヴィルヘルム軍からこの帝都を奪還するには100万の兵が要りますぞ!」
机を強く叩きながらそう主張するのは、鉄血宰相 オットー・ビスマルク
文官達のトップではあるが、元軍人であり軍事に通ずるビスマルクは帝都を放棄することの危険性を十分に理解していた。
この帝都は高い城壁を擁し、帝城に通ずる通路は数か所に絞られており、非常に堅牢な砦でもある。
そのことを誰よりも理解しているビスマルクはこの帝都を放棄した際に、奪還することはほぼ不可能と判断していた。
「し、しかしこのままでこの城が我らの墓場となろうぞ!?ヴィルヘルム軍の全兵力が集結するなら、ヴィルヘルムが擁する十傑達も集結する…その中にはあのロロ・ホウセンもいるのだぞ!か、勝てるのか!?」
ハインリヒは額に汗を流しながら、抗戦派の面々に問う。
「こちらにはゲルト・ミュラー将軍がおりまする!ロロ・ホウセンはミュラー将軍で抑えることができましょう!」
しかしバルターがその質問を一蹴する。
ロロ・ホウセンが最強の武術師であることは間違いないが、この帝都には最強の両術師であるゲルト・ミュラーがいた。
序列こそホウセンの方が上であるが、どちらが強いかの議論は常に庶民たちの娯楽の的だ。
しかしホウセンとミュラーは相対したことがないので、対決したところでどちらが勝つかは誰にもわからないのだ。
だからこそホウセンにそこまで怯える必要はないとバルターは感じていた。
しかしハインリヒは別の切り口で反論した。
「ゲルト・ミュラーなど…信用できるか!彼の者の実家のミュラー家はヴィルヘルムの傘下ではないか!いつヴィルヘルムに裏切るかわかったものではない…!」
「な!?」
ハインリヒの根拠の薄い裏切者扱いに、バルターは開いた口が塞がらない。
それに反論したのは十傑第10位『金鷲』のメスティ・エジルだ。
「ちょっと待てよ。ミュラーの旦那は確かに何考えているかわからねぇが、俺達を裏切るようなタマじゃねえよ!何十年も帝国軍を支えている英雄だろ!」
帝国軍に入隊してからミュラーに可愛がってもらっていたエジルは、ハインリヒの言うことに我慢ならなかった。
「…あ、あの者は…何者なのだ…!それに…いったい何歳なのだ…いつまで経っても少年のような風貌をしていて…気味が悪い…!」
あまつさえミュラーの容姿を貶すようなことを言うハインリヒ
この時点でこの場にいる帝国軍に属する者達全ての心がハインリヒから離れていった。
ドンッ!!!
温厚なバルターも流石に我慢の限界であり、会議室の机を素手で真っ二つに割ってしまった。
「……ミュラー将軍ほどの忠臣の忠誠を疑うどころか、風貌を謗るなど……あなたには人の上に立つ資格などない!!」
「…ひっ…わ、私は次期皇帝だぞ…!」
「それがどうした!今の皇帝は偉大なるカール・シュバルツ・ラインハルト陛下ただ一人!そして我が忠誠を捧げるのもな!…今の帝国軍の大総督は確かにあなただが…今ここで辞表を叩きつけてもいいが如何する…!?」
普段は理知的なバルター将軍のあまりの怒り様に、ハインリヒとその側近たちは震えあがっている。
バルターの鋭い目で睨みつけられたハインリヒは、滝のような汗を流し、周りの側近たちに目で助けを求めたが、誰も応えなかった。
そんな張り詰めた空気を切り裂く温厚な声が会議室に響いた。
「ほっほ。その必要はないぞ、フリッツ。辞表を出すべき人物はお主ではない」
「「「「!?」」」」
その声をする方に目を向けると、いつのまにか会議室の隅で、1人座り込んでいるカール・シュバルツ・ラインハルト皇帝がいた。
「ち、父上…!いつから…そこに…!?」
驚くハインリヒ
「…ほぅ?異な事を聞く。最初からここに座っておったぞ?」
「は…!?」
カール皇帝の発言に驚く面々
実はカール皇帝は、この軍議の当初より文官に紛れる形でこの軍議に参加していたのだ。
この軍議には軍人や文官の多数の人物が参加しており、紛れることは容易であった。
カール皇帝はその場の席から立ち、バルターに歩み寄り、会議机を真っ二つにしたバルターの手を包み込むようにして握りしめた。
「………すまぬな…痛かったであろう…お主にこのような振る舞いをさせたこと、父として詫びよう…」
「…と、とんでもございません!むしろ…お見苦しいところをお見せし誠に申し訳ございません!」
バルターはその場に膝をつきカール皇帝に謝罪した。
「そなたが謝ることはない。これも朕の不始末……この場にいる全ての臣下に詫びようぞ」
「へ、陛下が詫びることなど何もございませぬ!これも我らが至らぬばかり!」
カール皇帝の謝罪を否定するようにビスマルクが制する。
「……オットーよ。そなたには辛い役目を任せてしもうた」
「大任をいただき光栄に思っておりましたゆえ、お気になさらず…!」
「ほっほ。朕は本当に素晴らしい臣下に恵まれておる。……さて…ハインリヒよ…」
「…は、はっ…」
優しい皇帝の顔から厳しい父の顔に変わるカール皇帝
ハインリヒはカール皇帝の言葉を罪人が判決を待つような気持ちで待った。
「このような危機こそ為政者としての器が問われるのは誰にでもわかろう。そしてお主の器はもう皆に見限られたようじゃ。今この時を持って次期皇帝としての地位をカール・シュバルツ・ラインハルトの名を持って剥奪する。お主は妻の実家であるズィーベンで慎ましく暮らすが良い」
「な!?ま、待ってくだされ!ば、挽回の機会を…!何卒…!」
「ほっほ。挽回の機会…?そんなもの最初に与えたではないか」
「…ど、どういう…ことでございましょうか…?」
理解できないハインリヒ
しかしカール皇帝は残酷な事実を伝える。
「次期皇帝に指名したこと…それが挽回の機会じゃった。お主はそれを今ここで棒に振ったのじゃ」
「…な…なん…です…と…」
力なく崩れ落ちるハインリヒ
今ここに次期皇帝を争う者で最初の…いや2番目の脱落者が出たのだ。
「さて、不肖の息子の再教育はこの場を切り抜けてからにしようかのう。朕が今この時より軍の指揮権を預かる。皆の者…朕について来てくれるか?」
「「「「「はっ!!」」」」」
ハインリヒを除くこの場の全ての人間が膝をつき、カール皇帝へ敬礼した。
「ほっほ。さぁ不良息子にお灸を据えてやろうかのう」
帝国を数十年導き続け、大陸の盟主としてに地位を保ち続けた大君主
カール・シュバルツ・ラインハルトの復活の瞬間だった。




