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第31話 ノースガルドに至る道⑥〜カチヤの恋愛事情

烈歴98年6月16日(行軍2日目)  17時11分 シュバルツ帝国 田園都市 カルフ近郊


王猿の率いる群を討伐し、湖畔で小休止した後、僕達凱旋軍は休みなく森を踏破し、陽が沈む前にラインハルトの森を抜け、今日の宿泊予定地である田園都市カルフに到着した。


あのスタンピードを乗り越えて到着した街だけに、街の姿が見えると凱旋軍からは歓声が上がった。


中には泣きながら抱き合う人もいて、各々が一先ず安心して夜を越せることに安堵しているようだった。


カルフに入ろうとすると街の入り口に、数名の兵士と、少し身長が小さいが、身なりの良いお爺さんが立っていた。


リタさんを先頭に入り口に近づいていくと、お爺さんが頭を下げて挨拶をした。



「ようこそお越しくださいました。リアビティ皇国の皆様、私はこの街の町長をしておりますベンノと申します。御事情は帝都からの早馬で聞き及んでおります。今宵は我が街で旅の疲れを癒してくだされ」


「ご厚意痛みいるわ。でも500人近い人数がいるけど、全員が街に泊まれるかしら?溢れそうなら街の近隣で野営をしてもいいのだけど」


「ご心配なく。問題なく泊まれます。ここカルフはラインハルトの森に近く、冒険者や軍人が多数滞在する宿場町でございます。ささ、どうぞ…」


そう言ってベンノ町長と兵士達は道を開けて街に入るよう促した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


烈歴98年6月16日(行軍2日目)  19時30分 シュバルツ帝国 田園都市 カルフ 町長宅


凱旋軍の面々は、カルフの宿に分散して宿泊している。


事前に帝都から僕達が宿泊することを聞いていた町長は、500人が漏れなく泊まれるように事前に宿に通達し、割り当てをして準備してくれていたようだ。


ありがたいね。


僕達幹部は町長宅で、夕食をご馳走になりながら、町長と情報交換をしている。


「なんと…ヴィルヘルム皇子が20万もの大軍で帝都に…!?…それも帝都軍は3万とは…『お館様』に急ぎご連絡せねば…おい!誰か!」


僕たちから帝都の詳細な状況を聞いたベンノ町長は、至急文を認め、部下の人へどこかへ走らせた。


「その『お館様』ってどなたですか?」


僕がベンノ町長に尋ねる。


「この地一帯を治めるラインハルト家の御当主様の『ラインハルト公』でございます」


「ラインハルト公…この地はラインハルト領になるんでしたっけ?じゃあ領主様だ」


「はっは、領主様はまさにそうですが、私達にとっては神にも等しいお方なのです」


「神…?」


「この戦乱の世にあって、かのラインハルト公は争いを好まず、しかし戦は無類の強さを誇る。このラインハルト領はある意味で帝都よりも安全な領地なのです」


「ほぇ〜。十傑や帝国軍以外にもそんな傑物が…流石は帝国ですね。広いや」


「十傑…その存在をありがたがっているのは中央の連中と戦争に明け暮れる無頼者だけでしょうな…」


おっと…ベンノ町長から思わぬ毒が出てきたな。


「詳しく聞かせてもらえるかしら?帝士十傑って帝国の武の誇りじゃないの?」


「武を嗜む者や中央で皇帝の座を争う者たちからすればそうでしょうな。しかし私達のような地方に根に下ろして生活をする人間にとっては、畏怖の対象でございます。いつその武が私達の街に向けられるか気が気でありませんからな」


「その言いようだと…過去にその武を向けられたことがあるみたいね」


「私のような長生きをしている者なら一度や二度ではありますまい。国内の政争のとばっちりを喰らうのはいつだって平穏に暮らしている庶民でありますから」


うーん、この言いようだとベンノ町長は十傑の人が絡む戦に巻き込まれた経験があって、その経験から十傑を嫌悪しているようだな。


ヒルデガルドはバツが悪いのか無言で食事を進めていた。


「それに何も十傑だけが強いわけではありますまい」


「えっ?そうなのですか?てっきり帝国の最強の10人が十傑とばかり…」


僕がそう疑問を呈するとベンノ町長が話してくれた。



「十傑になる方法は2つあります。皇帝による任命と、現十傑に決闘を挑み勝利することです」


へえ、皇帝の任命だけでなく、決闘でその座を奪うこともできるのか。


なんて武闘派な制度だ。


「そうであれば、十傑の座に興味がない者は、皇帝の任命を拒否すればならないことができるということか?」


アウレリオ准将がベンノ町長に確認するように聞く。


「その通りでございます。実際この地を治めるラインハルト公の御嫡男は馬上槍の達人であり、カール皇帝から十傑を任命なされたこともあります。その見目の麗しさから『錦馬公』の異名で知られておりまする」


「ほ、本当に…十傑以外にもそんな達人がいるものですか…」


ビーチェが驚きながら言う。


「それにしても十傑就任は名誉なことじゃないかしら?御嫡男はなぜ断ったの?」


それもそうだ。


十傑になることにデメリットはないように思えるが…


「はっは、それは御嫡男…レオンハルト様のプライドの問題でしょう。レオンハルト様は十傑第5位のカチヤ・シュバインシュタイガー将軍に長年懸想しておりまして、彼女より序列が低い十傑の座に収まることは良しとしなかったのです」


お?唐突に出てきたら恋バナ…


女性陣の目の輝きが変わったぞ…


「もっと聞かせてちょうだい!面白そうな話が出てきたわ!」


「うむ!してレオンハルト殿はいつからカチヤ将軍に想いを寄せておるのかや?どのように出会ったのかや?」


「はっは、どの国でもこのような話は女性の興味が尽きませんかな。お二人はラインハルト家、シュバインシュタイガー家と帝国の名家の同い年の御子でありましたから幼少より交流がありましてな。幼き頃よりレオンハルト様はカチヤ様を嫁に貰うと公言しておりましたぞ。そしてカチヤ様は自身よりお強い方しかご結婚されぬとも公言されておられます。1年に一度、レオンハルト様がカチヤ様に決闘を申し込み、そして公の闘技場で行われる決闘はラインハルト領の風物詩でございます」


これだけ聞くとレオンハルトさんの愛がすごい重たいように思えるぞ。


カチヤ将軍は確か27歳だったはずだから、もう20年近く懸想しているのかな。


まぁカチヤ将軍は美人で気の良いお方で、とても魅力的な女性だったけどね。


「しかし未だに結婚しておらぬところを見るとカチヤ将軍が勝ち続けておるのかや?」


ビーチェがベンノ町長に尋ねる。


「それが、素人の私にはほとんど互角のように見えるのですがね…最後は決まってレオンハルト殿が『参った』を宣言して終わります。達人同士の仕合なので本人同士しかわからぬ勝敗判定があるのでしょうな」


あ、あのカチヤ将軍と互角に渡り合うってレオンハルトさんも相当な達人じゃないか…


流石は帝国…まだ見ぬ強者がまだまだいるのか…


「まぁなんにせよ、ラインハルト領の首都であるラインハルツハーゲンには寄るんだし、そこでレオンハルト殿にも会えるんじゃない?聞いてみたら?」


リタさんが軽い感じで言うが、そもそも領主の嫡男にそう簡単に会えるのか?


「こちらからラインハルト家へ文を認めて、送付しております。まず受け入れてくださるでしょう。それに帝都への援軍を準備しているとも。帝都の状況をその場にいた者としてお伝えくだされ」


「もちろんよ。今日も受け入れ感謝するわ」


「いえ、では我が町の名物をご賞味あれ。この腸詰など特に自信のものでございます」


そうして僕らはベンノ町長が使用人に運ばせたご馳走様を満喫した。




夕食後に、食後の散歩も兼ねてビーチェと2人で町外れの小高い丘で星を眺めていた。


「はぁ〜おいしかった。こんな逃亡中にご馳走にありつけるなんて思ってもみなかったよ」


「うむ。それは不幸中の幸いじゃなあ…それに町長の話は…有意義じゃった…」


「……そうだね。あれが帝国民の生の声だ」


僕とビーチェは同じことを考えていた。


ベンノ町長は皇帝や十傑にそこまでの敬意を抱いておらず、自分達を庇護するラインハルト公を神のように慕っていた。


「妾は皇帝陛下が次期皇帝にレギウス皇子を指名すれば丸く収まると思っておった。しかしそれは誤りじゃ。帝国民は自領地の主に忠誠を誓い、領主が皇帝に忠誠を誓う。つまり皇帝もまた各地方の有力者によって支えられておる。皇帝になる者は民に認められている者から認められなければならぬ」


そこが皇国との文化の違いだと僕も思った。


皇国では、皇王になった人のことが絶対で、それが当たり前だと思う人がほとんどだ。


しかし帝国は違う。


皇帝になったとしても、さらにそこから各地方の領主に認められなければ国を治めることができない。


なぜなら領主が実効支配し、民は皇帝より領主に忠誠を誓っている。


そしてレオンハルトさんのように中央にも負けないくらいの人材もいる。


このラインハルト領の端にあるはずのカルフの街ですらラインハルト公のご威光が感じられるのだ。


その支配力は半端じゃない。


「これがレギウス皇子にはない地盤か…確かにこういう地域がなければ皇帝争いでは不利だろうなぁ」



「うむ。そしてヴィルヘルムは帝国の西半分を実効支配しておるようじゃ。これは厳しい戦いじゃのう」


「そうだね…でもまず僕らは自国に帰らなきゃ。レギウス皇子を助かるのはまずは帰ってからさ」


そう言って僕はビーチェの肩を抱き、星を見上げた。


ビーチェは言葉で答えることはなく、僕に体重を預けて、同じように空を見上げた。


今はただ2人の温かさを確かめるように、僕らは身を寄せ合いながら、満天の星を見つめ続けた。

ベンノ「十傑の中でもカチヤ・シュバインシュタイガー将軍とゲルト・ミュラー将軍は良いお方です。ラインハルトの森の魔獣を無償で定期的に駆除してくださいますから」


シリュウ「…ただ暴れたいだけじゃない?」

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