第6話 交渉人 リアナ・マルディーニ
平行線を辿るポアンカレ家との交渉だったが、リアナが意を決して切り出す。
「パオを王国にあるこのポアンカレ魔術研究所に定期的に派遣することは、ゾエ・ブロッタ大将の許可が必要でしょう。しかしポアンカレ家との同盟にて海軍が得る利益が大きければゾエ・ブロッタ大将及びフランシス・トティ中将は事後承諾でも許してくれるでしょう」
リアナはその決意を込めた言葉とともに、力強い目でマーガレットを見据える。
リアナの視線には、いかなる妥協も許さない強い意志が宿っていた。
マーガレットはリアナの意図を読み取ったかのように、興味深くリアナを見つめる。
マーガレットの口元に浮かんだ微笑みは、どこか挑戦的な輝きを放っていた。
「ほぅ…ただのお嬢さんではなかったか。面白い。話を聞こうじゃないか」
お手並み拝見という顔で、マーガレットはリアナに目線を向ける。
その瞳には、リアナの策に対する期待と興味が滲んでいた。
「はい。まずマルディーニ少将を定期的にポアンカレ魔術研究所に派遣することが難しい最大の理由が、マルディーニ少将が海域における王国との戦線を防衛するにあたり、リアビティ皇国にとって必要不可欠な存在だからです」
「それはそうだろうな。マルディーニ少将の魔術により、王国軍はリアビティ皇国の海域に手出しができない状況が続いていると聞く。まぁ私達は戦線に兵を出さないからあくまで伝聞だがな」
「その通りです。そしてこの王国に来て王国内の5つの勢力と接触しました。その結果、ボナパルト王家とプラティニ家とは軍事同盟を結ぶ予定です。であるならば、リアビティ皇国と事を構える勢力はあと3つ…」
「タレイラン…ピケティ…そしてポアンカレ…と」
「そしてリアビティ皇国との海域における戦線を戦っているのは多くはピケティ家です。次に多いのはタレイラン家でしょうか。プラティニ家とボナパルト王家、ポアンカレ家とは私が入隊して以後交戦した記憶はありません」
「そうだろうな。プラティニは帝国からの侵攻を防衛するのに手一杯だ。ボナパルト王家は若王の足元を固めるのに忙しい。そして私達は戦争には興味がない。リアビティ皇国とやり合っているのはタレイランとピケティぐらいだろうな」
「そうです。じゃあタレイラン家とピケティ家がもしいなくなれば…?」
「………!………そうか……そういうことか…」
「はい。マルディーニ少将を定期的にポアンカレ魔術研究所に派遣するためには、その支障となるタレイラン家・ピケティ家を排除すればいいのです」
「くっくっく!君は可憐な少女に見えたが、とんでもない策略家じゃないか!マルディーニ少将をだしに、ポアンカレ家を共生派に組み込んで、王国内のパワーバランスを崩すのか!そしてその結果、リアビティ皇国の安全保障を図る……!これはこれは…!」
「にー!リアナ、すごいろんね!」
「ふふ、ありがとう、パオ。でも話は終わりではないわ」
「ほう…これ以上何が出てくるのかな?」
「簡単な話です。ポアンカレ家が共生派に付くだけじゃ弱いのです。タレイラン家とピケティ家相手にこう宣言して欲しいのです。『リアビティ皇国の船を攻撃すれば、ポアンカレ家の魔術が貴家の船を沈める』と」
リアナの驚くような提案にマーガレットは笑わざるをえない。
その笑い声は部屋の中に響き渡り、マーガレットの興奮と興味が伝わってきた。
「………!はっはっは!中々に過激なお嬢さんだ!これは愉快!」
「………ポアンカレ家の魔術師は王国屈指…それが自分たちに向けられるとなれば、タレイランとピケティも引かざるを得ないろん…」
パオもその言葉に耳を傾けながら、リアナの戦略に真剣な面持ちで聞き入っていた。パオの顔には、リアナの計画に対する理解と期待が浮かんでいた。
「タレイラン家とピケティ家さえ押さえることができれば、パオはリアビティ皇国の守護者としての負担は大幅に軽減されるでしょう。その結果定期的にポアンカレ魔術研究所に通うことも可能なはずです」
「……つまり、ポアンカレ家としてリアビティ皇国…いやリータ殿下の使者としてポアンカレ家に望むことは…」
「リータ殿下の勢力との軍事同盟の締結及びタレイラン家とピケティ家への宣戦布告ですね。一応ピケティ家とは交渉中なので、そちらは交渉が破綻すればということにはなりますが…」
「それが成せれば、マルディーニ少将は我が研究所に定期的に通えると?」
「2月に1回と言うより、数か月の長期滞在も可能でしょうね」
「…なんと!?マルディーニ少将と数か月共に過ごせるのか…!これは一体どれだけの実験ができるのか…!」
そうしてマーガレットはリアナの提案を熟考して、判断していた。
マーガレットの瞳は計算と欲望の輝きで満ち、リアナの策略がもたらす未来に思いを巡らせていた。
そしてマーガレットは、深い思索の末に答えを出す。
「よし。リアナ・フォッサ少尉だったな。君の提案を飲もうじゃないか。我がポアンカレ家はリータ殿下の勢力に我がポアンカレ家の魔術研究成果の共有と魔術師の派遣を行う。そしてタレイラン家及びピケティ家とも袂を分かち、ボナパルト王家及びプラティニ家に与しようではないか。王国とリアビティ皇国の海域戦線に関しても皇国側に与するようにしよう。対価はパオ・マルディーニ少将の2月に1回以上の定期的な我が魔術研究所への1週間程度の短期滞在及び年1回の2か月以上の長期滞在だ。リータ殿下にその条件で合意すると伝えて欲しい」
マーガレットの決定を受けて、リアナとパオの顔に喜びの色が広がる。
リアナの目には感謝の涙が一瞬浮かび、パオは歓喜の声を上げた。
「わ、わかりました!ありがとうございます!」
「にー!リアナ!やったろん!」
リアナの声は感激で震え、パオはその横で大きな笑顔を浮かべていた。
「いやはや…なんと…マルディーニ少将のお付きの子と思えば、とんだ策略家がいたもんだ」
マーガレットは、してやったりという顔を見せたが、その表情は明るく、心からの満足感が滲んでいた。
「リアナは海軍学校でずっと座学の首席じゃもんね。軍に入隊してからもずっと勉強は欠かさなかったろんよ」
パオが自信に満ちた表情で、リアナの努力を誇らしげに語る。
リアナは照れくさそうに微笑み、赤面しながらも心からの感謝を述べた。
「ほぅ…素晴らしい勤勉ぶりだ。魔術の研究も実戦だけでなく理論の構築も重要だからね。彼女は魔術の研究家に向いているのかもしれない…」
「い、いえ!私なんてそんな大したものじゃ…!…ただパオがどんどん先に行くから…置いて行かれないように必死に頑張っていただけで…」
「ろん?オイラはずっと隣にいるにー。リアナを置いていくことなんてしないじゃもんね」
「パ、パオ……」
パオの温かい言葉に、リアナは涙ぐみながらも微笑み、心の中で感謝の気持ちを込めた。
二人の間に流れる深い絆が、部屋の空気をさらに和やかにしていた。
「若いなぁ…これもまた、マルディーニ少将の強さの秘訣かな」
「言われてみればそうかもしれないおろろん。オイラの魔術はいつだってオイラの大切な人のためにあるもんね」
「そうか。だから君は強いんだね」
マーガレットの言葉に、リアナとパオは改めて互いの強さと信頼を確かめ合う。
マーガレットの顔には、温かい微笑みと共に何かを思い出すように遠くを見つめる眼差しが浮かんでいた。




