第5話 訪問!ポアンカレ家
ボナパルト王城から少し離れた区画
パオとリアナは2人でポアンカレ家の屋敷を訪れていた。
その屋敷は、華族や貴族の邸宅にありがちな絢爛豪華な装飾やきらびやかさが一切なく、無地の四角い建物が無造作に並んでいる。
まるで石の迷路のような外観は、屋敷というよりも役所か研究所のようだ。
高くそびえる壁には、微かに苔が生え、時折風に吹かれた落ち葉が建物の間を滑り抜ける。
その無機質な様子は、学問に集中しすぎて、生活感を忘れたような場所だった。
大学に併設された研究施設といっても違和感はない。
「はぁ…着いちゃった…自分で言っておいてなんだけど、貴族の家に来るのは慣れないわ…それに昨日はすっぽかしちゃったし…」
リアナは非常に憂鬱そうな顔で項垂れている。
肩を軽くすくめながら、彼女は屋敷の無機質さに少し圧倒されているようだった。
しかし、一方のパオは気にしていない様子で、周囲の環境を見渡しながら歩を進めている。
「昨日は仕方なかったおろろん。それに、使者の話ではそんなに怒ってなかったらしいにー。さぁ、入るじゃんね」
パオは軽やかな足取りで屋敷の入り口の門に手をかけた。
パオの動きには一切の躊躇がなく、まるで友人の家に訪れるかのような自然さがあった。
「あっ!ちょっと!心の準備が…!」
リアナは焦るようにパオの後を追った。
リアナの足音は、石畳に響き、屋敷の重厚な静寂を切り裂いていく。
そして、門を開けたその瞬間――
バーン!!!
ポアンカレ家の正門が音を立てて勢いよく開いた。
そこには、白衣をまとった男女の集団がずらりと並んでいた。
彼らは目を輝かせてパオを見つめ、その場にいた全員が歓声を上げた。
「マ、マルディーニ少将だ!」
「青と黄色と緑の混色髪!ほ、本物だ!」
「きゃー!小さくて可愛い!」
「すぐにおもてなしを!」
その熱狂的な反応に、パオとリアナはたじろぐ。
白衣の集団は、まるで崇拝する偶像を目の前にしたかのように、彼らを取り囲もうとする。
リアナはその異様な雰囲気に、背筋が冷たくなるのを感じた。
「な、なにろん?」
「ちょ…あの人達の目が…ヤバいわよ…!」
リアナの声には警戒の色が濃く混じっていた。
パオとリアナは後ずさりしながら、逃げるべきか一瞬迷った。
その時、女性の強い声が場の空気を引き締めた。
「ちょーっと!!落ち着きなさい!!丁重におもてなしするんでしょうが!」
鋭い声が白衣の集団を一瞬で沈黙させる。
まるで操られたように、大人しくなる集団。
彼らは一斉に頭を下げ、立ち位置を整えた。
「しょ、所長…!」
「す、すみません…」
その声の主は、銀色の長髪を持つ女性だった。
彼女は堂々とした足取りでパオとリアナの前に立ち、品のある微笑を浮かべながら、優雅に挨拶をする。
「ようこそ。ポアンカレ魔術研究所へ!私は所長のマーガレット・ポアンカレだ。ついでにポアンカレ公爵でもある」
マーガレットは腰に手を当て、すらっとしたスタイルを見せびらかすように少し身体を傾けた。
その堂々とした振る舞いは、まるで自らがこの場所の支配者であることを誇示しているかのようだ。
「あわわ!こちらは皇国海軍少将 パオ・マルディーニ少将です!私はマルディーニ少将の補佐官かつ婚約者のリアナ・フォッサ少尉です!」
リアナが慌てて自己紹介をした。
その声にはわずかな震えがあり、リアナがマーガレットの強烈な存在感に圧倒されているのが感じ取れた。
しかし、パオはその堂々とした女性を見据え、疑問を率直に述べた。
「公爵がついでなのかろん?」
「ちょっ!パオ!挨拶!公爵様よ!?失礼でしょう!?」
リアナが慌てて注意するが、マーガレットは意に介さない様子で、少し笑みを浮かべた。
「いいさ。それと私のことはマーガレット所長って呼んでくれたまえ。公爵なんてついでさ。貴族の地位は魔術の研究に必要な分だけでいい。それよりそれより!早く中に入ってくれたまえ!マルディーニ少将には聞きたいことが山程あるのだ!」
興奮気味にパオの手を取るマーガレット
マーガレットの目は輝き、まるで新しい発見を目前にした科学者のような熱意が溢れていた。
「にー…本物の魔術バカだろん……」
パオは呆れたように肩をすくめたが、その背後からリアナは一歩前に出た。
「否定できないわね…でもパオは私が守るから!」
リアナの言葉には強い決意が込められており、その言葉がリアナの心の中で鳴り響くようだった。
リアナの視線は、ただマーガレットの背中だけでなく、広大な研究所の奥に潜む未知の何かを見据えていた。
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そして案内されたのは応接室
周囲の豪華な調度品からして、この屋敷で最も格の高い場所であることが一目でわかる。
壁には精巧なタペストリーが掛かり、天井からはシャンデリアが輝いている。
しかし、どこか冷たい雰囲気が漂い、研究所の無機質な空気がここにも色濃く反映されているようだ。
席に着くのはマーガレット所長とパオ、そしてリアナの3人。
机を挟んで向かい合った彼らは、重厚な静寂の中で一瞬の沈黙を共有する。
部屋の空気は緊張感に満ち、リアナは無意識に肩に力が入っていることに気づく。
「さて、わざわざ王国までマルディーニ少将が来てくれたんだ。聞きたいこと、試したいことは山ほどあるが、まずは礼儀としてそちらの話を聞こうじゃないか」
従者が用意した紅茶を手に、マーガレットは静かに話を切り出した。
マーガレットの表情は柔和だが、その眼差しには鋭い知性が潜んでいる。
リアナが応じる。
「はい。今回は皇国としてではなく、リータ殿下の使者として参りました」
「ほう?それはまた奇怪な。……なるほど、勢力争いか…」
リアナの一言で、皇国の現状を瞬時に見抜いたマーガレット。
その洞察力に、リアナは軽く息を呑む。
魔術大国の中でも最高の研究機関をまとめる彼女の頭脳は伊達ではない。
「話が早くて助かります。リータ殿下は皇妹派という勢力を取りまとめています。そして、ポアンカレ家とも友誼を結びたいと考えております。すでにボナパルト王家およびプラティニ公爵家とも友誼を結んでおります。」
リアナの言葉に、マーガレットは軽く頷きながらも、ふと目を細めた。
マーガレットは紅茶のカップを唇に運びながら、少し意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ほう…あの疑心暗鬼のシャルル坊ちゃんと、根暗引きこもり大魔王のプラティニと友誼を結んだのか。この短期間で大したものだな。よほど力のある勢力なんだな」
その言葉に、パオとリアナは顔を引き攣らせた。
マーガレットの言いようがあまりにも率直すぎたからだ。
「…坊ちゃん…引きこもり…」
「ひどい言い様だろんねー」
リアナが軽くため息をつき、パオも肩をすくめたが、マーガレットは意に介さないようだ。
マーガレットは再び真剣な顔つきに戻り、手元の書類に目を通しながら続けた。
「まぁ、そいつらの動向はどうでもいい。我らポアンカレ家はそいつらがどうなろうが知ったこっちゃないからな。リータ殿下と友誼を結ぶことに異論はない。ただし、条件がある」
「じょ、条件…ですか?」
リアナは少し身を乗り出して尋ねた。パオも真剣な表情でマーガレットを見つめている。
「そうだ。パオ・マルディーニ少将が定期的に我が研究所を訪れ、魔術研究に協力してもらうことが条件だ。最低でも年1回、できれば2月に1回。忙しいだろうから、時期は問わない。不定期で突然来てくれて構わないさ」
「にー。来る回数によって同盟内容は変わるろん?」
パオが鋭い目つきでマーガレットに問いかけた。
マーガレットは笑みを浮かべながら頷いた。
「その通りだ。年1回なら、友誼を結ぶ。つまり不戦条約を結ぶ形になる。年3回なら、ポアンカレの魔術研究の成果を共有することを約束しよう。年6回なら、軍事同盟の締結だ。我が研究所が持つ力を君たちに提供することを約束するよ」
「ぐ、軍事同盟!?考えうる最高の契約内容…!」
リアナは驚きのあまり声を上げた。
ポアンカレ家は魔術大国の中でも魔術に関しては屈指の戦力と知識を持つ存在だ。
その彼らとの軍事同盟は、皇妹派にとって大きな力になるだろう。
「もちろん、中途半端な協力はしない。我が研究所の魔術師を派遣し、有事の際には援軍を送る。リータ殿下の勢力は、ポアンカレ家にとっても大事な同盟者として家族同様に扱わせてもらうよ」
マーガレットの声は冷静だが、その裏には絶対的な自信と覚悟が感じられた。
彼女にとって、この契約は単なる同盟ではなく、未来の魔術と軍事の両面における重要な礎であることが明白だった。
パオは一瞬考え込み、マーガレットの言葉の真意を図るように目を細めた。
「にー…でも、条件に関してはオイラだけでは判断できないろんね。リータ殿下と、ゾエ大将の許可がいるろんよ」
「確かに、パオは海軍少将の役割もありますし、あまりに頻繁に来ることは難しいかもしれません…」
リアナもその点について懸念を示した。
マーガレットは二人の反応に少し考え込んだ後、穏やかな声で応じた。
「ふむ…その点は柔軟に対応しよう。回数の調整は可能だ。ただ、研究にはどうしても君の力が必要なんだ」
マーガレットは一瞬、パオの目をじっと見つめ、その瞳の奥底に何かしらの強い期待を込めていた。
「君の魔術的特性は他に類を見ない。だからこそ、我々としても最大限の協力をしたいのだよ。何ならリータ殿下だけではなく、海軍とも友誼を結んでもいい」
その言葉にリアナの眉が動き、パオは少し驚いた表情を浮かべた。
「海軍とも?ほんとに大盤振る舞いじゃないかの?そんなにオイラが魔術の研究に必要だおろろん?」
パオは半ば冗談めかして言ったが、その背後には微かな戸惑いが感じられた。
「そうだ」
マーガレットの声は鋭く、それでいて情熱がこもっている。
「詳細は同盟合意前には言えないが、パオ・マルディーニという魔術師は我々の研究における最後のピースだと思っている。君が協力してくれれば、魔術の新時代を築けるとさえ夢見るほどにね」
「ま、魔術の新時代…その鍵をパオが…?」
リアナは驚愕と共に声を震わせた。
リアナはパオが凄い魔術師だと信じていたが、王国最高の魔術研究機関の長がこれほどまでにパオを重要視するとは予想外だった。
リアナの目には感嘆の色が浮かんでいる。
パオはその一瞬の沈黙を破るように、いつもの軽口を叩いた。
「そんな大した人間じゃないよ、オイラは。リアナがいないと生きていけないダメ人間だろん」
その言葉には愛情が込められており、パオは自然体で言った。
しかし、その一言がリアナに響いた。
「…………パオ…『リアナがいないと生きていけない』ってところ、もう一回言って…?」
リアナの顔は赤くなり、瞳は潤んでいる。
「おろ?そんなこと何度でも言ってあげるんじゃもん。」
パオは無邪気に笑った。
そのやり取りを聞いて、マーガレットは大きな笑い声を上げた。
「はっはっは!仲が良いな!君たちは」
マーガレットの笑いは豪快だが、どこか温かみがあった。
リアナは我に返り、顔を真っ赤にしながら謝罪した。
「し、失礼しました!」
「良いんだよ。いつだって理論を、理屈を超えるのは愛だということは普遍的なことさ」
マーガレットは少し瞳を細め、何か遠い思い出に浸るように言葉を続けた。
「人と人との情愛もまた、魔力の源なのさ」
「お?そうなのかろん?」
パオは少し興味を引かれた様子で尋ねた。
「おっと」
マーガレットは急に声のトーンを軽くし、笑みを浮かべた。
「私としたことが、少し油断してしまったな。うっかり研究成果を漏らしてしまったよ」
マーガレットはまるで悪戯を成功させた子供のように笑うが、その背後には知識への深い情熱と執念が見え隠れしていた。
それでも、パオとリアナはその軽やかな笑みの下に潜む何かを感じ取った。
「しかしこちらの条件を飲んでもらうには、ゾエ・ブロッタ大将の決裁が必要だな…」
マーガレットは急に真剣な表情に戻り、鋭い眼差しで二人を見つめた。
「我々としては、最大限の譲歩はするつもりなんだが」
その言葉に一瞬、室内の空気が重くなった。
パオは黙り込み、どう打開するかを考えている様子だった。
彼の表情は真剣で、普段の軽やかな態度とは打って変わっていた。
しかし、リアナはその瞬間に何かを掴んだ。
リアナの目に一筋の光が灯り、まるで戦士が決戦に挑むかのように決意を固めた表情を見せる。
(わ、私も、パオを守る!ここがあなたの踏ん張りどころでしょ!リアナ・マルディーニ!)
リアナは心の中で自らを鼓舞し、自分の役割をしっかりと果たすことを誓った。
そして、心の中で自らを「リアナ・マルディーニ」と名乗ることで、リアナはパオの妻としてパオを支える決意をさらに強固なものにした。
リアナの顔つきは一瞬にして、気品と強さを帯びたものへと変わった。
その心の声が響き渡るように、リアナは深く息を吸い、言葉を発する準備をした。
リアナにとって、この瞬間が自らの力を示す重要な場面であることを強く感じていた。
さぁ、見せてもらおう。
リアナ・マルディーニの一世一代の大仕事を




