28 直毘の想い
その頃直毘は、高斗の元へと向かっていた。
通行人に見えないよう姿を消しながら、空中を浮遊し、小さな体で疾風のように街中を駆け抜ける。先ほどから何か胸騒ぎがしていたのだ。高斗が苦しんでいるような、高斗が自分を呼んでいるような。
(高斗……たのむ、わらわが行くまで、持ちこたえてくれ!)
直毘は空中を飛翔しながら考えた。神である自分が、なぜこんなにも心乱れているのだろうか。高斗を生き返らせた責任があるからだろうか。それとも、自分が思っている以上に、高斗に入れ込んでしまっているからであろうか。
直毘は自嘲気味に笑った。
(おそらく両方……であろうが。わらわも腑抜けたものじゃな。その入れ込んでる高斗が、今窮地に立っておるというのに……)
ただ殺されるだけならいい。損傷が少なければ、直毘の神力でいくらでも蘇らせる。しかし、復元不可能なほど木っ端微塵になっていては――いくら直毘でも助けられない。
(神といっても、そこまでのことは出来ぬのじゃ……。だから高斗よ、決して無理をするでないぞ!)
懇願に近い祈りではあったが、直毘は心から念じた。そうこうしてる内に、高斗の通う学校までたどり着いた。直毘は驚嘆した。一箇所だけ、窓ガラスが割れて煙が漏れている教室があるのだ。直毘は急いでその教室へと向かった。
(まさか――高斗! 死ぬな! 死ぬでない!)
直毘は一心不乱に飛び続けた。あの爆発は三人のうちの誰かが起こしたものに違いない。ならば、その場に高斗がいる可能性も高いのだ。ならば、これ以上ない危機的状況と言える。
やっとのことで教室に到着した。いや、それが「教室」と呼べるのか。崩壊した扉からは黒煙が立ち込めている。中に入ると、悲惨なほどの爆破跡が残っていた。
直毘は高斗を探した。しかし煙で視界が遮られていて、見えにくい。
「高斗! どこじゃ! 高斗!」
できるだけ大きな声で叫んだ。
しかし、いくら叫ぼうとも、彼が姿を見せることはなかった。
(高斗)
彼一人で学校に行かせたことを、激しく後悔する。高斗は、自分の力で恋人を作ると言った。そして、直毘も高斗のことを信じて任せた。そう、高斗なら。高斗ならきっとやり遂げてくれるだろうと。
しかし、その前に死んでしまったら元も子もないのだ。
「高斗……」
言ってから、直毘は驚いた。これが自分の声だろうか。震えていて、とても上ずっている。なぜか。それは恐れているからだ。高斗を失うことに。
高斗ともう会えなくなってしまうことに、恐れている。
身震いが止まらない。だめじゃ、こんなことでは。直毘はふるふると首を振った。今はとにかく高斗を見つけなければ。まだ死んだと決まったわけではない。
直毘は視聴覚室の中をくまなく探し回った。
「どこじゃ……どこじゃ、高斗!」
しかし、硝煙や散乱した机と椅子に阻まれる。
室内は炎と煙で覆われているのだ。
人を探すどころか、目を開けているのも苦しかった。
それでも直毘は探し続けた。
椅子の下を、テーブルの下を、黒板の下を、窓の下を。
(高斗。高斗)
直毘は探し続けた。爆炎と紫煙が広がる教室の中を。小さな体で懸命に走り回った。しかし、それでも見付からなかった。
(そうか、高斗というのか)
いつかの記憶がよみがえる。
あの時、自分と高斗は出会ったのだ。直毘はいつも一人だった。そんな彼女に、高斗は優しくしてくれた。傲慢で、横柄で、高飛車だった自分に。初めて人間の高斗が自分のことを真剣に想ってくれた。
(わらわのことは、ナオと呼ぶがよい)
昔のことばかり思い出す。いかん。直毘は首を振った。
最悪の事態ばかりが脳裏をよぎり、恐怖と緊張で体が動かない。
あの時も高斗と別れを交わした。今もまた。しかし、今度の別れは永遠のものだ。直毘は神だ。人間の生死で一喜一憂してはいけないということは分かってる。
でも……もう大切な人は失いたくない!
「た……高斗! たのむ! 一生の願いじゃ! いるなら返事をしてくれ!」
たまらず直毘は叫んだ。そのときだった。
「ナ……オ……」
確かに、声が聞こえた。微かではあるが、間違えようも無い。高斗の声だ。
直毘は、すぐさま声がした方向へと向かった。
「高斗!」
直毘はついに高斗を発見した。しかし、喜ぶ余裕はなかった。高斗は生きているというには――虫の息で今にも死に絶えてしまいそうだったからだ。




