27 そして誰もいなくなる
地味に毎日投稿
「高斗さま」
凍えるかと思うほど冷淡な声が上から聞こえた。高斗はうつ伏せになったまま真綾の顔を見上げた。眉ひとつ動かさないその表情は、まるで機械のようだった。
「真綾先輩……どうして」
「いやですわ。わたくしのことは、『マヤたん』と呼ぶ約束ですわよ」
高斗は頭が痛くなった。今この状況で指摘することか。
「いや、今はそんなことにこだわってる場合じゃないでしょう。他に誰か人はいないんですか?」
「誰もおりませんわ。羽波家の権力を駆使して人払いをしました。なので、ここにいるのはわたくし一人です」
「な……それじゃあ……この爆発は……」
高斗は自分の耳を疑った。ここにいるのが真綾一人ということは、必然的に爆発を引き起こした犯人も真綾ということになる。思ってることが表情に出てしまったのか、高斗の顔を見て真綾は、
「そう、羽波財閥は軍需産業や兵器開発にも携わっています。わたくしが手榴弾を投げ入れました」
「ど、どうしてそんなことを。七海は吹き飛ばされちゃったし、芹奈は死んでるんですよ!?」
「あら、それは大変ですわね」
真綾は淑やかな笑みを浮かべた。
「しかし、ご心配には及びませんわ。羽波家の財力ならば、このような不始末は簡単にもみ消せますの」
「そういう問題じゃありません!」
見当違いな真綾の言葉に、高斗は声を張り上げた。
「人が、人が死んでるんですよ!」
「それがどうかなさいましたか?」
「お、同じ学校に通う生徒ですよ……」
「だからこそですわ。そもそも、わたくしは人など殺していません。彼女らは、高斗さまにまとわりつくウジ虫です。わたくしは、害虫を駆除したに過ぎませんわ」
高斗は絶句した。真綾の言うことが、まったく理解できなかった。
「……七海たちに、何か恨みでもあるんですか?」
「いいえ。ですが、彼女達はわたくしの高斗さまに手を出そうとしました。わたくしは自分が欲しい物はどんなことをしてでも手にいれないと気がすまないのです」
「真綾……先輩……」
――わらわは、おぬしが幸せになることを切に願っておるぞ。
ふいに、直毘の言葉を思い出した。そして気づいた。彼女達はただ力づくで欲しい物を手に入れようとしているだけなのだと。そんなものは愛でもなんでもない。本物の愛というのは、直毘のように無償で人の幸せを願うことなのだと。
「ぼくは、もうじき死ぬと思います。欲しい物を手に入れたいと言うなら、どうしてこんな乱暴な手段を取るんですか? 人を傷つけてまで」
「あら、言ったじゃありませんか。わたくしは高斗さまを愛していると。愛するものが他の女狐に盗られるくらいなら、いっそ二度と触れられなくさせるまでです」
「あなたって人は……!」
高斗は生まれて初めてと言っていいほど憤怒した。もし立ち上がれる足があったなら、この場で真綾の顔をはたいていたことだろう。
しかし。直毘は言っていた。バラバラにでもなれば、いくら神でも治せないと。全身の骨は砕け、内臓は飛び散り、おまけに足をなくしているのだ。バラバラどころではない。今自分が喋れていることが不思議なくらいだ。
高斗はふーっと息を吐いた。
「ご覧の通り、ぼくにはもう何も出来ません。どうぞ、煮るなり焼くなり、好きにしてください」
「では、そうさせていただきますわ」
そう言って、真綾が高斗に近づこうとした時だった。
「あ…………」
真綾の足が止まった。その胸には、ナイフが刺さっている。
彼女が後ろに眼をやると、七海が立っていた。
生きていたのか。そう言う暇もなく、真綾は地面に崩れ落ちた。
そしてそのまま、真綾が起き上がることはなかった。
「な、七海……」
七海は、高斗の言葉に答えなかった。そして高斗を見てふと微笑んだかと思うと、全身の力が抜けたように前のめりに倒れた。
「え? 七海……? 七海! 七海!!」
思わず高斗は何度も叫んだ。死ぬはずがない。いつもあんなに元気で、要領がよくて、口やかましいあの七海が、自分の目の前で死ぬなんてありえない。
そう、思いたかった。
「七海! 死ぬな! たのむ、死なないでくれ!!」
しかし、無情にも七海の体からは大量の血があふれ出ていた。これだけ叫んでも立ち上がる気配さえない。これら全てのことが、ただ一点の答えを示していた。
(七海が……死んだ……? 芹奈も、真綾先輩も。みんな、死んだ……)
「うっ……あ……ああああああああああああああああああああああ!」
それまで抑えていた感情が、悲しみが、タガが外れたようにあふれ出した。悲しみは涙に、涙は慟哭となって、高斗の声にならない叫びは校舎中へと響き渡った。




