26 爆発、そして……
(……七海が死んだ? そんな、まさか……)
高斗は、心中に浮かんだ疑念を振り払うように一歩足を踏み出そうとした。
「うわっ!」
しかし、それは出来なかった。芹奈が勢いよく抱きつき押し倒してきたからだ。
「な、何するんだよ、芹奈」
「……せんぱい、わたし、もぉ、死にそう」
芹奈は訴えかけるように、高斗に向かって悲しげな表情を見せた。
額からはボトボトと流血していて、深刻な具合であることがうかがえる。
「芹奈……大丈夫か? 傷が痛むのか?」
「あーん! 全然まったくこれっぽっちも大丈夫じゃないです~! 先輩が撫でてくれたら、もしかしたら治るかもしれないですぅ~」
そう言って芹奈は、高斗に向かって赤髪のツインテールを差し出す。
その元気な様子を見ると、見た目はどうあれ、大した容態ではないのではないかと思えてきた。
「そういうのは後回しだ。今はとにかく、七海の方が重症みたいだから……」
「七海先輩? そんなのどこにいるんですかぁ?」
「は……?」
「よーく見てください、先輩っ」
そう言って芹奈は、倒れたままの七海をびしっと指差した。
そして、朗らかな口調で言った。
「あれは、七海先輩だった物ですよ。わかります? 死んじゃったら、もう人間じゃないんです。だから、もう先輩がわずらわされる心配はないんですょ!」
芹奈の熱い弁舌は、高斗には全く理解ができなかった。
「せ、芹奈! 何を言ってるんだ! 七海はまだ死んじゃいない! だから頼む、そこをどいてくれ!」
「い~や~で~す~ぅ~!」
芹奈は高斗の腰元の上でマウントを取ったまま離れない。
(この機会を逃したら! 先輩は一生芹奈のものにならないっ。そしたら何のためにあんな歯がゆい思いをしてたか分からなくなるです)
そう、芹奈は耐えていたのだ。真綾は大財閥の令嬢にして生徒会長。しかも巨乳という武器がある。七海は高斗と幼馴染で家が隣通し。この二人は、芹奈にないものを沢山持っているのだ。
だから高斗を渡したくないという気持ちは、誰よりも強かった。
今日もまた、高斗の後をずっとつけて、桂馬瑠璃と視聴覚室で待ち合わせることを盗み聞きしていたのだ。
全ては、高斗を独占するためだけに。
「先輩! わたし駄目です! 今までずっとずーっと我慢してきたんですから! もう待てません! 今日こそわたしのこと抱いてもらうです!」
その声は教室中に響いた。
「芹奈……」
「先輩……大好きです……初めて会った時から……ずっと」
芹奈が高斗の上に覆いかぶさった。そして、キスをしようとした。高斗は何とか逃れようとして首を左右に動かす。その時、高斗の目に“ある物”が見えた。
それは黒い鉄で出来た、楕円形の物体。
高斗にまたがる芹奈のすぐ近くに投げ入れられたのだった。
逃げる暇もなかった。
「きゃあああああああああああ!」
芹奈の体が浮かんだ。それと共に、周囲は眩しいほどの光に包まれた。手榴弾による爆発だ。爆風は室内の隅々まで行き渡り、窓ガラスは割れ、椅子や机を吹き飛ばした。高斗はただ恐怖に怯え身をすくませることしか出来なかった。
幸か不幸か、教室が全壊するまでには至らなかった。頑丈な作りの校舎に感謝すべきなのか、手榴弾の威力が思いの他低かったことが幸いだったのか。
「い――いったい……何が……」
立ち上がることも出来ず、高斗はそう呟いた。黒煙の中なんとか顔を動かして下半身を見てみると、彼の足はもうなくなっていた。
視聴覚室の中は、まさに混沌と呼ぶに相応しい惨事であった。高斗は必死になって、地べたを這いずりながら七海と芹奈を探す。七海はいなかったが、芹奈は見つかった。見つかったのだが、爆風をまともに浴びて焼け焦げたその姿は、生きてる人間のそれではなかった。
生きてるはずは無い。しかし、それでも高斗は芹奈に近づこうとするが――
「そのような汚らわしい物に近づいてはなりませんわ」
その声は、いやにそっけなく聞こえた。高斗は声のした方向を振り返る。
その人物は、高斗のよく知る才色兼備なお嬢様ではなかった。まるで感情というものを一切なくしたように冷酷で――それでいて無慈悲な表情をしていた。
高斗は、息を呑んでその人物の名を呟いた。
「……羽波真綾……先輩」




