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25 深刻なダメージ

「芹奈……」


 突如現れた芹奈に向かって七海は呟いた。それもそのはず。彼女が持っているのは大型のサバイバルナイフなのだ。しかも既に血がしたたり落ちている。当人は無表情に七海を見つめていた。


「何よ、一体何しにきたのよ。あんたなんかお呼びじゃないわ。さっさと帰りなさいよ」


「ええっ、ここに来てまさかのお邪魔虫発言? ていうか~、ストーカー女にそんなこと言われたくないんですけどお~」


「ごめん。あんたにも理解できるように言い変えるわ。殺されたくなかったら、とっとと消えなさい」


「あんたこそ、先輩と芹奈の前からいなくなりなさいよ!」


 七海の嘲りを、芹奈は怒号で返した。その瞬間、二人の立つ空間からは、凄まじいまでの圧迫感が立ち込めた。


 まるで散歩のようにスタスタと、ナイフを持ったまま芹奈が近づいてくる。七海もまたバットを握り締めたまま対峙した。


「うっとおしいのよ、あんたは!」


「あんたこそ!」


 互いに咆哮を上げる。それが戦い開始の合図だった。まずは芹奈が凄まじい勢いでナイフを振り下ろすが、七海はそれを金属バットで受け止めた。


 高斗は止めようにも、その光景を見ていることしか出来なかった。数秒の押し合いをした後、芹奈は七海の腹部を蹴り飛ばした。たまらず七海は距離を離す。


 だが、七海も単に遅れを取ったわけではなかった。烈火の勢いで芹奈に詰め寄るとバットを右斜めに振り下ろす。芹奈はナイフで止めるが、ふと七海が力を抜き、かがんで芹奈に足払いをかけた。


「な……!?」


 驚きの声を漏らしながら体制を崩し転びかけた芹奈の首元に、七海は思い切りフルスイングを食らわせた。


「ぁ、ぁ、あぁああああ!」


 悲鳴とも金切り声ともつかないような叫びを発しながら、芹奈は壁まで叩きつけられた。


「せ、芹奈……」


 高斗がそう呟くと共に、芹奈はゆっくりと立ち上がった。額はパックリ割れ、血がまるで滝のように流れ落ちて、白いスカーフを真っ赤に染め上げていた。


 七海は立ち上がる芹奈を冷たく見下ろしていたが、やがて口を開いた。


「ねえ、芹奈。社会には一定のルールってもんがあるの。というか、ルールによって成り立っているのよ。あんたがやってることは明らかにルールに異なってるの。高斗はあたしと結婚の約束をしたんだから、もうあたしのものなのよ。人の物を盗ろうとするのは、ルール違反どころか反則行為だわ」


「はあ?」


 芹奈が不愉快そうに聞き返す。明らかに彼女の琴線に触れたようだ。


「なーんかさ、それっておかしくない? ストーカーみたいに結婚の約束を勝手に押し付けて、誰かに取られようとしたら今度は婚約者気取りってわけ? あはは、きんも~い」


 芹奈の挑発は見事なほど七海に効果的だったようだ。


「だまれえぇええええええええええええええっ!」


 叫び声を上げると、猛烈な勢いで芹奈に襲いかかろうとした。

 両手でバットを持ち、芹奈の頭に振りかぶろうとしている。

 高斗はその瞬間をまるでスローモーションのようにハッキリと見ていた。

 芹奈がナイフを投げたのだ。七海は目を見開いて踏みとどまろうとしたが、推進力は消えずによけることが出来なかった。


 そして、そのまま七海の胸にナイフが――――


 驚嘆しながら七海は自身の胸元を見つめた。その表情は真っ青になっていた。急激な勢いで血が流れ落ちていたのだ。そして、仰向けに倒れる。

 ピクピクと小刻みに痙攣してるところを見ると、まだ生きてはいるようだが。

 鮮血は留まることを知らず、地面に、真っ赤な池を作っていた。


「う……うわああああああああああああああああああ!!」


 絶望に打ちひしがれて高斗は喚き叫んだ。

 だが、いくら叫ぼうとも彼女は起き上がらなかった。

 今から救急車を呼んだところで、時間がかかり過ぎる。おそらく延命処置すら間に合わないだろう。

 このままでは――いや、このままだと確実に死んでしまう。

 

 そんなことを考えていると、高斗の前に芹奈が立った。

 高斗が顔を上げる。


「……芹奈」


「せーんぱいっ」


 芹奈は、状況を理解していないかのごとく明るい笑顔で言った。


「もうお邪魔虫は消えましたよ。これで、やっと二人っきりですぅ♪」

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