第88話 幼女と妖精とパートナーたちの裏事情
《そんなに家妖精がほしいなら、ボス討伐させてあげるよ? ひ と り で》
喚くデイジーに、リコリスが冷たく言い放った。
妖精師でない者が家妖精を喚ぶ方法は、2つある。
一つは副業に妖精師を選択すること。
もう一つは、特殊ボスの一人を倒し、専用アイテムを得ることだ。
世界のどこかに9つ存在するとされる、レベル800以上の者だけが入場を許される最高難易度のPVダンジョン。
普段から、対モンスター以外にもプレイヤー同士が争う危険地帯だが、そこには不定期で特殊ボスが出現する。
そのうち1人がドロップするアイテムの一つこそ、家妖精の召喚アイテムだった。
鈴を手に入れるために挑まねばならないダンジョン『妖精の森』への道は、わりと簡単に開かれる。
後は、敵を倒しながら森を進んで、ランダムに現れる王を待ち、倒せばいい。
運がよければ、希少なアイテムが手に入る……。
《いや無理だろ殺す気か?!》
それがどれだけ難しいことか、リコリスより知っているデイジーは即答した。
ゲーム時代には、幾多の挑戦者たちがパーティを組んで各ボスの討伐を挑んだものだったが、ダンジョンそのものの難易度がおかしかったのは、リコリスも認めるところ。
そこかしこに設置された罠も、モンスターも、何ならプレイヤー狙いのプレイヤーも、何もかもが敵なのだ。気の休まる暇などあろうはずもない。
更に最終目的のボスは皆、「殺れるものなら殺ってみろ、むしろ殺ってやる」と言わんばかりで、涙した挑戦者がどれだけいたことか。
特に、鈴をドロップするボス『妖精王』は、なかなか倒せないことで大変に有名なのだった。
まあ、その妖精王が、リコリスなわけだけれども。
過去から現在に至るまで、妖精王が敗北したのは一度だけ。自身の属する同盟のメンバー全員の全力を受けての敗北は、今思い返しても悔しい。
ともかく、ボスがプレイヤーという性質上、強化すればするだけ当然強くなっていく。
残りの8人もそこは同じで、本人のミスでもなければ難易度は上がるばかりであった。
そうして苦労して討伐を達成しドロップされるアイテムは、ボス1人につき数種類あったが、いずれも希少で他にはない効果を秘めている。
それ単体で使える物から、生産に使用する物まで様々だが、まだその存在が明らかになっていないアイテムもあるようだ。
ちなみに、一度の討伐でいくつアイテムが落ちるかは、プレイヤーたちのリアルラック次第である。
妖精王が落とす『喚び声の鈴』は、牧場で鳴らすことで家妖精を召喚できる。
喚び出すのは1人だけとはいえ、使い捨てではなく、レベルが存在して育成もで可能だ。
この、職業の枠を一歩踏み越える、世界最高峰の希少品を世界でただ一人所持するのが、親友ソニアだった。
つまりリコリスは、「返り討ちにしてやるから、かかってこい」と言っている。
意味を正確に読み取ったデイジーが、即お断りするのも無理はなかった。
《過激発言やめれ!》
《はっ。家妖精たちをぞんざいに扱う奴は、ちょっと痛い目見ればいいよ》
《ちょっとじゃ済まねぇだろーがよおぉぉっ》
うるさい幼女だ。
こんな外見詐欺よりも、見た目も中身も素晴らしい家妖精の方が可愛いに決まっている。
《……まぁ、デイジーも実際目の前で家妖精見たら、絶対邪険になんかできないからね。絶っっっ対に》
《マジか……そんなに?》
ごくりと、デイジーが喉を鳴らす。
《マジです。そんなにです》
《え、どうしよ。俺ちょっとドキドキしてきたわ》
《……通報する?》
《やめてくださいぃ~。幼女だから大丈夫なんですぅ~》
確かに見た目だけならセーフかも。
それにしても、とリコリス密かに笑う。
こんな軽快な会話は久しぶりだ。チャットではなく、もはや通話だが、それでも懐かしくすらある。
周囲の者たちのことは大好きだし、普段に不満があるわけではない。ないが、ボロを出す心配をしなくてもいい、気を張らなくてもいい会話は、なかなかに楽しかった。
《まぁ、いいわ。じゃあ、後でそっち行くから。スィエルでいいんだよな?》
《うん。食材用意しとく。あ、来る前に連絡くれたら迎えにいくから。今、外すごい風だから、デイジーだと飛んでっちゃうかも》
《それはあれか、あの『四節の風』?》
《そう、それ。今日から始まったから、しばらく続くよ》
外で吹き荒れる風の正式名称に肯定を返す。
デイジーの牧場は季節を春に固定していたし、日付の確認はしていても、帰還して今の今では、風にまで思い至らないかまもしれない。
出てくる前に注意を促しておかなければ、デイジーではそれこそ飛んでいってしまう。
《分かった。頼む。あ、あと種もくれ。野菜の種とか、俺持ってねぇわ》
《了解了解》
《よし。じゃあ、また…………お?》
《え?》
いとまを告げようとしていたデイジーが、不意に声を上げ。
どうしたと問う前に、息を呑むのが伝わってきた。
《…………父ちゃん来たわ》
声に込められた緊張の理由が分かった。
かつてのNPCとの初対面となるのだから、声が固くなるのも頷ける。今のデイジーには、“帰還”という認識もないだろうし。
とはいえ、相手は『デイジー』の養父ライラック。
リコリスの知るパートナーたちの中でも、特にまともな人だ。中身が。
性格がまともだというのは、非常に非常に非常~~っに大切なことなのだと、双子を見た後だから余計そう思う。
だから、きっとデイジーは大丈夫だろう。
《頑張ってね》
《おう》
デイジーの声にも、緊張はあっても恐怖はない。
最後の短いやり取りの後、通話は終了し、シークレットの文字が視界から消えた。
「……デイジー、ライラックさんと合流できたみたい」
紅茶を一口啜ってから、ライカリスに告げる。
この相棒のことだから、それで露骨に安心してみせたりはしないだろうけれども。
しかし、面倒臭そうに、あるいは興味なさそうに対応されるかと思われた報告は、静かな頷きによって受け取られた。
「あぁ、まぁそうなるでしょうね。兄は、度々デイジーさんの牧場に行けないか試していましたから。牧場主と親しくしていた人間は皆そうでしたが……」
ふと赤褐色の瞳が翳る。
「暇さえあれば転送装置の所に行って、ゲートが開かれていないか確認して……」
牧場主の牧場に行くには、基本的に転送装置を使用する。持ち主ならば直接帰ることも可能だが、それ以外の者は持ち主の許可を得、装置を経由することで初めて訪問が叶う。
転送装置は各都市の規模によっていくつかと、それ以外では街道沿いに作られた休憩や野宿のための広場などにも存在したが、都市外の物は今ではどうなっているだろう。
「他の誰が諦めても、兄は諦めませんでした。リコさんも知っての通り、あの人は傭兵団を率いていますが、野営地には必ず転送装置のある広場を選んでいたそうです。もし戻ってきたらすぐに駆けつけられるように……そうしないと、あの子が寂しがって泣いてしまうから、と」
今の傭兵団は、ほぼデイジー捜索隊だったと言い、ライカリスはそこで一度言葉を切って。
「……私も同じようなものでした」
暗いトーンでそう繋いだ。
異なる空間から、外の世界へと移動していたリコリスの牧場は元の空き地へと戻ってしまっていた。
その空白の場所を、なかなか離れられなかったのだと。色々あって町を守り始めてからも、毎日、日に何度も確認に戻っていたのだと、ライカリスは言って瞑目する。
「ライカ……」
初めて聞く話だった。そして、ライカリスが語りたがらなかった話だ。
リコリスが戻って早々に牧場を訪ねてこれた理由にも納得する。
リコリスは席を立ち、ライカリスの隣に歩み寄るとその頭を抱き込んだ。相棒は素直に身を任せてくれる。
「ごめんね。嫌なこと話させて」
「いえ……言っておくべきだと思いました。その……今日のことがあって」
「今日?」
今日あって、この話に関係がありそうな出来事といえば。
「双子?」
「そうです。……忌々しいですが、説教されたんですよ。ソニアさんの手がかりを探してスィエルまでやってきて。どこにも行けなくなっている私を見つけて、何をしているんだ、と。自分たちは絶対に諦めないのに、と。……あれに胸ぐら掴まれるなんて真似、思い出しても気分が悪いです。本当に忌々しい」
(忌々しい2回言った……)
どれだけ気に食わないのか。
気持ちは分からるが、双子の言っていることは至極真っ当だ。信じられないことに。信じがたいことに。
(にしても、そっか。そういうこと)
何かあることは分かっていた。
再会した時に、著しく窶れていたライカリス。その相棒の、双子への対応から、察せられる何か。
その何かを借りと考え、あの厄介者たちを歓待したのだが、間違いではなかった。きっと、言葉にしていないことでも世話になっている。
借りは一応ある程度は返したつもりだけれど。
(まぁ、何か本っ当~に困ってたら、助けよう。うん。困ってたら……)
困ることがあるのか知らないが。
むしろリコリスが困らせた気がするが。
そんな彼女の決意を知らないライカリスは、小さくため息をついてぼやき続けている。
「諸々思い出したくもない記憶ですし、あなたも訊かないでくれたので言いませんでしたが。まさか、借りを返すなんて言うと思わなくて……あなたに隠し事をしていると、その方があれにつけこまれるかもしれないな、と」
リコリスが急に矢面に立ったことが、よほど不満であり、不安だったらしい。そして、あの男はその隙を見逃すような相手ではなく、一度崩されれば次から次へとボロが出る。
双子を前にして意思の疎通を疎かにするのは危険だと、改めて反省したと、不本意そうにポツリポツリと零した。
そんな様子の相棒の頭を、リコリスは苦笑しながら撫でてやる。
「話してくれてありがと。びっくりさせてごめんね」
リコリスからすれば、隠されたままであろうが事前に聞いていようが、正直やることは変わらない。
ライカリスに双子の相手をさせるつもりはなかったし、借りも返せるだけ返すつもりだった。
それで不安にさせたのだから、確かに意思確認が不足していたのである。
謝罪すると、返ってきたのは大きな大きなため息だった。
「……いいですけど。結局、リコさんの方がこわ……じゃなくて、強かったですし」
何か言い直された。
いざとなったら虫か魔界行き……と考えていたの、バレてた?
「だって負ける気はなかったし? ……でもまぁ、これからはいくらかマシになるんじゃないかな。ソニアとデイジーが帰ってきてくれたし、デイジーにはライラックさんもついてるし」
言いきって、リコリスは抱え込んでいるライカリスの頭をわしわしと掻き混ぜた。不安や苛立ちを吹き飛ばすように。
相棒が慌てた声を上げたのを合図に手を離すと、ぱっと一歩距離を取る。
「さ、双子はもうどうでもいいから、そろそろご飯の用意しよっか。ペオニアたち戻ってくるだろうし、デイジーたちも来ると思うから、頑張らないと」
テーブルの上の茶器を盆の上に戻すと、立ち上がったライカリスが横から手を伸ばして盆を持ち上げた。
手伝いを希望してくれる相棒に頷いて、リコリスは袖を捲り上げた。
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やがて弟子たちが戻り、夕食ももうすぐという時間になった頃、ようやくデイジーの訪問を告げる声が届く。
幼女の可憐な声は、まず人数が増えてもいいかを問い、得られたリコリスの了承に謝意を示して。
《覚悟しててくれよ、リコリス……。腹に力入れて、歯ぁ食いしばっとけ》
《何で?!》
それから、不吉な警告を突きつけてきたのだった。
次回更新は、今回出てきた異変後のライカと双子の話を日常の方に上げる予定です。
過去編に割り込みで挿入するので、通知は出ないと思います。
更新したら、ここと活動報告に記入しますので、ご了承ください。
6/19 日常更新
「裏事情という名の黒歴史」
http://book1.adouzi.eu.org/n5903ba/29/




