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第50話 男と男の約束

ぬる~いシモネタもどきと、薄暗いヤンデレが飛び交っております。

ライカリスへの見方が変わる可能性があります。

苦手な方は読み飛ばし可。

ライカリスが蝙蝠様に苛められたと思ってくだされば問題ありません。

 気温が下がった気がした。

 目の前で得体の知れない笑みを浮かべる蝙蝠少年を、ライカリスは酷い緊張の中見つめる。己の心音がうるさく、背を流れる汗の感触が煩わしい。


「……何、を」


 リコリスと同じ顔の少年は、リコリスの所有物で、少年の言をそのまま信じるなら、彼女の一部で。……それは、彼女が自分の過去の過ちを知っているということではないのか。


 言葉の続かないライカリスに、再び尊大に腕を組んだ少年が、笑みを深くして距離を詰めてくる。

 ふわりと寄ってきた少年は、真っ赤な目を悪戯っぽく輝かせて、青褪めているライカリスの顔を覗き込んだ。そして、ちょこんと首を傾げる。

 その表情も仕草も面白いくらい主とそっくりだった。

 そして少年は細い指を自身に向ける。


「オレサマは――カバンだ!」

「……。……。………」


 ライカリスは咄嗟に、「だから何だ」と言いかけたのを飲み込んだ。


「ええ、そのようで……」


 何だと思っているのかと問われた。

 それに答えられないでいたから、教えてくれたのだろう……けれども。

 それ以上答えようがなくて視線を外すと、蝙蝠少年は続ける。


「だからオレサマ、ゼンブしってるぞ。ゴシュジンのしらないことも、おぼえてないことも、ゼンブ」

「…………え? リコさんが……知らない……?」


 それは、と微かに期待を覚えたライカリスが、視線を戻した。

 常にリコリスと共にいる蝙蝠少年(カバン)の彼が知っていて、持ち主が知らないとはどういうことなのか。分からなかったが、彼女に知られていないならもう、それだけでいい。

 ライカリスの縋るような視線を受けて、少年は鷹揚に頷く。


「うむ。イヌがアサはゴシュジンにひっつかないようにしてることも、ゴシュジンがおきるマエやヨナカにたまに」

「わああぁぁっ!」


 ライカリスは、今度こそ手の届く距離にいた少年に手を伸ばした。

 しかし、ひらりと避けられて、虚しく見上げた先で少年はまた笑う。


「ってことも、ゴシュジンはしらないんだけどな。オレサマはしっている。だってオレサマ、カバンだし」

「いや、鞄かどうかってもう関係ないですよね?!」


 うっかり突っ込んでしまったが、正直意味はなかった。

 肩で息をするライカリスを眺める少年は、全て理解してやっているのだと、その笑みが物語っているから。


「そ、それより、さっきの話ですけど、リコさんが知らないって」

「ん? どれのことだ? オトコのセイリゲン」

「言わないでくださいっ! というかそれのことじゃないです!」


 本当に教えてほしいことに辿り着かず苛々するが、立場の弱さを自覚しているライカリスとしては、どうすることもできない。


「こまかいヤツだなー」

「その顔でなかったら何も言いませんよっ」


 あぁ、本当になんてタチの悪い。

 そう思って、つい吐き捨てるような口調になったのが悪かったのか。

 その言葉を受けた蝙蝠少年は顎に手を当て、少し考える素振りの後、真っ直ぐにライカリスを見つめて、



「――ライカってホントにヘタレだね!」



 ……見事な爆弾を投げつけてくれた。


「っ!!」


 声真似から、喋り方、表情、仕草まで、完璧で……それで肝心の内容は。

 ふらりとよろめいたライカリスは、低く呻いてその場に屈み込んだ。


「………………」

「……お? おーい、イヌ。なんでヒザかかえてんだ? ジョウダンだって…………おい、ないてるのか?」

「……………………泣いてません」

「いや、どこがだよ」

「…………」


 説得力がないのは自分でも分かっている。

 情けないが、涙声にしか聞こえなかった。


「おーい」


 膝を抱えて丸くなったライカリスの周囲をうろうろと飛んだ少年は、何周かして正面に戻ると、ため息混じりに頬を掻いた。


「――わるかった。なぁ、イヌ、おまえホントウにゴシュジンのことだいすきだな」


 そんなことをしみじみと言われても、困る。


「好きとか、そういう……」

「ふむ? ちがうのか? オレサマにはそうとしかみえないんだが」


 そんな風に見えていたのか。

 純粋に慕っているように見えたのだろうか。彼女もそう思ってくれているだろうか。

 弱った心は壁を失い、不安に負けた口が勝手に言葉を紡ぐ。

 

「……正直分かりません。あなたが言うのならそうなのかもしれませんが」

「が?」


 ライカリス自身、明言できないのだ。彼がリコリスに向ける感情は――。


「……リコさんがいつも私の隣で笑っていてくれればいいと思います。ずっと、そうして、一緒にいたい。一緒にいてほしい。もう2度と、失いたくないんです。だから……そのためなら、」


 そう、そのためなら。


「――あの人を壊してでも」


 リコリスの強い心を壊してでも、自分に縛りつけてしまいたい。

 ライカリスは顔を上げ、昏さを増した目線を、蝙蝠少年にひたと当てる。


「異変は誰にも、どうしようもないことだったんでしょう。分かっています。リコさんは戻ってきてくれたし、一緒にいてくれる。でも、それでも、あの人がいなかった時間を思い出すと、失うことばかり考えてしまうんです。いつまた消えてしまうか……もしかしたら今度は自分の意思で、なんて、リコさんを疑って」


 そして、それだけは絶対に受け入れられないから、どうにかして留めておく方法を考える。

 どんな方法でもいい。どんなに最低な方法でもいいから。


「もし、……もしリコが私から離れようとしたら、手放すくらいなら、いっそ嫌われてもいい。監禁して薬漬けにして、私なしでは生きていけない体にして――壊して、壊して、私を嫌う気持ちも何もかも分からなくしてしまえば」


 過去、関わりをもった誰にも、こんな感情を抱いたことはない。何だって、気まぐれに壊して棄ててきた。

 誰かに隣にいてほしいと願ったことも。それが叶わないなら壊してでも、と血を吐くような想いを抱いたことも、初めてだった。

 リコリスが消えて初めて、そんな感情を知った。思い知らされた。


「……そんなことを、ずっと考えているんです」


 全ての自覚は、喪失の後だった。

 どういった奇跡からか、リコリスは戻ってきて、ライカリスと共にいるけれど。傷を癒やすだけの優しさと想いをくれる、けれど。

 それでも恐怖はふとした拍子に容易に蘇り、思考は真っ暗闇に引き込まれるのだ。

 大切なのは間違いがないのに、その人を傷つけることばかり考える。


 一度口を閉ざしたライカリスは、虚ろな視線を伏せ、しばらくしてから「でも」と続けた。



「でも本当は――リコに、嫌われたくない……っ!」



 最悪なことばかり思い浮かべておいて、勝手なことだ。

 だから、蝙蝠少年が言ったことを、素直に認められなくて。


「これでも、私はあなたの言うように、リコさんのことが好きなんでしょうか」


 自信なく問いかけた先、ライカリスの告白を黙って聞いていた蝙蝠少年は、神妙な顔でライカリスの肩に触れた。軽く置かれた手は、それから2、3回ぽんぽんと、落ち込みを如実に表す肩を叩く。

 促されるように見上げれば、頷きが返された。


「――イヌ、やっぱりおまえ、ゴシュジンがだいすきなんだな!」


 きっぱりと言われ、ライカリスは目を丸くする。


「え、そ、そうなんでしょうか……」

「うむ。まちがいない。イヌはゴシュジンのことがだいすきだ。ベタボレだ!」

「ベタ……」

「そうだ。ベタボレだ」


 言い聞かせるように、少年は繰り返す。

 そして、今度は妙に温かみのある笑みを浮かべた。


「だからな、ためこむのはよくない。オレサマ、ココロからそうおもう。ガマンはドクだ。ホントウに」

「それは……でも……」

「どうしてイヌはそうやって、ガマンするんだ? テをだしたってゴシュジンはおこらないだろうに」


 心底不思議そうに問われ、ライカリスは泣きそうな顔で眉尻を下げる。


「それは、その……酒場のことが……」

「さっきからそれでおびえてるけどな。あれはベツに、イヌのせいじゃないだろ。サンザンおどしておいてなんだが」


 呆れたように言われて、確かにそうかもしれないとも思う。けれども。


「でも…………」

「んん?」


 言いにくそうにボソボソと語り出す声は小さく、少年は膝を抱えるライカリスに耳を寄せた。




 ――そして数分後。

 なかなか話の進まないライカリスを、これでもかと宥めすかして色々と吐き出させた蝙蝠少年は、全て聞き終わった後、両手で顔を覆っていた。


「…………あわれ」


 力いっぱいの同情が込められた声に、ライカリスは一度俯き、しかし顔を上げる。


「同情でもなんでもしてくださって構いません。馬鹿にされてもいい。でもお願いします。リコさんには言わないでください。忘れているなら、そのままで」


 リコリスがあの「酒場の夜」を覚えていないことがはっきりしてよかった。今回、こうして蝙蝠少年と向き合って失ったものは多いが、これが分かっただけで。

 後はこのまま、リコリスが思い出すことがないように……。

 それを聞いた途端、蝙蝠少年がぎょっと目を剥いた。


「――って、イヌ。おまえまさか、このままゴシュジンにテださないつもりか?!」

「ええ、もちろん。下手なことをして思い出されては困りますから。とりあえず現状維持でもなんとか……」

「いやいや、なってない。なんとかなってないだろ! まったく! ヨケイなことばっかりかんがえて!」


 弱気なライカリスの発言をぴしゃりと遮って、少年は腰に手を当てる。

 説教の体勢だ。


「いいか、イヌ。おまえ、ためこむのはホントウにダメだ。ホンキであぶない」

「う」

「ジョウキョウがジョウキョウだったからトラウマになったのもシカタないが、それでもコクフクしていかないと。やっぱり、ゴシュジンをくどけ。ユウワクしろ」

「そんな無茶な……」


 それができない理由を、今説明したばかりなのに。


「どっちがムチャだ!」


 だが、ライカリスとは全く意見が異なるらしい蝙蝠少年は、一息に怒鳴り返して、更に言い募る。


「はっきりいって、おまえのやってることはムダだぞ。ゴシュジンがイヌをきらいになることなんてないんだから、こわがるだけムダだ。ナニをされてもゆるすって、ゴシュジンいってたのイヌもきいてただろう?」

「……」


 その説得に俯いて、いよいよ顔を上げなくなってしまったライカリスに、少年はため息をつく。そして、そこで不意に上を向き、何かを考えると、「シカタがないな」と呟いて、情けなく丸まっている男に視線を戻した。


「よし、わかった。イヌよ、おまえがそのつもりなら、オレサマにも考えがある!」

「えぇ……?」

「おまえがすこしずつでもゴシュジンにテをだすとヤクソクしないなら、ここからださない! おまえみたいなへたれに、ゴシュジンはやれん!!」

「はぁ?! あ、あのですね。そんな脅しは――」


 予想外の脅しに顔を引き攣らせたライカリスに、対する少年は意地の悪いにやにや笑いで。


「おぉ? イジをはるのか? ジキュウセンか? ベツにオレサマかまわないぞ。イヌが、これをきいてもヘイキでいられるならな」

「!」


 蝙蝠少年がぴっと人差し指を立てる。その途端、場の空気が変化した。

 それまでの閉じられた空間に、微かな違和感。……そして。



『……ライカ』



 弱々しい声が響いた。

 ライカリスの目が丸くなる。


「?! リコさ……」



『…………ライカ』



 続いて聞こえた声もやはり酷く心細げで、普段のリコリスの芯の強さが感じられない。

 ともすると泣きそうにも思えて、ライカリスは眉を寄せた。

 あまりにも強い焦燥と、血の気が引くような感覚を覚えて、咄嗟に立ち上がって上を見上げるが、そこには夜空が広がるのみ。


 蝙蝠少年が静かに「どうする?」と問う。

 勝利を確信している声だった。


「……っ」


 唇を噛めば、そこにまたリコリスの声が届く。



『蝙蝠様ぁ、そろそろライカ返して……』



 懇願には、とうとう涙の気配が混ざって。

 ――耐えられない、と思った。


「わ、分かりました! あなたに従います。約束しますから、だから」

「よしきた。ヤクソクだぞ。でも、ムリせず、ちょっとずつでいいからな」


 ライカリスが折れれば話は早かった。

 蝙蝠少年は意地悪な笑みを引っ込め、満足そうに頷く。


「とりあえず、ここをでたらキスの1つでもしてくれれば――」

「いきなり?! それ全然ちょっとじゃないですよねっ?」

「キにするな! オレサマもてつだってやるから、なっ」


 また何を企んでいるのか。

 不安で仕方がないが、問いただす暇も惜しく、出してもらえるのならば今はそれだけでいい。とにかく、やっと彼女の元に戻れるのだ。

 そう喜んだところで、吸い込まれた時と同じように、強く体を引かれる。視界は大きく揺らぎ、ライカリスの意識は一瞬ふつりと途切れた。




■□■□■□■□




 誰もいなくなった空間で、蝙蝠少年は上を見上げて呟いた。


「……あ、やべ。いきおいよくだしすぎた」

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