NI-03系の環状線(ループライン)
こちらは「NiOさんチャレンジ」参加作品です。「NiO」様(https://mypage.syosetu.com/523626/)
ご提供のネタを調理させていただきました。
私は小さい頃、アリの巣をほじくったり、巣に熱湯を注いだり、とにかくアリを殺すことが好きだった。
逃げ惑うアリたちを見ると、何故か、もっと混乱させねばならぬという使命感に駆られたものである。
ある雨上がり、ぐちゃぐちゃの泥をかき分けてようやっと見つけたアリの巣。右手に鈍く尖った小石を構え、さあやろうと思ったところで、妙なものが目に入った。
見慣れない不思議なものがあるぞ、と思ったのは一瞬のこと。よく見てみるとそれは水たまりに映った私の顔だった。それは酷く歪んでいて、朝日にきらきらひかる水面と妙に馴染んでいたのを覚えている。
あまりに酷い「笑顔」だった。醜いとはこういうことかと、幼心にも感じられた。この時、初めていろいろな人に「やめろ」と言われた意味を理解した。
私の今の趣味は、環状線に延々と乗車することです。所謂乗り鉄とは違って、駅のホームや電車の人の様子を観察するのが好きで、暇さえあれば乗っています。
最近仕事が忙しく、電車に乗る暇など全くありませんでした。しかし今日は休みを取れた(それも、席の心配をしなくていい平日に!)ので、一日中楽しむつもりです。
「次は〜A駅〜 A駅です。お出口は右側です」
徐々に速度を落とす電車の中で、慣性力に髪を引っ張られます。私は車窓からホームに居る人が見える、この瞬間が特に好きでした。
そこで妙なものが目に入りました。しかし妙だと思ったのは一瞬のこと。それはただの女性だったのです。
その女性は、ホームのベンチに座ってペットボトル飲料を飲んでいる最中でした。キャップを閉めて彼女の右手側に置き、ぼーっと車内を眺めています。
私は急に恥ずかしくなりました。人間観察という趣味に余暇の大部分を費やしておきながら、何の変哲もない女性に対して「変」という感想を持ったのです。知らないうちに育っていた自信はどこかに引っ込んでしまいました。
しかし、私は、自分の人を見る目を過小評価しすぎたのです。
「次は〜A駅〜 A駅です。お出口は左側です」
私は目を疑いました。次の駅のホームにも彼女が居ました。目を疑ったので、擦ったり細めてみたりしましたが、確かに前の駅に居た女性でした。
状況を飲み込めないでいるうちに、電車は動き出しました。混乱と安堵が混ざったような不思議な気分でしたが、電車に揺られているうちに「見間違いだろう」としか思えなくなりました。
「次は〜A駅〜 A駅です。お出口は右側です」
また、ベンチに女性が座っていました。これまた偶然でしょう。細長く息を吐いて、彼女をまじまじと観察すると、同じ人でした。
こわい!
限界でした。身体の動かし方を忘れてしまったようです。誰か私の異常に気付いて欲しいと心から願いました。
無慈悲な電車は定刻どおり出発しましたが、それが良かったのか悪かったのか私には分かりません。
電車が動き出す直前、彼女と目が合いました。
「次は〜A駅〜 A駅です。お出口は左側です」
彼女はまたそこに居ました。ホームのベンチに座り、空のペットボトルを弄びながらぼーっと電車を眺めています。移動しても移動しても同じ人と会うなんて、どう考えても異常です。女性がこちらを見ました。私と目が合うと、ニマリと笑って立ち上がりました。
彼女は反対側のホームにいるため、私の所までは来れません。しかし、彼女はさらに笑みを深くして、電車がいない乗り込み口に立っています。
そこではっと気が付きました。この電車は、A駅の次はB駅へ行きます。B駅では、ちょうど、彼女が立っている位置が、この電車の乗り口なのです。あの女性が私の想像通りの存在なら、きっと次の駅で乗り込んでくるでしょう。居ても立ってもいられず慌てて電車を降りました――
先日の不思議な出来事について、そういうものに造形が深い友人に話した。彼女には心当たりがあるようで、こんな話を聞かせてくれた。
電車にはすべて、霊などのお払いのためにマントラが刻まれている。環状線にずっと乗っていると、「摩尼車」を知らず知らずのうちに回している状態になる。摩尼車とは、中に経典を入れた円筒状のもので、それを一周回すとその経典全て読んだことになるという。
摩尼車を回せば回すほど功徳が高まり、霊的なものとの繋がりが強くなるそうだ。
「きっと、ずっと電車を眺めていたあなたも少なからず影響を受けたのよ。だから霊の姿が見えるようになったのだわ」
彼女の言うことに1度納得したが、私には気になることがあった。ずっと電車に乗ることで功徳が高まるなら、あの霊は成仏していてもおかしくないはずだ。しかしかなり長い間眺めていたが、ついぞ成仏したような様子は見えなかった。私が最後に見た霊は、怯えた表情で電車から降りる、もとい私から逃げる姿だった。
「……たぶん、回してないんじゃないかしら?」
「え?」
「回してないのよ。ずっとA駅に来てたってあなた言ったじゃない? きっとカノジョは地縛霊で、A駅以外に行けないのよ」
だから回せないんだわ。と言って朗らかに笑う彼女の神経が分からない。流石私の友人といったところか。
「……あら、あなた、もしかしてあの霊を殺したの?」
「ん?」
意味がわからない。死んでいる人を殺すとはどういう了見だ。そう思ったが、答えはすぐ彼女の方から示された。
「だってあなた、アリを殺していたときと同じ顔をしてる」
あんなにアリいじめを楽しんでた人が、人間観察なんてまともな趣味持てるんだって驚いたのに。結局は霊をいじめて楽しんでるじゃない。
私の友人の瞳には、「やめろ」と言われてもやめられなかった醜い「笑顔」が映っていた。
読了ありがとうございました!
「NiOさんチャレンジ」主催者のNiO様の著作、「深海の駅」(https://book1.adouzi.eu.org/n0681gj/)も是非ご覧になってください!
可愛すぎる幼女あかりちゃんが一生懸命ごはんを食べるシーンは、涙無しでは見られません。最近お疲れのそこのあなた、あかりちゃんに癒されてみませんか?




